第13話 楽しい時間の前
温かな料理は、何を食べても美味しかった。
スープは具がたくさん入っており、ベーコンみたいな肉も入っていた。
それに彩とりどり野菜のサラダには、甘酸っぱいドレッシングがかかっていて、小食の私でも食べられるほど。
パンもいつものとは比べ物にならないほど、柔らかかった。
そして料理全てが順番に出されて給仕され、最後には温かな紅茶が出されている。
「何か他に必要なものはございますか?」
アーユと呼ばれた侍女が、食事が終わった私に声をかけてきた。
その表情は公爵に似てやや硬いものの、特に嫌悪している様子はない。
年齢からいっても、この人がここの侍女頭なのかもしれないわね。
ビオラのことなんて好きではないだろうに、感情を全く表に出していないもの。
「申し訳ないんだけど、このあとルカ様とお庭で遊ぶ約束をしているの。虫の観察をするそうで、出来れば紙か何かと書くものを貸してもらえるかしら」
私の返事にアーユはやや少し考えたあと、何事もなかったように頭を下げる。
「かしこまりました。すぐお持ちいたします」
そして言葉通り、すぐに彼女は私の元へクレヨンのようなものとスケッチブックを一つ届けてくれた。
今日もルカはお庭で虫の観察をすると言っていた。
これがあれば図鑑みたいなものを作れるわよね。
絵も描けるし、字の練習にもなる。
何より、きっとこれを見たら喜んでくれるはずだわ。
いつもはただ見ているだけだったもの。
もっと虫の観察が楽しくなるはずよ。
「ふふふ」
思わず笑みがこぼれる。
って、アーユがいたのに私ったら。
いきなりニタニタ笑って、変な人じゃない。
私は慌てて真顔を作り、彼女に声をかけた。
「あ、あの。料理長にご飯美味しかったと伝えて下さい。でも私には少し多いようなので、明日からはあの半分で大丈夫ですと」
「かしこまりました。他に何かご要望はありますか?」
「いいえ。大丈夫。では、私はルカ様のところへ行ってくるわ」
さてさて。今日も少し暑そうだけど、楽しみだわ。
まるで子どもの頃に戻った気分ね。
昔は夏休みに虫取りとか、おたまじゃくし捕まえたもの。
あー。そういうのもこっちにいるのかしら。
虫だけじゃなくて、ルカにはいろんな生き物に出会って欲しいのよね。
ああいうのって、子どもの時にしか出来ないものね。
そんな風に思いながらダイニングを出ようとした私をアーユが引き留めた。
「奥様、そのまま外へ行かれるのですか?」
「え? ええ」
別にドレスを着ているわけでもないし、ただのワンピースだったのだけど、何か変だったかしら。
「今日の外は日差しが強いので、日傘や帽子がないと危ないかと」
「あー、やっぱりそう思う? 私もそう思ったのだけど、荷物にそれがなかったのよ」
どこかにしまってあるのかな。普通は確かにクローゼットとかにあるはずよね。
アーユは私の言葉に怪訝そうな顔をしたあと、黙り込む。
「でしたら、あとで探してお庭までお届けさせていただきます」
「そう? それは助かるわ」
どこかにしまってあるのか。
それとも元よりないのか。
どちらにしても、あとで出してもらえるのなら助かるわ。
さて。ルカはもう来ているかしら。
スケッチブックとクレヨンを抱え、私は庭へと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます