その15 祈りの竜妃
裕貴が竜の巣へ来てから約1週間。
ついに竜妃ヒーティが戻って来たと、フレアは急いで裕貴とミューを乗せ竜の巣の中を走って行った。
場所は竜王バーンズの居る所。そこへ行くとバーンズの隣に、純白の鱗の美しい竜が座っていた。
「おはようございます。初めまして、僕は裕貴といいます。こっちはミュー。」
「ミュー。」
フレアから降りた裕貴が挨拶をするとヒーティは顔を裕貴に近づけ、透明感のある美しい女性声を頭の中に響かせた。
「初めまして裕貴、私はヒーティ。竜たちからは竜妃と呼ばれています。あなたが来ることは分かっていました。少しお待たせしたようでごめんなさいね。」
ヒーティの言葉に首を振る裕貴。
「いえ、大丈夫です。それでそのお願いがあるんです。」
ヒーティは裕貴の声に頷く。
「分かっております。あなたは元の世界へ帰りたいのでしょう?」
「そ、そうです。竜王様から聞いていたのですか?」
そう言うとバーンズは首を振って否定した。
「いや、我は何も話しておらぬ。ヒーティは運命の女神からお主の事を聞いたそうだ。」
「女神様が僕のことを?」
ヒーティは裕貴のことを見つめたまま頷く。
「私は祈りの場で瞑想することで、少しばかり神の啓示を受けることが出来ます。今回の瞑想では運命の女神様より、異世界から人間の少年か来る事、その子が竜の巣へ来る事、その子が帰る為の手助けをしなければならないことを伝えられました。」
「それは10年前にはもう?」
「いいえ。神々の啓示を受ける瞑想にそれなりに時間がかかるだけで、瞑想が済めばすぐに啓示は降りてきます。瞑想が終わったのがつい昨日のことで、啓示を受け急いで戻って来たという次第です。」
裕貴はヒーティが自分の事を女神様に聞いたということに驚いたと同時に、自分の為に急いで帰って来たというので少し申し訳なく思ってしまった。
「その、急がせてしまって申し訳ありません。それで、僕はどうしたらよいのでしょうか?」
「あなたを祈りの場へ連れていかねばなりません。そこで4匹の竜の力を持ってあなたを送還します。」
彼女の言葉に裕貴は目を丸くする。
「それって、僕はもう帰れるってことですか?」
しかしヒーティは首を振る。
「すぐにあなたの世界に戻れるのかは私には分かりません。ただ、あなたが元の世界へ帰還する為の1歩となることは間違いないでしょう。」
「わかりました。どうかご協力をお願いします。」
決意を込めた眼差しで頷く裕貴にヒーティも頷く。
「いいでしょう。ではまず4匹の竜を集めなければなりませんね。」
「それってどの竜でもいいの?」
ヒーティの言葉に首を傾げるフレア。
「ええ、構いません。私とバーンズ、フレアで3匹ですので、あと1匹力を貸してくれる竜を選びましょう。」
その言葉に皆頷き、竜たちを集めることになった。
程なくして、竜王の前に竜の巣の竜たちが集まってくる。
来られる竜は集まって欲しいとフレアが飛んで伝えたのだが、ほとんどの竜がやってきていた。一番手前にはあのブレイズも居る。
「皆さん集まってくれてありがとう。これから裕貴さんを女神様の導きで送り出さねばなりません。その為に1匹力を借りたいのです。力を貸しても良いという者はおりますか?」
竜妃の言葉に竜たちは一斉に手を挙げた。口々に裕貴の為ならばと言うようなことを言っている。
「ふふ、皆ありがとうございます。裕貴は皆と仲が良いのですね。」
「はい。ここに居る間、皆よくして下さって、友達になったんです。」
笑うヒーティに裕貴が嬉しそうに頷くと、他の竜たちも嬉しそうに頷いている。
「裕貴、貴方が決めて下さい。どの竜を連れて行きますか?」
ヒーティに言われ、裕貴は少し考え、それから真っ直ぐ前を見た。
「分かりました。ブレイズ、力を貸して貰っていいかな?」
皆が驚いて銀の竜を見る。ブレイズはそれも意に介さず深く頷いた。
「分かった。裕貴には世話になったからな。俺で良ければ力を貸そう。」
「決まりましたね。それでは裕貴、祈りの場から貴方を送り出します。もう戻ってくることは出来ませんので、今のうちに準備しておく物があれば言って下さい。」
ヒーティの言葉に頷く裕貴。ふとゲームでラストダンジョンへ送られる前のようだなと思って少し怖くなり、首を振ってその考えを忘れることにした。
