その3 精霊にお願い
森に来たその日から、裕貴はアーシィの手伝いをしながら旅支度を整えることになった。
「まずは食料ね。森を歩くから探せば食べられるものはそこら中にあるけれど、当然探しながら歩いたらその分遅くなるわ。ある程度は持って行って進むのを優先、その日休む場所を決めたら近くで取れるものを探す。十分取れれば持ってきたものは節約、取れなければ持ってきたものを食べるようにすれば困ることは無いでしょ。」
「うん、それじゃあよろしくお願いします。」
「ええ、まかせて。」
予備の背負い篭を借りて、彼女に先導されて森に採取に出る。ミューも当然の如く裕貴の後を付いてきた。
最初に気が付いたところからアーシィの小屋に来るまででも結構な疲労感を感じたが、採取に付いて行くのもまた一苦労であった。
彼女は、森歩きになれない裕貴の為に比較的歩きやすい場所を選んでゆっくりと進んでいたが、裕貴はそれに気づける余裕もなく、はぐれないようにするだけで精一杯であった。
「この辺りでキイチゴを集めましょうか。乾燥させれば持ち歩く食料として使えるし甘い物は疲れも取れるから。」
「はぁはぁ……。わ、わかった。」
「ふふ、無理しないで一休みしてからね。」
そう言って木の水筒を渡してくるアーシィ。
「あ、ありがとう。ん……ぐ……。ふぅ。これってお茶?何かの香りがする。」
「ええ。ハーブを少し入れてあるのよ。少しは疲れが取れるでしょ。」
「うん、ありがとう。」
休憩しつつ辺りを見れば、そこは森の中でも小高い丘になっている所で、木々の間から日の光が差し込み、低木がまとまって生えていた。その低木はところどころに赤い小さな実を付けており、それが目的のキイチゴなのだろうと見当がついた。
「沢山あるね。」
「ええ。今は丁度実りの季節だから採れる木の実やキノコは沢山あるわ。ある意味運が良かったとも言えるわね。」
「そうなんだ。それって動物も活発になってるよね?」
先ほど出会った狼らしき生物を思い出して聞く。危険は極力回避したい。
「そうね。この辺りは野鼠や小鳥が多く来る場所だから、それを狙って猛禽やヘビ、狐なんかが来るわ。もっとも、今は私たちがいるから顔を出すことも無いでしょうけど。」
「そっか。さっき狼みたいのを見かけたから危ないのかなって。」
「ああ、確かにこの辺りを縄張りにしている狼たちは居るわね。あなたたち見慣れない生き物がいたから警戒してるんでしょ。」
(食べようとしてたわけじゃなかったんだ。)
先ほどの狼の様子を思い出すに、確かに狩りに来たという雰囲気ではなかった気がする。もっとも、襲われる危険を考えれば狼の事情など大した問題ではないのだが。
「他に危ない生き物っている?」
「そうね。熊はもっと川の方に住んでいるし、臆病だからそう会うこともないと思うわ。あとはもっと山寄りの岩場の方にはたまに瘴気が漏れてくる穴があるから魔物を見ることもあるけれど、こっちまで来ることはないわ。」
「魔物って?」
裕貴はファンタジー的な呼び名についワクワクしてしまったが、襲われる危険を考えたら絶対に会いたくはなかった。
「瘴気に当てられた動物が変化したものね。身体が大きくなったり魔法を使ってくるようになるものも要るわ。この辺りなら鳥やヘビ、狼や熊なんかが魔物になることがあるわね。強くて凶暴になるけれどその分早死にするから近づかなければ問題ないわ。そもそも魔界と繋がって瘴気が漏れてくることが極々稀だもの。よっぽど運が悪く無きゃ平気よ。」
「魔界なんてあるんだ。」
ファンタジーな用語が出るたびに改めて異世界に来たのだと実感が湧く。そして恐ろしさより好奇心が勝っている自分に裕貴は苦笑してしまった。
「ええ。ここは地上界と呼ばれていて神々の居る天界、魔族の住む魔界というのがあるわ。異世界人が現れた伝承にある世界の危機というのは地上界と魔界が繋がって起こった大きな戦争だとも言われているわね。もっとも、それ以来地上界と魔界が行き来できるほど繋がることは無かったようだし、まれに繋がっても瘴気が漏れる小さな穴くらいなものね。
「そうなんだ。天界とは繋がったりしないの?」
