その5 裕貴奪還作戦1

 その日、徳地勇とくちいさむはいつも通り剣道部の練習を終え、学校から出ようとしていた。


 スマホが鳴り、画面を見ると幼馴染で親友の天利裕貴あまりゆうきの姉、美琴みことからの電話だった。

 まず美琴からの連絡そのものがほとんど無い。もし用事があるなら裕貴経由で連絡がくるからだ。まして電話を掛けてくるなど余程の緊急事態だろう。急いで電話に出る。


「美琴さん。どうしたんです?何かあっ――。」

『大変なの!裕貴が!裕貴がっ!』


 切羽詰まった様子の声が聞こえる。弟への愛情が少し、いやだいぶ重い以外は冷静で理知的な人であったはずだが、こんなに取り乱すなど親友の身に何があったのか。


「落ち着いて下さい。裕貴がどうしたんです?」

『裕貴が帰って来てないの!スマホにも全然出ないし、学校に連絡したら校門を出たところは見た先生が居るっていうのに!あの子が連絡も無しに帰らないなんてありえない!何かあったとしか!』


 時間的にはそこまで遅くはない。見た目は幼く見られがちだが男子高校生である。寄り道して帰っていなくてもおかしくはない。それでも、勇のよく知る親友は何か用があって遅くなるならまず姉に連絡を入れるはずだ。

 連絡が取れない上で帰りが遅くなっていると考えれば、たとえば人助けをして遅くなり、スマホの充電が切れていたとか、裕貴ならありえそうではある。もっとも、それでもなんとかして家に電話の1本も入れるはずだ。

 なんだか胸騒ぎがするものの、美琴が取り乱しているからこそ冷静になれた。


「落ち着いてください。俺はまだ学校にいるんで、一応学校内を探してから裕貴の帰り道を辿ってみます。舞に連絡は?」

『舞ちゃんにはもう連絡してあるわ。裕貴が行きそうなところを周ってみるって。』

「分かりました。何かあればすぐ連絡して下さい。俺も確認しだい連絡するんで。」

『分かった。私も家から通学路辿ってみるからよろしくね。』


 話しているうちに多少は冷静さを取り戻してきたのだろう。あるいは舞に連絡して、心配になった2人が悪い想像でもして慌てた可能性もある。

 とにかく裕貴は大丈夫だろうと自分に言い聞かせて、彼を探すため校舎へ戻ることにした。


§


 裕貴の家と学校の間。彼がいつも使っている通学路にある公園の前で、勇は向こうから走ってくる美琴を見つけた。


「美琴さん!」

「勇君!どう?学校には居なかったって言ってたけど、途中で何か分かった?」

「いや、手がかりは何も。すみません。」

「そんな!ここまでも何にも見つからないのに!」


 かなり息が上がっているようなのにそんなことはお構いなしに大きな声を上げる彼女。服装も白衣姿で、おそらく職場からそのまま戻ってすぐ探しに出たのだろう。


 そこへ高級車が横づけし、中から舞が降りてくる。


「美琴さん!勇さん!」

「舞ちゃん!そっちはどうだった?」

「裕貴さんの行きそうな場所は周りましたがどこにも。今、家の者に各場所と周辺を確認させていますけれど。」


 舞の家は家政婦や警備員を常時雇っている。おそらくそういった人たちの手も借りているのだろう。


「こっちもまだ手がかりがなくて。とにかくこの周りも探してみましょう!」


 美琴の言葉に勇と舞も頷き公園の周囲を探す。

 ほどなくして勇から声が上がる。


「美琴さん!舞!」

「どうしたの勇君!」

「何かありましたか!?」


 走ってくる2人に見つけた鞄を見せる。


「その鞄って……。」

「悪いが中を見させてもらおう。」

「たぶん、そうだと思いますわ。見覚えがありますもの。」


 舞の言葉に不安は募るものの、勇はとにかく鞄を開けて中を確認する。

 中には教科書にノート、筆箱にスマホが入っている。ノートには丁寧な文字で「天利裕貴」と書かれている。


「っ!!」

「裕貴の鞄だ。」

「スマホも鞄の中だったのですね。通りで連絡が取れないはずですわ。」


 今にも泣き出しそうな美琴に反して、舞は冷静に振舞っている。勇も平静は装っているが、内心はかなり焦っていた。


「とにかく周囲を探してみよう。美琴さんはおじさんとおばさんに連絡して下さい。」

「わ、わかったわ。」

「何かあったとしか思えません。家に連絡して人を増やして探させます。」

「頼む。俺は公園の周りを見てくる。」

「ええ、お願いしますわ。」


 3人それぞれに別れて引き続き裕貴を探し始めた。


§


 結局成果は上がらぬまま。辺りも暗いため捜索は捗らない。

 連絡を受けて裕貴の両親が鞄を見つけた公園へやって来た。


「お父さん!お母さん!」

「美琴!裕貴はまだ?」


 母親に抱きしめられながらも、美琴は震えつつ頷く。


「裕貴の鞄が有ったのはこの辺りか?」

「はい。周りも見たんですけど特に不振なものとか痕跡とはは無くて。」


 裕貴の父の言葉に、周囲の探索から戻った勇が説明する。


「ううむ。これは……、いやまさか……。」


 裕貴の父は鞄のあった地面へしゃがみ込み、何かを考えつつも唸る。


「お父さん!何か分かったの?なんでもいいから手がかりに繋がりそうなら教えて!」


 掴みかからんばかりの勢いで美琴が父に詰め寄る。


「いや、その。ううむ。……そうだな。可能性の話はするべきか。皆集まってくれるか?」


 何かを決意するように頷く裕貴の父。裕貴の母、美琴、勇、舞の4人を前に裕貴の父は神妙な面持ちで口を開く。


「母さんには話てあるのだが、かなり荒唐無稽な話だ。信じられないならそれで構わない。」

「もったいぶらなくていいわ!どんな話でも信じるから。裕貴に関係あるんでしょう?」

「ああ。まず私の事だ。私は今は天利音久人あまりねくとと名乗っているが、本名は違ってね。本当はネクト・アマリアという名前なんだ。」


 彼の言葉に美琴、勇、舞は顔をこわばらせる。裕貴が居なくなった直後に聞くにしても妙な話だった。


「今の両親は養父母でね。身寄りのない私を養子に迎えてくれたんだ。苗字が似ているのは偶然だが、同時に運命的なことも感じてしまった。まぁそれはいい。そもそも、私はこの世界の人間ではない。元々は魔法が存在し、この世界では幻想とされていた生き物が居る異世界の人間だった。まだ10歳だったある日突然、こちらの世界に来てしまったんだよ。」


 父が話を進めるうちに、美琴と舞の顔が青ざめていく。勇も難しい顔をしているが、差悪の事態は覚悟していた。


「私は元々魔法の才能があった。こっちの世界では自然の魔力がほとんどないようでちょっとした手品程度しか使えないんだが……。裕貴の居なくなった場所からこの世界では感じたことのないほど強い魔力を感じる。もうだいぶ薄まって来ているけれど、ここで何か強い魔力が発せられるようなことが合った可能性は高いだろう。」

「そ、それって……。」

「裕貴はその、おじさんの出身の世界。異世界へ飛ばされたってことですか?」

「そ、そんなのありえませんわ!もしあったとしても、そんなのどうやって探せば……。」


 ネクトの話からの推察はあまりに絶望的であった。


「そうだ!お父さん、向こうへ行く方法ってないの!?」

「あったら私はここに居なかっただろうな。今までその手段を探したこともあったが、あまりに手がかりが無さ過ぎて、こちらの世界で生きていく決意をしたんだ。」


 ネクトの言葉に訪れる沈黙。勇が沈痛な面持ちをするなか、美琴の表情が変わっていく。舞もだが、美琴のそれはより顕著であった。


「いいわ、やってやろうじゃないの!私の可愛い裕貴を奪うなんて神だろうが魔王だろうが絶対に許さない!どんな手を使ってでも絶対に連れ戻して見せる!舞ちゃん!」

「はい!私も同じ気持ちです!」


 先ほどまで泣きそうに震えていたとは思えないほど、オーラが見えるのではないかと錯覚するほどの激昂。言葉が冷静に聞こえる分よりその怒りの深さが見える。ネクトや勇が少し震えてしまうほど。


「し、しかしどんな手でもとは言うがどうやって?」

「異世界へ裕貴が移動した可能性があって、お父さんがこっちの世界へ来たんでしょう?なら相互に行き来は可能なのよ。出来るなら話は簡単。どうやって移動したのかを分析して再現すればいいだけよ。舞ちゃん!異世界からやってきたとか目の前で人が消えたとかいう情報をなんでもいいからかたっぱしから集めて!内容を精査してやって来た人から状況を聞いたり、人が消えた場所や状況の情報を出来るだけ詳しく集めて頂戴!お父さん!」