「その、出発までどのくらい時間がありますか?」
裕貴が聞くとヒーティは少し瞑目してから答える。
「運命の女神様の啓示では特に時間の指定はありませんでした。ですので、いつでも良い可能性もありますし、すぐに出発しなければ2度と行けなくなってしまう可能性もあります。どうするかは貴方に任せましょう。」
ヒーティの言葉を聞いて裕貴は唾を飲み込む。頭には家族と友人の顔、アクリア姫をはじめとするサマーリア王国の人々、アーシィの顔が順に浮かぶ。
「わかりました。荷物は持っていませんし、準備出来る物もとくに無いと思うのですぐにでも出発しましょう。フレア、後で僕が送られたことをサマーリア王国の王宮へ伝えてもらっていいかな?」
「もちろん、いいよ。」
裕貴の言葉にフレアは笑って頷く。
それから旅立つ裕貴に、集まった竜たちが口々に別れを惜しむ言葉を言う。裕貴もそれぞれに頷いて声をかける。短い間ではあったが、毎日顔を会わせて話をしていたので裕貴にとっても仲の良い友人になっていた。もちろん1匹ずつ名前も姿も覚えている。
場合によっては2度と会えない相手なのだ、裕貴もしっかりと別れを惜しんだ。
一通り話を終えた後、裕貴はミューと供にフレアの背に乗る。
竜の巣の竜たち一同に見送られながら、4匹の竜は空へと飛び立った。
§
竜の巣から然程は慣れていない別の山の頂。
山頂は切り立った岩場でとても竜の降りられる場所には見えないが、その側面に穴が開いており、そこへ4匹の竜は降り立った。
「ここからは竜の姿では狭いのです。ブレイズ、貴方は人の姿へ成れますか?」
「いや、成れない。」
首を振るブレイズにヒーティは頷く。
「でしたら私が変化させましょう。」
「すまない。よろしく頼む。」
ブレイズの言葉に頷くヒーティ。それからブレイズ以外の3匹が人の姿になる。フレアは裕貴と寝るときにいつも人の姿になっていたので見慣れているが、バーンズとヒーティの人の姿は初めて見る。
バーンズは筋骨隆々とした髭を蓄えた中年の男性で、赤いローブを纏って居る。ヒーティは色白で白く長い髪の美しい女性で真っ白なローブを纏って居た。2人とも人の姿だとフレアとはあまり似ていない。
「竜から人の姿になる時、どんな姿になるかはどうやって決まるんですか?」
裕貴はふと疑問に思って聞いてみる。
「その竜がもし人として生まれたらどんな姿だったか、それが人に変わった時の姿になると、我が父は言っておったな。存在置換と言い、我らは世界の理の中でも自らの有り様を変化させる特別な術を持って生まれてくるのだそうだ。」
バーンズのことばにヒーティも頷く。
「我ら竜族は本来、天界や魔界にも自由に行き来する翼を持っているのだそうです。ただ、世界の壁を運命の女神様が修復された際に、無暗に行き来するとその壁が壊れやすくなるとのことで、世界を移動する力を封じられたと聞いております。その時に、異世界人に協力していた竜たちは一部は異世界人についてそちらの世界へ、ある物は魔界へ、ある物は女神様に付いて天界へ行ったそうです。」
「あ、じゃあおじいちゃんが居なくなったっていうのも?」
フレアが言うとバーンズとヒーティが頷く。
「ああ。我が父は特に異世界人と仲が良かったからな。この世界ではなく異世界人の世界へ付いて行くことを望んだのだ。異世界へ戻る際もその異世界人を乗せて世界を渡ったらしい。もっとも、向こうでは竜の姿では居られぬと女神に警告されたそうだが、それを受け入れてもあちらへ行きたかったということなのだろう。」
「知らなかった。じゃあもし裕貴が帰る時に私も付いて行きたいって言えば一緒に行けるってこと?」
フレアがとんでもないことを言い出し、裕貴は目を丸くする。
「えっ?フレアは僕の世界に来たいの?」
「うん。裕貴の話を聞いてたらすごく面白そうだし、裕貴と一緒なら寂しくないしね。行けるなら行ってみたい。」
「でも帰れなくなっちゃうかもしれないよ?」
「そん時はそん時だよ。普通にしてたっていつ死んじゃうかなんて分かんないんだしさ。やりたい事やるほうが私はいいかな。」
笑って言うフレア。そんなに簡単に言っていいことでは無いと裕貴は思ったが、フレアにとっては違うらしい。
「竜王様や竜妃様はいいんですか?」
