記録23 失われた導き手たち

ディープホローの老舗ワークショップ。

古びた機械と使い込まれた道具に囲まれながら、ケイとアイは、老クアドリスの店主から静かに話を聞いていた。


彼の語りは、まるで自分の体を振り返るようなものだった。


「……子どもはな、あの子を入れても、指で数えるほどしかおらん。他のシェルターでも……似たようなもんだろう」

ぽつりと、老店主が呟くように言った。


アイは静かに頷く。

「出生率の低下だけでなく、育てる環境としても不適なのでしょう。酸素、生存率、そして……希望」


「そうだ。希望がない。子どもを産んでも育たん。育てても、将来が見えん。だから……誰も、もう命を繋ごうとはしない」

静かな沈黙が落ちる。


「管理棟には……顔を出したか?」

「……試してはみた。が、追い返された」

「そうか。あの男が来た時も、そうだった」

「……あの男?」


ケイの問いに、老店主は少し口角を上げた。

「そうだな……“ジョン・ジョー”。あいつは獣人属爬虫類レプティリアンの探検家だった。数名の仲間たちを連れて、この惑星にやってきた」


そう遠くない、ただ、もう戻ることの無い過去を振り返る。

「ルシア……ああ、現管理者の事だがな。あの子がまだ、さっきの子どもくらいに幼かった頃の話だ。だから、あんたらを見たとき、わしは……デジャヴを感じたのさ」


「その仲間たちは?」

「誰一人、戻ってこなかった」

店内の空気が凍りつくようだった。


「……何を求めて?」

ケイの言葉に、老店主は記憶の奥から静かに取り出すように答えた。

「“アーク”……だったか。あいつはそう呼んでいた。だが当時のわしらには意味が分からんかった。ただ、何かを探していた。それだけは確かだ」


老店主は古びた針の止まった腕時計を見ながら語りだした。

「じゃが、奴らが来て急に、ことは動き始めた。……その少し前にな、ルシアの祖父、わしの親友オデッサが坑道の深部へ潜って……帰らんかった。……指導者がいなくなって、ディープホローは荒れた。ルシアの父は……そりゃあ必死だった。だから、ジョン・ジョーの言葉に賭けた。仲間を連れて、共に地下へと潜ったのさ」


その腕時計を握り締めて言う。

「そして……それっきりだ」


深く沈黙が落ちた後、老店主は、じっとケイの目を見据えて問う。

「……お前たちは何しに、ここへ来た?」


ケイは迷わず答えた。

「ジョン・ジョーを探しに来た」

「なに?……誰に頼まれた?」

老店主は目を細めて鋭い口調で問う。


「ある惑星で、ジョンの知人から話を聞いた。探してくれと頼まれたわけじゃない。ただ、奴が探していた“アーク”。オレたちも、それを追ってる」

「……まだ、そんなものを?」

溜め息が混じるような、か細い擦れた声で呟いた。


「あるかどうかもわからない。だが、オレたちは“答え”を探してる。アークとは何か。なぜ、奴がそれに賭けたのか。なぜ、この星に来たのか」

「……何のために?」

老店主は止まった腕時計を再び見つめ、きりきりとネジを巻いた。


ケイの声が、静かに、しかし真っ直ぐに響く。

「……生きる理由を知るためだ」


老店主は目を丸くし、そして、しばらくして噴き出すように笑った。

「はっはっは……! 生きる理由、か。まさか、そんなワケのわからんことを言いながら、本当に命をかけようってヤツが、まだこの星に来るとはな……気に入ったぞ、あんたら!」


そして、立ち上がって力強い声で語る。

「この星の奴らは、もう諦めてる。ただ、生きてるだけ。いや……“死ぬのを待っている”と言ってもいい……。だが、お前たちみたいなのがいるなら、まだ何か……変わるかもしれん。いいか、わしが知ってることを教えよう」

そう言って、老店主は店の奥から古びた地図を広げる。


それは、ディープホロー周辺の坑道網、そして古代から稼働していた採掘路、崩壊したシェルター、封鎖されたエリアなど、詳細な情報が書き込まれていた。


「……防護服なら旧式のヒト型のものがあったはずだ。直してやる。液体酸素も残ってる。古いがな。それに、黒蝕に対抗する手段も……一つ、二つくらいなら教えてやれる」

「……いいのか?この街は何かに監視されている様じゃないか。皆何かを恐れていた」

「はっはっは……わしも歳だ、そう長くはない。でも……お前たちのあがく姿くらい、最後に見届けてやりたくなったんだよ」


その目は、若者を見る老人のものではなく“この星の未来を、まだ捨てていない者”のものだった。

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