第9話 2-2 眼帯


(2)


「いいわねえ。庶民は。

 ちょっと王族の病を治したぐらいで、英雄を気取れるのだもの」


 嫌味たっぷりな台詞を投げてきたのは、同じ聖女候補生のメディシス・シャーロットだ。 


 彼女はアラウンド領のメディシス伯爵家のご令嬢であられる聖女候補生だ。貴族社会において聖女としての教育を受けることがステータスであり、社会奉仕の一環として大神殿での勉学に励んでいる。


 なによりこの国の最高位である聖女、大聖女に選出された暁には、王族や高位貴族との結婚が約束されている。そのため、寄付金を払ってでも我が娘を聖女候補生にと、学舎へと通わせる貴族が後をたたない。


 そしてメディシス・シャーロットも他と違わずに、両親が多額の寄付金を大神殿に納めている貴族の娘である。だからかシャーロットは、貴族出身であることをいつも鼻にかける。とっても面倒なマウント女子だ。周りの取り巻き達もわかりやすいほどに貴族主義で身分制度のヒエラルキーをこの大神殿の中でも持ち込んでくる。


 ここ最近は、寄付金を払うどころかその寄付金でどうにか聖女教育を受けられている存在である平民出身のアリシアが、校内の話題を掻っ攫っているため、シャーロットご自慢の貴族社会について鼻高々に話す機会が薄れてしまっていた。


 候補生達が、垂涎し、羨ましがるネタがヒットしないのは、つまるところアリシアのせいだと思っているらしい。被害妄想も甚だしいが、ことあるごとに突っかかってくるのは勘弁して欲しい。


「病ぐらい、聖女なら誰だって治せるわ」


と、そんなの私にだって出来ると言わんばかりに鼻先を天井に向ける。というか、病ではなく、呪いである。と訂正したいが、いつものことなので、放っておく。メディシスは、うざったそうにわざとらしく長いブロンドの髪をかきあげる。


「私なんか、毎年、王太子の生誕祭には呼ばれるのよ」


「この前だって、王太子直々に紫のドレスが美しいと褒められたの」


「生誕祭の豪華な食事はそれはもう素晴らしくって……」


 何も言わずとも壊れたレコードよろしく勝手に話し続けるので、しばらくは前座として話させるのが日常である。語り部が話している間に、アリシアは温かなトマトスープを口に運ぶ。


「あ、今日は煮豆がある」


と呟くと、


 メディシスは、テーブルをバンと叩き、「聴いていらっしゃる?」と、ルビーの瞳をカッと見開いた。眉間に皺を寄せて、いかにも悪役令嬢でございます。ってな雰囲気で尋ねてくる。


 もちろん聴いていない。


「それは、それは素晴らしい体験をなさったのですね。メディシスさん」と、今日は豆があるので上機嫌で応えると、メディシスは、「まあ、あなた達には、生誕祭に呼ばれることなど一生ないでしょうけど」と、ようやく今日の溜飲はさがったのか、捨て台詞を吐いて立ち去っていった。


 そもそも王太子が生誕祭を開くことができたのは、アリシアが呪いを吹っ飛ばしたからで、呪いを消し去っていなかったら、今日話されるネタは、王太子の葬式についてだっただろう。無事に生誕祭を開けたということは、元気にやっているらしい。それはよかった。

 

おかげで私の手で殺せる。


 甘く煮た艶々の煮豆を一粒噛み締める。ふふふと、ニヤつく口元を抑えこもうと俯いていると、ミグリアが「気にしないでいいよ。アリシアが生誕祭に呼ばれてないのは、体調を配慮してくれたからに決まってるもん」と、落ち込んでいると、勘違いして肩をさすりだした。


 確かに病院のベッドの中にいる間に生誕祭は終わっており、目覚めた時は、お祭りムードも街から消えていた。出来ることなら、呪いを消し去った奇跡の聖女だとかなんとかだと国が讃えてくれていれば、アリシアのシンパを増やせたのだが、今のところアリシアの肩書は聖女候補生のままで、貴族の称号も貰えてはいないし、花束一つ贈られてもいない。


 褒美をくれたっていいのに……。


 でもまあいい。呪いを消し去る瞬間、一瞬入り込んだ景色は、おそらく呪術者が見ていた景色に違いない。月夜の美しい水面に浮かぶ睡蓮の花。その周囲には血のように真っ赤な彼岸花が咲き乱れていた。

 その場所が、この世界のどこかにあるはず。

 私の同族。

 呪術者を、いつか必ず、見つけて見せる。


 そして、フォークを突き立てた芽キャベツを口に放り込む。そしてキャベツの甘さを口の中で噛みしめた。



*  *  *




 それから王宮から呼び出しがあったのは半月ほどしてからのことだった。聖女候補生として昇級するための初めての試験を控える大事な時期に、王宮への呼び出しをかけるのは、もはや嫌がらせではないだろうか。


 アリシアは、ブツクサ文句を呟きつつも、分厚いテキストを手に馬車へと乗り込んだ。馬車の中でもテストの範囲を頭に叩き込んだせいか、馬車酔いをしてしまった。全く、この身体は弱すぎる。

 馬車から降りて、ふらつきながら王宮の廊下を歩く。出来ることなら以前やってきた時と同じように馬に乗って駆け抜けたかった。

 永遠に続く長い廊下を進み、気力も体力も奪われたところで、ようやく部屋に通された。


 ふと見覚えがある景色に眉を顰める。以前、来た時は、黒霧に覆われていたためジメジメとして薄暗い印象だったが、今は眩いほどの光がバルコニーから差し込んでいた。それにアリシアの心臓を早めるような魔気もなく、なんとも清潔で清々しい部屋である。改めてまじまじと部屋の中を眺めていると、背後の扉がガチャリと開いた。


「ああ、来たか…アリシア・シュクランテ」


 と声をかけたのは、ジェラルドではなく、第一王子のオールセンだった。オールセンの姿が目に入った瞬間——


「髪の色が?」


 と、つい容姿について触れてしまい口を押さえた。オールセンの髪はジェラルドと同じプラチナブロンドになっていた。


「これか? 魔気が抜けて元に戻ったんだ」


 黒髪は魔気によって染まっていたのか……。

「眼帯もどうした?」と尋ねると、第一王子は気さくな笑みを浮かべて眼帯を指さした。黒革の眼帯で左目を隠していたが、眼帯を徐に外した。瞼を持ち上げた瞬間、「あっ」と、合点する。


 右目はジェラルドと同じ糖蜜色の瞳だ。だが左目は眼球全体が黒く染まっており、まるでそこだけに黒霧を押し込まれたかのように濁っていた。




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