裕貴の問に2人はすぐに頷く。
「我ら竜は自らの飛ぶ先は自ら選ぶものだ。行きたいというのならば止めはすまいよ。」
「ええ。フレアがそう望むのであればそれも良いでしょう。ただ、女神様がお許しになるかはわかりませんが。」
やはり竜の価値観は裕貴には分からないと思った。あるいは彼らが竜の中でも特別なのかもしれないが。
「それではブレイズ、あなたも人の姿になってもらいますが、よろしいですか?」
見上げるヒーティにブレイズは頷く。
「ああ。やってくれ。」
ヒーティがブレイズに両手を翳し目を瞑る。
「女神よ。我が身の力を用い、
小さくそう唱えると、淡い輝きがブレイズを包み、次の瞬間銀の竜は銀髪の端正な顔立ちのたくましい青年へと変貌していた。
ヒーティが彼にすぐどこからか取り出した白いローブを着せる。
「人の姿で裸は良くありませんので、私の予備のローブをお使いなさい。」
「感謝する。」
ローブを着こんだ人の姿のブレイズは深く頭を下げた。
「それでは参りましょうか。」
人の姿となった4匹の竜と裕貴とミューは洞窟の中を進んで行く。
先導するヒーティが光の玉を浮かべており、その光が辺りを照らしていた。
しばらく進むと、自然の岩壁が途中から人の手で整えられた真っ直ぐな石壁に変わる。
やがて白い柱4本の柱に囲まれた、床に円形の幾何学模様が刻まれた場所へと出る。裕貴にはそれに見覚えがあった。
「これってサマーリア王国に呼ばれた時の神殿に似てる。」
その呟きにヒーティが頷く。
「ええ。これも神々へと祈りを捧げる神殿です。異世界人が来訪していた時代に作られた古い物ですが。」
たしかによく見るとだいぶ汚れて、所々ヒビや欠けが見られた。サマーリア王国の神殿は比較的新しく作られたか、手入れがされていたということだろう。
「裕貴さんとミューさんは中央へ。私たちはそれぞれ柱の間へ立ちます。」
ヒーティの指示でそれぞれの場所へ立つ。
「裕貴さん、これが最後になるかもしれません。行先は私にも分かりませんが、女神さまの導きですので悪いことにはならないでしょうが。もし、何か聞いておきたいことがあれば今のうちに。」
ヒーティの言葉に裕貴は少し考えて、それから1つ質問をする。
「あの、ミューについて何か知って居ませんか?この世界に来てからずっと傍にいてくれて、不思議な力を持ってるんですけど、誰に聞いても分からない謎の生き物だって言うんです。」
裕貴の言葉に4人は皆少し考えるような顔をしたが全員首を振った。
「我にもわからぬな。ミューのような生き物か何かは見たことも聞いたこともない。ただ、異世界人が神獣を呼び出したことがあると我が父が言っていた。関係があるかは分からぬが。」
「私にもわかりません。ただ、神々の啓示を受ける際と同じ聖なる力を感じますので、何か関係があるやもしれません。」
「私は全然わからない。」
「俺も心当たりはないな。力になれなくてすまん。」
4人の言葉に裕貴は頷く。
「ありがとうございます。少し気になっただけで、ミューがどんな存在でも僕を守ってくれていることに変わりはありませんから。」
「そうですね。きっとミューさんが居る限り裕貴さんに危害が及ぶことは無いでしょう。それではお送りしますがよろしいですか?」
「はい!よろしくお願いします!」
ヒーティの言葉に力強く頷く裕貴。
「裕貴よ、無事帰還出来ることを祈っておる。」
「裕貴、いつか貴方の世界に行ったらよろしくね!」
「裕貴、世話になった。きっと帰れると俺は信じているぞ。」
3人の言葉に裕貴は力強く頷く。
「他の皆さんはそのまま動かずに。それでは行きます。」
ヒーティが裕貴に向って手を翳す。
「運命の女神よ。啓示に従い我らの翼をこの者に貸し与えん。あるべき場所へ彼を導きたまえ。」
厳かな声が響くと裕貴を囲む4人の身体が輝きを放つ。
神殿の上に、長い長い髪が途中から様々な色の組み紐に変わり身体を覆いつくした、目を閉じた美しい女性の姿が、薄っすらと透けるように浮かぶ。
裕貴はその姿をはっきりと見て思わず呟く。
「女神様……?」
次の瞬間、裕貴の視界は何度目かの白い光で埋め尽くされた。
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