第2話 調査依頼

「J」から資料が送られてきて2週間がたった。


引っ越しの作業もあって、中々読む時間が取れなくて少しずつ確認していたが、複数の資料を読み込んでいくうちに、俺は嫌な予感がしていた。

――これ、ひょっとして、とんでもなくヤバい調査なんじゃないか?


資料の中には、「クニサキ」という名前の女の記述が何度も出てきた。どうやら、こいつに出会ったら、相当まずいことになるらしい。しかも、あの町ではクニサキの存在がある程度知られているようで、あちこちに「クニサキの言葉を信じるな」という張り紙が貼られている。


だが、外部から来た俺のような人間にとっては、意味がさっぱり分からない。


俺は、調査を引き受けるのをやめようと思い、「J」に断りの連絡をしようとしたその矢先、「J」からダイレクトメッセージが届いた。


「あれから2週間経つけど、資料はある程度読んでくれただろうか?

 君が資料を読んだ上で、相談したいことがある。

 ある人物に会ってほしい。彼には前払いの報酬も渡してあるから、

 せめて話だけでも聞いてもらえると嬉しい」


図ったようなタイミングで送ってきたな、と驚いた。どうやら「J」は俺に誰かと会わせたいらしい。まぁ、とりあえず、話を聞くだけなら損はしないし聞いてみるか。そう思って、指定された喫茶店に向かった。


店に入ると、すでに一人の中年の男が待っていた。俺が席につくと、彼は「君がJ君の知り合いだね、早速だけど」と切り出して、今回の調査について語り始めた。


彼は、オカルト関係のネットメディア「アーカム」を運営していて、あの地区について長年調べているという。名前は石瓦と言うそうだ。そして「J」とは情報を共有し合う協力関係にあるらしい。


石瓦さんが語った「例の地区」についての話は、想像以上に物騒だった。


――あの地区周辺では、1950年代から行方不明者、殺人事件、殺人未遂などの異常な事件が多発していた。特に1960年代には、その数がピークに達していたという。だが、1970年代以降は徐々に事件の頻度が下がり、今では数年に一度起きる程度になっているそうだ。


そして、事件の減少と共に、あの「張り紙」が張り出されるようになったという。


いつから貼られたものなのか正確なところは不明だが、取材によって、あの張り紙が貼られ始めてから、目に見えて事件が減ったらしい。つまり、クニサキと呼ばれる存在は昔からそこにいて、地域が独自に“対策”を講じていた可能性があるわけだ。ちなみに、クニサキは過去には「クチサキ」と呼ばれていたことが調査でわかっている。


話を聞きながら、俺はある疑問が浮かんできた。


「……でも、なんでこんなやばそうな調査を、俺みたいな素人に依頼したんです?

 あなたがいるなら現地調査は別に問題ないですよね?」


石瓦さんは少し間を置いて、こう答えた。


「うん、それはね……君に“張り紙の女の顔”が見えているからだよ」


――え?

驚く俺に彼は淡々と語り始めた。


彼の話によると、あの張り紙に描かれている女の顔は、普通の人間にはピンボケしていてハッキリ見えないらしい。しかし俺には、その顔がくっきりと見えていた。


「理屈は分からない。でも、これまで被害に遭った人たちも、“女の顔が見えていた”と考えられているんだ」


つまり、俺にはその女が視認できる可能性がある。


だから、調査の中で彼女を見つけ出し、写真に収めることもできるかもしれない――そういうことだった。


納得しかけたところで、もう一つ疑問が湧いた。


「……「J」は、なんでここまでしてあの女についてこだわってるんです?」


石瓦さんは、少し暗い表情になって答えた。


「……「J」の父親は、かつてクニサキと出会ってしまったんだ。

 そして、“お前の子供はお前の子ではない”と嘘の情報を吹き込まれ、

 錯乱した父親は妻を殺してしまったんだ。


 その後、父親は獄中で亡くなり、身寄りのなかった「J」は

 親戚の叔父に引き取られ、後に、彼自身の力で資産を築いた。


 父親の名誉は取り戻せなくとも、原因を突き止めたい。

 その一心で、この調査を進めているんだ」


そして、調査を続ける中で、張り紙の顔が見えた人間に出会ったのは、これまでで俺が初めてだそうだ。


それを聞いて、俺はしばらく考えたが、けど、もう答えは決まっていた。

俺は、彼の依頼を引き受けることにした。


どうしてそうしたのかは、なんとなく自分でもわかる。きっと、「J」の境遇に共感したからだと思う。俺も、似たような立場だったから

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る