「天界は神々が管理しているから地上界や魔界と繋がったりはしないみたいね。ただ、儀式をして祈りを捧げると神々の助力を得られることもあるそうよ。サマーリン王国では教会という集団が居て、専用の神殿を建てて神々の助力を得ているらしいわね。」
「へぇ。異世界人って神様に呼ばれたって伝説なんでしょ?もしかしたら僕も神殿で神様に頼んだら帰れないかな。」
疑問を口にしたが、アーシィは難しい顔をしている。
「可能性は無いとは言えないし、もし全くの異世界へ移動するとなれば神々の力に頼る他無いでしょうけれど、それだけ難しい願いを叶えてもらうとなれば相応の対価や儀式が必要になるんじゃないかしら。その辺りは私も詳しくないから、王都で調べてみる他ないわね。」
「そっか。でも可能性があると分かっただけでも嬉しいよ。」
裕貴の笑顔にアーシィも頷いて微笑んだ。
§
キイチゴの採取を終え、アーシィの小屋に帰りつくころには、裕貴はへとへとだった。
アーシィに休んでいるように言われ、ミューに引っ付かれたままウトウトしているうちに、アーシィはスープを作っていた。
出来上がったスープは木の器に入れられ、テーブルへ置かれる。
「さ、どうぞ。」
「ありがとう。いただきます。」
味付けは塩だけだったが、見たことの無い野菜がごろっと入っていて、疲れも合っておいしく感じる。
「あなたも食べる?」
「ミュー。」
「何を言ってるのか分からないけど、一応出すわね。」
アーシィはミューにもスープを出してみたところ、器を両手で持って口へ運び舐めるように平らげる。1杯だけで満足したのか床にゴロリと寝転がって身を丸めた。体格の割にずいぶんと小食であった。
夕食が終わるころにはすでに日が傾き、小屋の中も暗くなる。
アーシィが半透明の鉱石が入った小さな篭を指さすと、鉱石から光が溢れ部屋を照らす。
「少し待ってなさい。」
そう言って外に出るアーシィ。しばらくして戻ってくると、その後ろに木材が浮遊して付いてくる。
「えっ?何?」
裕貴が驚いているうちに、浮いている木材は組み合わさって食い込むようにくっつくと、壁に掛けてあった大きな毛皮が乗ってベッドになっていた。
「これを使ってちょうだい。床に寝るよりはマシでしょう。」
「何から何まで本当にありがとう。」
「いいのよ。大した事じゃないわ。」
裕貴はアーシィにもっと感謝を伝えたかったのだが、疲労と眠気が勝って、寝床へ入るとすぐにぐっすりと眠ってしまった。
寝床にはミューも入ってきて抱き付かれてしまったのだが、そんなことを気にする間もなく眠りに落ちてしまったのだ。
§
次の日目覚めると、小屋の中にアーシィの姿は無く、外へ出てみる裕貴。
見ると畑にアーシィは居た。
「おはよう。」
「あら、起きたのね。」
顔を上げたアーシィの手には浅い篭を持っており、中には野菜が入っていた。昨日食べたスープにも入っていたが、ナスっぽい色のトマトみたいなものや、ピンク色のニンジンらしき根菜。黄色の曲がったキュウリみたいな物に葉っぱに包まれたカブのような物と、見覚えの無いものばかりだ。
「野菜の収穫?僕も手伝うよ。」
「ああ、もう終わったから大丈夫よ。それより顔を洗ってしまいなさい。井戸の使い方は分かる?」
「うん、大丈夫。ありがとう。」
籠を持って小屋へ入るアーシィを後目に、井戸へ向かう。
小さな石造りの井戸で、木製の屋根が付いており、さらに木の蓋がされていた。
近くには長い蔦のロープが結ばれた木桶があるので、それを中に下して水を汲めば良いのだろう。
裕貴は蓋をどかして、木桶を井戸の中へ落とす。
やや間あってから水音。思ったよりも深いようだ。
「これで水は入ったかな。あとは引っ張れば……。」
ロープの端を持って引く。少し重い感触がして持ち上がったと思ったが、そこからまったく上がらない。全力で引っ張っても井戸のふちにロープが引っかかっているのにまったく上がってこない。まるで大岩でも引っ張っているかの如くびくともしなかった。
「お、重い。これ水減らさないとダメかな。」
何度か上からロープを動かしてみるが、桶の水が減っている様子はないし、井戸の中も真っ暗で分からない。
「これじゃ水も汲めないよ……。」
改めて自分の非力さを思い知る。仕方ないのでアーシィに助けを求めに行こうと井戸を離れようとすると、ミューがロープを掴む。
「え?ミュー、何を。」
「ミュミュウ。」
ミューがぐいぐいロープを引っ張るとあっという間に木桶は井戸から出てくる。
中にはたっぷり水が汲まれていた。
「ミュー。」
「はは……、ありがとうミュー。」
ミューの頭を撫でてやる。裕貴が非力すぎるのか、ミューが力強いのか。
やるせない気持ちを隠しながら裕貴はとりあえず顔を洗った。
小屋へ戻るとアーシィが食事の仕度をしている。
「あの、何か手伝うよ。家では母の手伝いをしてたから簡単な料理くらいは出来ると思うんだ。」
「そう?それじゃあ野菜を洗って貰えるかしら。」
「まかせて!」
言われてとりあえず黄色いキュウリっぽい物を掴み、近くにあった水の入った桶へ入れようとする。
「あ、ダメよそれ水に入れちゃ。」
「え?うわっ!」
すでに遅く水に入ってしまう。瞬間静電気を何倍にもしたような感覚がして跳ね飛び、尻もちをついた。
「先に言っておくべきだったわね。それデュウリって言って皮を雷の精霊が好むの。水に触れると一気に放電するから痺れるのよね。」
「そ、そうなんだ。あはは……。」
図らずも異世界の洗礼を受けてしまった裕貴は、今度は触る前に取り扱いを聞いてから洗うことにする。
「黒いのはクロマト。洗うと水が真っ黒になっちゃうから最後に洗って。白っぽくなるまでしっかり洗うこと。葉っぱが付いてる白いのがハブ。葉っぱの根本からちぎって葉っぱだけ洗えばいいわ。ピンクのがトロンジ。これは土が残らないように洗えばいいから。」
「わかった。」
どうやら一番の外れを引いたらしい。ともかく言われた通りに洗いだす。
その間にアーシィはデュウリをふわりと浮かせて、曲がったところから棒状になるように切る。手も触れずに空中でバラバラになるのはなかなかシュールだ。それから木のヘラを切ったデュウリに当てて回すように全体を擦る。これはちゃんと手で持ってやっているが、擦ったところからベロンと皮が剥がれ、白い身が露わになった。
「すごいね。魔法を使ったり使わなかったりは何か理由があるの?杖も昨日は使ってたけど今は使ってないし。」
洗う手は止めずに聞く。
「ああ、使う魔法の種類や方法の違いね。私は自分の魔力を利用した魔法と精霊の力をかりる精霊魔法を使うの。魔力を利用する方は自分の手の延長みたいなものだから物を移動させたり切ったり出来るの。ただ細かい作業をこれでやると集中しないといけないし魔力も余計に使うから手で直接やったほうが早い場合はそうするわ。精霊魔法の方は自然に居る精霊に魔力や対価になる物を渡して手伝ってもらうのね。水を動かしたり、火をつけたり、木をくっつけたりは精霊魔法よ。ただそれぞれ得意な事しかできないし細かい命令も出来ないから、出来ることは限られるわね。杖はあると魔法の届く範囲が広げられるし、集中も少なくて済むの。私の魔力を馴染ませてあるおかげね。ただ家の中で魔法を使う分にはそこまで必要じゃないから、複雑な魔法が必要だったり、手元にある時は使うけれど、そうじゃなければわざわざ持ってきて使ったりはしないわ。だいたい杖は外へ出かける時用だもの。」
「へえ、いろいろあるんだね。面白い。」
説明している内にも水は浮いて鍋に入り窯に置かれると火が勝手につく。説明通りなら水と火は精霊の力だろう。裕貴の洗った野菜たちも空中で次々丁度良い大きさに斬られては鍋に勝手に入って行く。これは魔力でやっているようだ。
最後に葉を取ったカブのような白い芯にアーシィが触れると絞られたように水が染み出し、しなしなに乾燥する。
「これは?」
「ハブの芯はそのままだと石みたいに硬くてとても食べられないの。ただ水分が抜けると柔らかくなるから、塩漬けにしたり乾燥させたりするのね。今はすぐ使うから水の精霊に水分を抜いてもらったの。」
乾燥したハブの芯はまた空中でバラバラになって鍋に入る。
