平凡村の天才赤ん坊 ~前世知識と魔力筋トレで成り上がる~
農民侍
第1話 赤ん坊だけど、魔力トレーニング始めました
「おぎゃあーー!!! おぎゃあーー!!!」
俺は今、全力で泣き叫んでいる。姿形は紛れもない赤ん坊。
だが、その実態は――前世の記憶を持つ元日本人、アルスである。
「はいはい、アルス、どうしたの~?お腹すいた?それとも……おねしょかな?」
母さんがやさしく話しかけてくる。おむつ代わりの布を確認して、すぐに表情を和らげた。
「ああ、おねしょしちゃったのね。大丈夫よ、すぐふいてあげるからね」
母さんは慣れた手つきで俺の服を脱がし、水で湿らせた布で丁寧に拭いてくれる。
ありがとう、母さん。いつも感謝してるよ。
……とはいえ、これは恥ずかしい。
なにせ俺の精神年齢は、すでに成人済み。成人男性が下半身を母親にさらして拭いてもらうなんて、羞恥心が爆発しそうになる。
でも我慢するしかない。だって俺――赤ん坊だから。
最初のころは泣かずに耐えていたけど、やめた。
おしっこをしたままだと肌がかぶれるし、不快感で眠れない。結果、ストレスが溜まるだけだ。
だから今では、即泣きスタイルに切り替えた。
むしろ、最近は尿意を感じた時点で泣くようにしている。
「そろそろ出そうだな……」と思った瞬間、「アブーー!!」と泣いて母さんを呼ぶ。
自己主張と危機管理は赤ん坊にも必要なのだ。
俺が前世で生きていたのは、日本。
どこにでもいる平凡な男だった。特に目立った実績もなく、淡々とした日々を過ごしていた。
彼女もいないまま年を重ね、仕事に追われる毎日。
そんな俺が死んだのは、ある平日の午後。
青信号を渡っていたところを、左折してきたトラックに轢かれた。即死だったらしい。
事故としても地味で、ニュースにもならない。
そんな死に方に対して、俺自身が思ったことはひとつだけ。
(ああ、俺の人生、なんだったんだろうな……)
悔しさも悲しみも湧いてこなかった。
あるのは、ただの虚無感。味気なく、平凡で、何もなかった人生。
そんな終わり方をしたからこそ、俺はこの新しい人生に賭けると決めた。
次は、思いっきり生きる。
誰にも文句を言わせないぐらい、濃密で刺激的な人生を――
……いや、正直に言おう。俺の一番の目標は、彼女が欲しい!
もう、これだけでいい。前世で叶わなかった分、今度こそは絶対に。
そのためにも、今は赤ん坊として地道に成長していくしかない。
「はい、きれいになったわよ」
母さんが俺を布団に寝かせてくれる。俺はニコニコと笑い返した。
「きゃはっ、あぶあぶっ!」
(よし……さっきの続き、いきますか)
俺は意識を体の内側に集中させる。
みぞおちのあたり――体の奥深くに、ほんのり温かい何かが存在するのを感じる。
それは前世では一度も感じたことのないものだった。
最初は「なんだろう?」程度の興味だった。
けれど、あまりにも暇すぎる赤ん坊生活の中で、その“温かい何か”は唯一の刺激となった。
体内にある温かいエネルギー。俺はそれを“魔力”と呼ぶことにした。
動かそうと意識してみたが、当初はまったく反応しなかった。
ただ温かく、そこにあるだけの“塊”だった。
だけど俺には時間がある。
やることがなさすぎる赤ん坊生活において、魔力トレーニングはもはや日課であり、暇つぶしであり、人生の使命である。
日々、ほんの少しずつ、意識を向けて、集中して、魔力を動かそうとする。
その努力が、ある日実を結んだ。
魔力が、動いたのだ。
ふわっ、と体の中を流れる感覚。まるで、静かな川が流れ始めたような――そんな感覚。
(きた……!)
喜びで心が震えた。前世の人生では味わえなかった達成感だった。
それ以来、俺は魔力を“動かす”ことに夢中になった。
今では、自由自在とまではいかないが、ある程度スムーズに流せるようになった。
そして、驚くべきことに、魔力の総量そのものも増えてきている。
明らかに、始めた頃より体の中がぽかぽかと温かい。
流れるスピードも強さも、格段に上がっている。
これはまるで筋トレだ。使えば使うほど成長する。
“魔力筋”とでも呼ぶべきだろうか。
さらなる副産物もあった。俺の体調が、異常なほど良い。
この村の衛生状況は正直劣悪で、川の水は濁ってるし、手洗い文化も怪しい。
それなのに、俺は一度も風邪をひいていない。
熱も出なければ、咳もない。くしゃみも出ない。まさに健康優良児。
これは魔力のおかげだと思っている。
魔力の循環によって体の機能が活性化し、免疫力も上がっているのだろう。
つまり、魔力トレーニングは強さだけでなく、健康にもつながる。
もはややらない理由が存在しない。
“魔法”というものを実際に見たのは、ある夜のことだった。
俺が夜泣きしていたとき、母さんが俺を抱えながらこう言った。
「ライト」
その瞬間、小さな光の玉がふわっと空中に現れた。
ほのかに光るその玉は、部屋をやさしく照らしていた。
(……なにそれ!? 魔法!?)
心の中で叫んだ俺は、驚きのあまり暴れまくった。
母さんは困ったように笑いながら、俺の体を拭いてくれた。
父さんも同じように「ライト」と唱えて光を出していた。
つまり、うちの両親は二人とも魔法使いということになる。
(だったら、俺にもその才能があるかもしれない!)
俺はその日から、何度も「ライト」と唱えてみた。
心の中で、頭の中で、イメージを膨らませて――でも、光は出なかった。
けれど、それで落ち込むことはなかった。
むしろ、“魔力”という存在を意識できるようになったことこそ、大きな収穫だった。
この世界では、どうやら平民でもある程度は魔法を使えるようだ。
ただし、その回数や規模には限りがあるらしい。
けれど俺は、前世の知識を活かして限界を突破するつもりだ。
魔力量も操作スキルも、誰よりも高めてやる。
なぜなら、俺の人生は始まったばかり。
今こそ、努力が実を結ぶ準備期間なのだから。
――ふと、尿意を感じた。
(あっ、やばい)
「アブーー!! あぶあぶ!!」
「はーい、アルス、どうしたの~?」
母さんが慌てて駆け寄ってくる。
(うっ……早く……! 俺、自分でトイレ行けるようになりたいっ!!)
転生して早数ヶ月。
俺の成長物語は、まだ始まったばかりだ。
まず目指すは――おむつ卒業!
そして、魔法の発動。
誰にも期待されていない平凡な赤ん坊が、世界を変えるその日まで。
今日も、魔力トレーニングは続く。
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