第6話 初任務 前編

 ネクサリウムでは、境界が発生した際に動く二つのチームがある。


 一つは情報整理と現地のリアルタイム監視、中継指揮の仕事を主とする『管制』。

 もう一つは、現地へと赴き、境界の発生原因である逸脱者の確保・連行を目的とした、地上でいうところの騎士団である『守衛』。

 

 守衛は、境界内に発生する『因果の膿』由来の魔物との戦闘や、抵抗する逸脱者との交戦がつきものであるため、訓練された選りすぐりの実力者がトップを仕切る。


 その中で、俺は守衛の【特務班】というチームに配属された。

 リゼルがいうには、これまでのネクサリウムのやり方からかけ離れた特例であり、新たな「試み」であるため通常の部隊としては扱われないのだという。


 つまりは、試用的部隊。

 かけるリスクは最小限にしたい幹部たちの意思だろうか、メンバーはたったの三人だった。


 ◆特務班のイカしたメンバーを紹介するぜ◆


 班長リゼル。

 長いブロンドの髪を腰まで伸ばす騎士。

 直剣を常に携え、いつも卸したてのように綺麗な制服以外を着ているところは見たことがない。

 俺のことが嫌い。俺も嫌い。

 口を開けば、一に暴言、二に暴言、三に「ふん……」、四に暴言だ。

 

 副班長トレア。

 暗いオレンジ色の髪と、ゾッとするほど煌びやかな赤い眼。

 リゼルと似た白い制服を見に纏っているが、彼女のは少しスカートが短く、自前でカスタムした形跡が多々見られる。

 腰に二振りの剣を携えていて、ちょっと鬱陶しいほど活発な女性だ。

 俺が逸脱者であり、ここでは異例的立ち位置であることにもそこまで気に留めることはなく、会話が可能だ。どこかのリゼルとは大違い。

 こっちとは仲良くやっていきたい。心を開きやすいタイプだろうし、使えそうだ。


 ノト。

 ネクサリウムの奴隷。運命を守るための知能を持った機械。

 命令に反せば打首。勝手な行動も打首。リゼルの前で「俺運命とか嫌いっす」と口走ろうもののなら俺・即・斬である。

 よって失言も打首。

 命令絶対服従・人型境界対策兵器、その名もノト・リンクス。


 それが現在の俺の立ち位置。


 そんな感じの三名が集まり、守衛・特務班が結成された。


「頑張ろうね! ノト君!」


 顔を覗き込むようにして、脳内メンバー紹介をしていた俺の名前を呼ぶのは前述したトレアである。

 身長はリゼルよりやや低く、華奢といった感じのリゼルとは違い、スタイルは完璧を成しているのだが、太ももや胸にはやや筋量の影が見受けられる。

 実年齢は知らないが、十七、八歳と言われても違和感はない。


「は、はい! 精一杯頑張ります!」


 即座に笑顔を貼り付け、トレアに微笑みかける。少し背伸びしている意欲ある新人を演じる。


 ネクサリウムにいる人間には、俺の本当の目的を告げてはならない。

 レックスにはすでに見抜かれ、猫を被る必要はなくなったが。

 彼がちょっとおかしいだけであり、他の職員に俺が【座す者】を倒し、運命を消すことを目的としていると知れたら、即通報・即処刑なのだろう。

 運命というものを守るためだけに、これだけ大規模な機関があるのだから。


「いいねぇ、様になってるよ」


 レックスが面子の揃った特務班の前にふらっと現れた。

 俺を見てふっと笑うように言う。


「これで見分けがつくね」

 