「な、なんだい?」

「魔法に関することを教えて!なんでもいいから向こうで学んだことがあるでしょ。魔力を測定する装置と干渉する装置を作るわ。」

「つ、作るって……。わかった。私に出来ることなら何でも協力しよう。」

「勇君も必要になったら呼ぶから!それまで剣道の練習でもしておいて!」

「あ、ああ。わかった。」

「見てなさい!絶対に裕貴を取り戻すんだから!」

「ええ!やってやりましょう!」


 鬼気迫る勢いの美琴と呼応する舞。ネクトと勇は恐れおののくばかり。


「美琴。お母さんも同じ気持ちだけれど、良い仕事をするには身体も大事にしないとだめよ?まずはしっかりご飯を食べて気持ちを落ち着かせてからね。」

「母さん……。分かった。それじゃあとりあえずご飯を食べて、それからお父さんには話を聞くから。仕事は当分休んで。私も今の研究は全部止めるから。舞ちゃん、集まったデータは逐一私の研究室に送って。当分泊まり込んで分析するから。」

「わかった。なんでも協力しよう。」

「ええ、おまかせ下さい。」

「さぁ、裕貴奪還作戦開始よ!」


 そう言って腕を振り上げた美琴の瞳はギラギラと燃え上がっていた。


§


 裕貴が居なくなってから一週間。

 裕貴が消えたと思われる公園は謎の機材が大量に置かれ、白衣や作業着姿の人間が何人も行き来し、警備員が周囲を取り囲んで守っているという物々しい有様だった。


 その中心である裕貴の居なくなった現場には、そこを囲むように4つのアンテナが置かれており、近くに止められた車へ配線が繋がって、研究員らしき白衣の人物たちがそこにあるノートPCを操作していた。


「天利主任。準備完了しました。」

「ええ、ご苦労様。舞ちゃん、勇君、そっちはどう?」

「準備出来ましたわ。」

「ああ。問題い無い。」


 美琴、舞、勇はそれぞれ、服の上から白いプロテクターのようなものを身に着けている。


 美琴はロングコート風の物で、胸と手甲、ブーツがプロテクターになって居る。腰には円盤状で中央に丸いディスプレイが配された装置が付いた太いベルトだ。手にしたのは白い本。ただし表紙はプロテクターと同じ素材で、開くとタブレットになっていた。


 舞はブラウスとミニスカートの上に、コルセット状の物から胸元までとロングブーツ型のプロテクター。腕は腕輪に小さ目の美琴のベルトにある物と同形状の円盤状装置がついており、服の肩留めで長いマントを付けている。手には足下から腹辺りへ届く長さの杖。杖の先端は円盤状装置だ。


 勇は一番重装備で、厚手のズボンとジャケットに胸から腹と肩まで繋がる鎧状の物に、腰には美琴と同様の円盤状装置付きのベルト。ブーツは膝辺りまでだが腿にもプロテクターは付いている。そして腰にはベルトにマウントされた竹刀と同程度の長さの白い剣らしき物。ただ刃はついておらず、鍔に当たる部分は円盤状装置になっていた。


 3人ともファンタジーというよりSFよりの見た目になっている。


「それじゃあ出発前にもう一度説明しておくわね。この装備はお父さんが言っていた『魔力』と呼ばれるものを解析してその力を科学的に再現した装置なの。魔力って語呂が悪いから神秘的な力ってことで『マナ・リアクター』と名付けたわ。周囲や装着者の魔力を使用して、魔法の術式や技術が無くても自動で魔法を発動するようになっているの。お父さんの世界にあったっていう魔道具をこっちの技術で作ったようなものね。」


 美琴の説明に、舞と勇は頷きつつも呆れ顔。


「それだけでも世界がひっくり返るようなとんでもない技術なのですが。」

「さすが天才としか言いようがないな。裕貴はこんな人と比べて頭の出来がどうこう言ってたのか……。」

「話を続けるわ。『マナ・リアクター』はただの副産物でしかなくて、本命は周りにおいてある装置。『次元転送システム』ね。裕貴が居なくなった地点の魔力を解析した結果、魔力がどこかへ繋がっているのを発見したわ。その繋がりは細くなったけど今でも繋がっている。これを辿れば裕貴の所へ行けるわ。この世界とお父さんが来た異世界って思ったより繋がりは多くて、痕跡も沢山見つかったし時折向こうと繋がってるのか魔力の検出される場所もあったわ。もっとも、こっちに魔力は無いから時間が経つと拡散してしまうみたいね。極微量だけどこの世界でも魔力が検出されるのはそのせいよ。」

「つまり、この装置で裕貴さんのところへ行けるということですわね。」


 そう言って説明をまとめた舞に美琴は頷く。


「ただし、お父さんから聞いた向こうの世界は割と未開の地も多くて、野生の肉食獣や魔物という魔法を使ってくるやっかいな生物が居る危険地帯もあるみたいなの。裕貴が身一つで向こうにいって無事でいてくれることを祈るしかないけれど、私たちもそのまま向こうに行って危険にさらされる可能性は高いと思うわ。」

