元カノと『友達』に戻ったらあの頃よりもずっと心臓に悪い件

音無ひかり

第1話 元カノの距離が近過ぎる

 俺は、俺が嫌いだ。


「高校2年か、早いな」


 朝の満員電車に揺られながら窓の外の青い世界を見て、高校二年生になった俺こと天崎悠真は漠然とそう思った。

 学年が上がり新たな生活が始まる事に少し、億劫な感情が募っていく。

 満員電車の空気感にも慣れてきたがどうにも気分は暗い。


「……ん?」


 なんだか嫌な感じがした。恐らく、痴漢。それに、痴漢されている人は俺と同じ学校の制服を着ている。

 助ける義理も何も無いが、後ろでされていると思うと、とても気分が悪い。

 満員電車の中を少し掻き分けて、痴漢をしている男の場所まで近寄る。


「おい、おっさん」

「っ!?」

「通報されるか、今すぐその手を退けるか」


 低く冷たい声で警告したら、すぐに怖気付いたか、手を退けたようだ。

 目的の駅に着いたので、降りる。息苦しい満員電車から解放されて、心地よさに少し伸びをする。

 すると後ろから、恐る恐るといった感じで声をかけられた。


「あ、あの! ありがとうございます……!」

「………ん。気ぃつけろよ」


 そう言って俺はそこを立ち去った。

 感謝されたがやはり俺は少し自分に対する『正』の感情が苦手だと改めて感じる。

 そう思いながら改札を通って、学校に向かっていると、横からドンッと肩をぶつけられた。


「……なんだ、華奈かよ」

「やっほ悠真っ! さっきの見てたよっ!」

「なんで見てんだ」

「いやぁ、かっこいいなぁって」


 その相手は俺の友人の白石華奈しらいしかなだった。

 学校ではマドンナのような存在。バスケ部の副キャプテンで成績優秀、長い黒髪と整った顔立ち。まさしく人気者。

 なんでそんな奴が俺みたいな暗い奴と話してるのか。多分大体の人間はそう思う。

 理由は単純。本当に単純だ。


「一切かっこよくねえ」

「私からすれば、悠真はかっこいいのっ」

「ふん……」


 俺と華奈は、"元"恋人だから。ただ、それだけだ。




 約一年前。まだ、あどけなかった時。俺がまだキラキラと光り輝いていた時だ。本当に些細な理由で友人になり、白石華奈と俺はそこからどんどん互いに惹かれた。そして晴れて恋人同士になった。

 しかし相手はマドンナとまで言われる人だ。勝手に俺がどんどんとその白石華奈の『彼氏』という立ち位置に耐えられなくなった。

 そして俺は堕落した。俺の心が折れるには充分な出来事が起きてしまった。

 そこからはもう、芋蔓式で俺から別れを告げた。辛い、苦しい、悲しい。色んな感情が一気に押し寄せてきてた気もしたが、もうその味も忘れてしまった。




 そして今、なんとか友人というポジションに落ち着いた。

 俺からすれば、なぜ華奈が俺にまだ付き纏うのか理解に苦しむ。過去の俺ならばまだ分かるが。今の俺は何も無いのに。怪我をして得意も亡くしてしまった俺に。


「ゆーまっ!!」

「っ、すまん。ボーッとしてた」

「もぉー! クラス、一緒だったよ!」

「あぁ、そうか」


 ボーッと物思いに耽っていたらいつの間にか学校についていた。

 笑顔を浮かべながらウキウキした様子で俺にそう伝えてくる華奈。

 嬉しく無いわけじゃ無い。こんな感じだし、友達を作るのは昔っからどうも苦手だから知ってる人が同じクラスなのは助かる。

 ただなんでそんなに嬉々として俺と一緒な事を伝えてくるのだろうか。


「なぁ華奈」

「なに?」

「蓮は一緒だったか?」

「あ、確認してなかった」


 こいつは、俺の唯一の親友兼共通の友人のはずの成宮蓮の事は、すっかり忘れていたらしい。


「えへへ〜。悠真と一緒だと思ったら……」

「………そーか。蓮も一緒だといいな」

「だねぇ」


 華奈は先ほどよりは軽い感じでそうレスポンスしてきた。

 教室まで向かっている足取りは重い。俺の横にいる華奈に向かう視線が痛いからだ。それが貫通して俺にまで刺さってきているから余計に。

 大方「なんであんな暗そうなやつが」とかだろうか。まぁ、そう思うのも無理はないだろう。本当に横にいる事自体おかしいくらいに、俺と華奈の雰囲気は真逆だ。


「よーしっ、この教室には新しい友達候補が……!」

「早く入るぞ」

「あっ!? もー!」


 わざとらしく焦らしてくる華奈を無視して教室のドアを開ける。


「おっ! 白石さんだ!」

「よっしゃァァァァ!!」

「うおおおお!! これで俺一年頑張れる!!」


 中にいた男子達は軒並みテンションが上がっている。

 まぁ学校の高嶺の花と一年同じクラスなら、昂るのも無理はない。

 そんな様子のクラスの雰囲気を全て無視して、俺は自分の席に向かう。


「やぁ、悠真。隣だね」

「よ、蓮。よろしくな」

「去年は別クラスだったし、楽しみだよ」


 このスカした様子の男が、親友である成宮蓮。

 長髪の金髪を後ろで結っている誰が見ても腹が立つくらいのイケメン。少しデリカシーが無いところもありはするが、いい男だと思う。

 一番俺が暗かった時に話しかけてきていつの間にか友人になっていた。それまでずっと気まずかった華奈と、友人に戻ったのも蓮の尽力があったからだ。


「蓮〜! 一緒〜! 嬉しい!」

「僕も嬉しいよ。よろしく」

「よろしくー! この三人がようやく集まってなんだか感慨深いなぁ……」

「別にあんまりだ」


 そう言うと華奈は、頬を膨らませて「私はそーなの!」と抗議の意を示してきた。蓮はいつも通りニコニコと、俺と華奈を見ている。


「なんだ?」

「んー? 春休みの間に関係性がいい意味でも悪い意味でも、変わってないなと思ってね」

「……」

「なんだい?」


 蓮の苦手なところが一つあるとするのならば、俺の心の奥底まで全てを見透かしていそうなところ。

 しかし、周りの声がうるさい。



「なぁ、白石さんと成宮と一緒にいるやつ誰?」

「さぁ……?」

「暗くなーい? 成宮くん、やさしーねー」

「やだなー陰気が移りそう」



 まぁ正当な評価だ。暗いのはいつも通りだし、今更何言われても何も思わない。


「むぅ、悠真は本当は凄いのに」

「凄くない」

「凄いよ! サッカーが無くても!」

「……ん」


 その言葉を聞いて、また俺に深い影が落ちた気がした。

 友人に戻れてもまだ俺と華奈、互いの気持ちはチグハグなままだ。

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