 守衛の白い制服とは違い、俺は色をそのまま反転させたような黒い制服に身を包んでいる。

 制服のはどこか動きづらく、縛りつけるような窮屈感と不快感で息が詰まりそうだった。


「なんで俺の服だけ黒なんだ?」

「単純に、見分けがつきやすいからさ、誰かが君に頼りたい時、すぐ見つけられるようにね」

「それと、貴様が叛乱を起こした時にはすぐに首を刎ねられるようにだ」

「……」


 ポジとネガのアンサーが同時に投げられ、ひとまず決して油断できないことだけは理解できた。

 この黒の装束は、一種のってことなのかもしれない。


「ま、まぁ不穏な話はここまでにしといて、守衛全体の指揮を担ってる僕から任務の概要を説明するよ」

「レックスってそんな立場なんだ、万年中間管理職って感じかと思ってた」

「リゼル、鞘に手を構えておいて」

「了解」

「じょ、ジョークジョーク……」


 迂闊なことを口走ってしまった。

 話の腰が折れたのを引き戻し、レックスの説明が続く。


「転移ポイントは、バーゼル王国の激戦区。

 バーゼルの騎士たちと魔族の戦争の最中に『境界』が発生。

 管制から受けた報告では、逸脱者の特定は難しかったが、バーゼルの騎士が逸脱した可能性が高いらしい。人間側を重点的に警戒してくれ。

 戦時中に逸脱した者は我々に対し攻撃することに躊躇いのないケースが多いから注意だ。

 現段階では『レゾナント』の発生はまだ確認されてない。概要は以上、質問は?」


 聞き慣れない単語が少しあったので、挙手する。


「レゾナントって?」

 

「因果の膿って単語は、この前聞いただろう? 

 境界が生まれ、その区域の時間が停止することで、時空負荷がかかることで発生する魔物のことを『レゾナント』と呼んでいる。

 今回は境界が発生してそれほど時間が経っていないから、まだ確認されていないがね」

 

「魔物ねぇ……じゃあ転移ポイントは?」

 

 立て続けの質問に苛立ったのかリゼルが割って入り、代わりに答える。


「私達守衛は、現地に直接転移門を開けて移動する。貴様がここに来た時のようにな」

「あの紫のワープする穴か」


 転移門とはおそらく、あの紫色のポータルのことだろう。

 レックスが短刀で空間を切り裂いたあの不気味な芸当は、ネクサリウムの底知れない技術力だからできることなのだろうか。人が普通にいるからたまに忘れるけれどここは宇宙だし、並大抵の技術力じゃない。


「他に質問は?」

「特に__」

「じゃあ、そろそろ出陣だ。

 一つ覚えておいてほしいのは、この任務はノト・リンクスという、時を操る人間を加えた初めての試みだ。

 幹部達の関心は厚い。成果を見せなければ……ノトの命はないだろう。できるだけ頑張ってきなさい」


 まあ薄々予想はついていたけど、やっぱりうまくいかなくても処刑にはなるらしい。

 俺の周りがどこもかしこも踏めば打首の地雷だらけで、息苦しいことこの上ないが。

 仕方ない。

 やってやろう。


 生き伸びた先にある目的のことを考えるのだ。


「リゼル、転移門を」


 リゼルは鞘から直剣を抜き放ち、空を裂いた。

 そのままずり落ちるように剣が通った筋が空間を分ち、紫の光が間から差し込んだ。


 転移門。


 少なくとも、俺が地上にいた頃には一度も存在を聞いたことのない技術。

 それが魔術なのか、また別の力なのかは知らないが、あんなものが地上にあれば交通や貿易の利便性は一気に向上し、世界中の天才が一同に介し、文明レベル天蓋突破なんてこともありうるだろう。


「では守衛・特務班、行って参ります」

「あぁ、ご武運を」


 リゼルが先に転移門の中に足を踏み入れ、追うように俺とトレアも門を潜っていく。


 紫の光線が無数に重なり合った奔流の中で、体にかかる重力が一瞬、ふわっと消え失せたが、その浮遊体験も束の間。

 紫色の世界は途切れ、体は返還される重力の負荷と共に投げ出される。



 荒れ果て、焼け焦げたクレーターだらけの大地の中に傲然とそびえ立つ、白黒のガラス玉のようなドーム。


 __『境界』の前に。

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パラドックスのオコシカタ 〜時間操作の眼を手に入れた少年は、運命を捻じ曲げるために宇宙を蹂躙する〜 実直なきつね @KuroiKitsune

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