第49話 俺は元カノと恋人になりたい

 多分俺は、花火大会の時に好きを自覚する前からずっとずっと華奈のことしか好きじゃなかった。別れようと告げた一年生の文化祭の日から丁度丸一年経っても、好意は収まるどころかさらに増長している。

 もう隠さない。今日この日をもって俺は、華奈を突き放した自分と決別する。迷わないと心に決めて、意思も固めた。客寄せ用の看板を立て掛けつつ、メイド服を脱ぎながら揺れる心を調える。


「緊張してるな……これ」


 口に咥えてる爪楊枝が震えているのを見て、初めて緊張していることに自分で気づいた。柄にも無い身体の反応に思わず苦笑いがこぼれる。華奈に別れを告げた時でもここまで震えてはいなかったし、仕方無いと言えば仕方が無いのかもしれない。なにせ人に告白するなんて初めてなのだから。

 しかしもう逃げることはできない。退路は体育館に集合をかけている時点で自ら塞いでいる。覚悟を決めるしか無い。制服に着替えて、今日の売り上げやら明日の予定やらで盛り上がっているクラスを横目に目的地に向かう。


「好きだって言えればいいが……」


 花火大会の時のようにスルッと言葉が口から出てくれれば楽ではあるが、そうもいかないだろう。しかも懸念点としては、華奈に先に告白されてしまうかもしれないという事だ。華奈はバカじゃないし、俺が呼び出した理由も分かっているはず。先手を打ってくる可能性も無くは無い。スピード勝負だなと思いながら、いつの間にか目の前まで来ていた体育館のドアを開ける。

 明日はステージでの出し物が多いため、壁には沢山パイプ椅子が立てかけられている。これからおそらく準備に入るのだろう。そう思いながら壁の方から目線を目の前に戻す。


「あ、来た」

「来るだろそりゃあ」

「いやぁ悠真のことだしすっぽかすかと」

「俺が自分で呼び出したんだから来るに決まってる」


 華奈の方が先に到着していて、真ん中に立って待っていてくれた。少し近づいていつもより若干遠い距離で止まる。ずっと下げていた目線も、今日だけはしっかりと上げて華奈の目を見る。

 しかし、華奈の様子が少し変で違和感を覚えた。よそよそしいというか、不安そうな感じでソワソワしている。訝しむように首を傾げてみると、華奈が俺に質問してきた。


「えと……なにか言いたいことがあるから呼んだんだよね……」

「ああ。大事な事だ。俺と華奈のこれからを決める」

「……そっか……」


 益々暗い顔に変わっていく華奈に更に違和感を感じていると、スカートをギュッと握りながら声を震わせてぼそっと呟いた。


「……嫌いって……言いにきたの……?」

「……は?」

「悠真……好きな人……いるんでしょ? なら、こんなにベタベタひっつく人……突き放すのが正解じゃん? なら嫌いって言って無理やり引き剥がすのかなって……」


 そういえば、先ほどの早乙女からの告白を好きな人がいると言って断っていたことをすっかり忘れていた。もちろんその好きな人というのは華奈のことなのだが、華奈は自分だとは全く考えていないらしい。頭が少し痛くなるが、これはこれまでの俺の対応にも問題があったなと猛省する。

 そしてこれ以上被害が拡大しないように、簡潔にしっかりと華奈に伝えることにした。駆け引きも、理由も、要らないだろう。


「華奈。確認だが、華奈は俺のことが好きなのか?」

「え? 逆にあんなに引っ付いたりして好きじゃなかったらサイコパスすぎない?」

「まぁ確かにな。俺もお前のこと好きだし」

「だよねぇ……だよ……ね…………え?」


 目をひん剥いて真正面に立つ俺をものすごく驚いたように見てくる華奈。その目をしっかり見つめてもう一度彼女に響くように伝える。


「俺は華奈が好きだ。虫がいいのは分かってるが……また俺と付き合ってほしい」


 時が止まった。本当にそう感じた。長くて長くて、短いようにも思えたその瞬間は、華奈の目から決壊したかのようにポロポロと溢れてくる涙を見てすぐ動き出した。


「お、おい華奈? その涙はどっちの涙だ」

「うれしいの方に決まってるでしょぉぉ……! ばかぁ……!」

「……泣くなよそんなに……可愛い顔が台無しだろ」

「前髪長すぎて……っかっごいい顔台無しの人にっ……言われたぁ……」

「黙れ」


 涙を指で拭って手のひらで頬を少しだけ撫でて華奈を落ち着かせる。数ヶ月ぶりに触れた頬は涙で少し湿っていたが、それが気にならないくらいに熱くて真っ赤になっていた。


「で……告白の答え……」

「それ……聞く必要あるの?」

「一応」

「もぉ……」


 そう言いながら頬に添えていた手を優しく上から握って、くしゃっとした笑顔を見せながら華奈は答えを提出した。


「うんっ……! 私も、悠真が大好きだからいーよ!」

「……すまん……俺もちょっと泣くわ……」

「なんで!?」


 苦節一年、曲がってしまって別れて隔たりができた俺と華奈の道のりがまた繋がった瞬間だった。その瞬間に俺は、熱く溢れる感情を抑え切ることができなかった。

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