「それでこの装備と俺の出番というわけか。」


 手足を動かして装備の感触を確かめつつ勇が言う。


「そうよ。現代兵器を持ち込んでも、弾の補充が出来ないし、刃物は刃こぼれしたら直すのも一苦労。鈍器も考えたけど、剣道やってる勇君はともかく、素人の私たちが振り回してもたかが知れてるからね。『マナ・リアクター』なら周囲に魔力がある限りいくらでも使えるし、向こうは魔力に溢れた世界だから使いたい放題だもの。」


 そこで勇が顔色一つ変えずに言う。


「戦闘のプロに任せようとは考えなかったのか?」

「任せなかった理由はいくつかあるわ。まずモチベーション。まったく未知の世界でどこに居るかも分からない人を一人探すのは途方もないことよ。依頼を受けて必ず完遂しようという気持ちがある人も居ないことはないでしょうけれど、裕貴を探そうという意思なら私たち3人が一番強いわ。次に魔法がある世界だってこと。こっちの戦闘技術が全く無意味とは思わないけれど、未知の力を使ってくる魔物なんかに出くわして上手く対処して倒すのは普通に考えたら至難の業。まともにやったら素人よりマシ程度の抵抗が出来るくらいでしょう。さっきも言った通り現代兵器持ち込んでも補給が困難だしね。最後に私が作った装置。私はお父さんの娘だからでしょうけど、勇君と舞ちゃんも他の人に比べたら魔力量が多いの。まぁお父さんみたいに異世界から来た人が何人も居るみたいだから、先祖の誰かに異世界人が居たのかもしれないわね。おかげで装置が上手く機能するし、2人に合わせて調整したから他の人には使いづらいはずよ。以上から裕貴奪還作戦は3人で行います。」


 美琴の説明に勇と舞は決意のこもった瞳で頷く。


「分かった。最初から他人に任せようだなんて思ってない。何があっても裕貴は俺が救い出す。」

「私もです!必ず探し出して見せますわ!」

「ええ!食料や物資はむこうで現地調達。お父さんの話から場所にもよるけど資源は豊富なはずよ。第一目標は裕貴の発見と安全の確保。第二目標は裕貴を連れてのこの世界への帰還ね。『次元転送システム』は私の持ってる『マルチ・マナ・デバイス』に接続してあるわ。電波とかではなくて魔力を使用した送受信を可能にしているの。『次元転送システム』のちょっとした応用ね。」

「なんかさらっととんでもない事言って無いか?」

「さすが美琴さん!頼もしいですわ!」


 胡乱な目の勇に、目をキラキラさせている舞。


「最後に2人の装備の説明。防具は自動で障壁を発動するから魔力がある限りトラックの直撃でも無傷よ。次に勇君のデバイスね。名前は『マナ・マルチエフェクトコネクター』長ったらしいから『M2』とでも呼んで。周囲のマナを取り込んで、発生器から魔法を出力するの。ただ放出するんじゃなくて発生器を覆うように出るのね。最初は切断魔法に設定してあるから剣のように斬ることが出来るわ。相手に合わせて変更するのは私のデバイスから操作するから勇君は普通に戦えば大丈夫よ。舞ちゃんのは『マナ・エフェクトポイントアンテナ』って言って、こっちも長いから『マナアンテナ』でいいわ。使い方は効果を頭で浮かべて先端のリアクターを効果地点へ向けるだけ。アンテナを中心にしたいなら真っ直ぐ地面に立つように持って。効果の種類は火・水・風・土・雷の攻撃魔法と外傷を治療する回復魔法。あと光源を設置する魔法と防具と同様の障壁魔法。今設定してあるのはそんなところね。むこうで必要な魔法があったら私のデバイスから追加設定していくわ。説明は以上だけど質問はある?」

「大丈夫だ。」

「私も準備は出来ていますわ。」

「OK。それじゃあ裕貴を探しに行くわよ。」


 2人の返事に頷き、美琴は周囲に待機している研究員に指示を出す。

 『次元転送システム』の装置が起動し、起動音と供に光を発する。美琴はデバイスの画面を見ながら静かに頷き、3人は装置の間へ。


「それじゃお父さん、お母さん、行ってきます。必ず裕貴は連れて帰るわ。」

「ああ、気を付けて。」

「ご馳走を作ってまっているわ。3人とも無事でね。」


 裕貴の両親の言葉に3人は頷くと、強い光が包み込み、この世界から旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る