「乾かしたのに鍋に入れて大丈夫なの?」
「ええ。一度乾けば水分を吸収しにくくなるから大丈夫よ。その分自然に乾燥させるのは時間がかかるんだけど精霊魔法ならすぐだから。」
「そうなんだ。魔法ってすごいね。」
感心したように言う裕貴に、アーシィは少し照れたよう。
「そうでもないわ。ただ使えるものを使っているだけ。あなただって魔法は使えなくても得意なことはあるでしょ?それと同じよ。」
「そっか。でも、僕はこれが得意って胸を張って言えるものは無いからなぁ。」
困ったような裕貴。アーシィはそんな彼を見て優し気に微笑み言う。
「自分では分からないだけで、あなたもきっと得意な事はあると思うわ。」
「そうだね。きっと何かあるよね。」
アーシィの言葉に、裕貴は笑って頷いたのだった。
§
食事後、掃除の手伝いを申し出た裕貴。アーシィは了承したものの、以外にも小屋の中は様々な物が置いてあり、アーシィに確認しながらでないと掃除が出来ず、返って手を煩わせてしまう。
その後、アーシィは魔法で脚の付いた木枠、中央が抜けた机のようなものを作るとそこに蔦を編んだ目の粗いラグを敷く。
昨日取って来たキイチゴをそこへ重ならないように並べ天日干しだ。一応キイチゴを並べるのを手伝ったものの、ほとんどアーシィが魔法でやってしまった。
それから他の手伝いもと申し出るが、薪は斧すら無く魔法で割っているし、雑草も水を撒いてやると自ら庭の端へ移動していく。水汲みもミューの力を借りなければ井戸から汲むことも出来ないし、ラグを編むのも教わりながらやってみたがちっとも捗らなかった。
その日の食事が終わるころには裕貴はすっかり自身を失くしていた。
「ごめんね。役立たずで。もうちょっと役に立てると思ったんだけど……。」
「そんなことないわ。慣れない世界に来て初めてのことばかりだったのだもの、手伝ってくれようとすることが大切なのよ。」
「ミュウ。」
アーシィは苦笑しつつもそう言ってくれるし、ミューは慰めるように抱きしめてくれる。裕貴は嬉しい反面自分が情けなくて仕方がなかった。
「そうねぇ。魔力は少ないみたいだから普通の魔法は無理でも、精霊の力を借りることは出来ると思うわ。」
「え?魔力がなくても精霊の力って借りられるの?」
アーシィの言葉に顔を上げる裕貴。彼の反応を見て、アーシィはさらに続ける。
「精霊っていうのはこの世界ならどんなところにも要るわ。自然に起こる現象には必ず精霊が付いて起こしているの。水の流れ、雨が降る、風が吹く、雷が鳴る、火が燃える、植物が芽吹く。それぞれに精霊が宿っているの。それらははっきりとした自我を持たない下位の精霊なんだけれど、彼らが喜ぶことをしてあげると人の意思に反応して動いてくれるのよ。そうやって精霊に手伝って貰うのを精霊魔法って呼ぶのね。」
「へぇ。そうなんだ。」
説明を聞いているうちに裕貴の瞳がキラキラと輝いて行く。
「たとえば、料理している時デュウリの皮を雷の精霊が好むって言ったでしょ?乾燥させたデュウリの皮をこすり合わせると雷の精霊が喜んで集まってくるのね。その時して欲しいことを想像して伝えられれば雷の精霊が力を貸してくれるわ。私は自分の魔力を渡して代わりに精霊に手伝って貰っているけれど、魔力以外でもその精霊が喜ぶ事をしてあげれば精霊魔法は使えるのよ。」
「それじゃあ僕でも精霊魔法が?」
「ええ、もちろん。ただまぁどんな精霊が何を得意かとか、頼む内容は選ばないといけないし、意思を伝えるのも感覚的なものだから練習が必要ね。魔力が低いと精霊が居るのを感じづらいこともあるから、その辺りも教えてあげるわ。」
すっかり機嫌を直した裕貴にアーシィは楽し気に伝える。
「ありがとう!それじゃあアーシィは僕の師匠だね!」
「ええ?そんなに大げさなものじゃないけど。まぁ明日から精霊魔法を教えてあげるわ。楽しみにしてなさい。」
「うん!」
その後すっかり楽しくなってしまった裕貴は、精霊魔法を教わるのが楽しみすぎて、なかなか寝付くことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます