第4話  女グループに脅される

この日の昼下がり、浩斗はぼんやりと銀座通りを歩いていた。

ダンスホールに入っても、通りを歩いても、声をかけるモガたちに見向きもされず、しかも女たちがみな、浩斗を見下したような態度をとったので苛立っていた。

行き場を探したすえ、銀座のデパートのひとつである松屋に入店した。人に接する礼儀を知っている女店員なら、いまの自分を逆なですることもなかろうと。

 店内を回ると、ネクタイ売り場に立つ、ひとりの店員と眼があった。着物姿が楚々として、眉も薄く、一見気弱そうな顔だちをしている。思い切って声をかけてみた。すると幸運なことに誘いに応じてくれたのだ。

服部時計店の前で待つと、約束通り、店員が現れた。

最初はどこか洒落た喫茶店に入るつもりだった。

ところが女店員は勤め先の近くで、男と会っているところを見られたくないと、中心街から離れた堀川の土手がいいと提案してきた。やってくると、近くで工事をしているのだろう。重機の音が聞こえている。

着物が汚れてはいけないと、浩斗はハンケチを広げて土手にすわらせた。浩斗がいろいろ話をふっても、女店員はあまり話さない。

――なにを考えているんだ? この女と。

そう思った矢先のことだ。

「おい、そこのぼっちゃん! うちらの仲間をどうしようってのさ!」

唐突にドスのきいた女の低い声が背中に突き刺さった。

驚いて振り返ると、紫やら赤やら原色の洋装で固めた、三人の女たちが立っていた。工事の騒音で人が近づくのに気がつかなかった。

振り乱したような長い髪にパーマをかけ、眉と目を吊り上げるようにど派手な化粧をしている。

なかでも、一番いかめしい、獅子のような顔をした女の手には木刀が握られていた。

「な、なんだ……」

 咄嗟に浩斗はかたわらに置いた、自分のステッキを握ろうとした。

「妙なこと、考えるな!」

目ざとく気づいた獅子女は、木刀の先でステッキをひっかけ、軽々と遠くへ飛ばした。

つぎに浩斗の首めがけて、木刀の先を突きつけると、隣にすわる女店員のほうを見て顎をしゃくった。

「うちらの仲間のお美知になにをするつもりだ!」

 その言葉を合図に、それまでしおらしく浩斗の隣にすわっていた、お美知と呼ばれる女店員がいきなり立ち上がった。そのまま女三人の背後に隠れるように回り込んだ。

お美知と呼ばれる女店員がすわるさいに、用意した浩斗のハンカチは無情にも風で飛ばされた。

脅えたふりをしながらお美知は仲間に訴えた。

「怖かったわ。わたし、断れなくて……。こんなところに連れてこられて」

 恐怖で脅えていたのは浩斗のほうだった。しどろもどろになってこたえた。

「な、なにをいうんだよ。ぼ、ぼくはデパートできみと話をしたいといっただけじゃないか。こ、ここに連れてきたのは、きみのほうだ」

 仲間の女がお美知の肩を抱きながらなぐさめた。

「気の毒によ。怖かっただろう。もう大丈夫だ」

 残るもうひとりも、

「ほんとにさ。お美知は純でおとなしいから、こういう男にいいように遊ばれるんだよ」

浩斗はここにきて悔やみに悔やんだ。初対面の女に、それも夕暮れどきに堀川沿いの橋の下まで誘われたときから疑ってかかるべきだった。

 東京では、あちらこちらで、男ばかりでなく、女の不良グループがとぐろを巻いている。銀座を縄張りとする女グループもおり、そいつらは男を騙して金を巻き上げる。たしか一番凶暴なのは、桜のなんとか……といった。

「おう、もう一度聞く。お美知をどうするつもりなんだ?」

 獅子女がすごんだ。

浩斗は震えながら、

「ぼ……、ぼくは彼女になにもしていないし、ただ話をしていただけだよ。手も触れていない」 

「でたらめをいうな! お美知。相手が目の前にいるからといって怖がることはないんだぜ。正直に話しなよ」

 獅子女がお美知をうながすと、

「おう、そうだよ。夜桜のお京のいうとおりだぜ。正直にいいなよ。いやなことされたんだろ。抱きつかれたりしたんだろう?」

残りの二人の女も同調した。

 獅子女は仲間たちから夜桜のお京と呼ばれているらしい。

「どうなんだよ。気取ったにいちゃん。いつまですわってんだ。こたえなよ」 

 浩斗のネクタイをつかむと、女とも思えぬ力で浩斗を立ち上がらせた。

「違うって……、ぼくは本当になにもしていない」

 あらためて裏がった声で否定した。

そのときだった。これまでもの静かだったお美知がびっくりするような声をあげた。 

「うそ! うそばっかりよ! この男! 男の言葉を信じちゃだめよ。わたし、無理やりここに連れられて、からだを引き寄せられてキッスまでされたの!」

 訴えると、着物の両袖で顔をおおって、その場にうずくまった。

「おう! てめえ。これを聞いただろ。騙されるかい。正直に認めんかい!」

夜桜のお京は浩斗の首元を捻じり上げると、手にした木刀を振り上げ、土手に打ち込んだ。石をはじくガリッという音がした。

「ぎゃっ!」 

首筋をつかまれたまま、浩斗は悲鳴をあげた。

「おいおい、なめてんじゃないよ!」

 夜桜のお京は浩斗の首から手を放すと、今度は上着の襟元を大きく開けてもろ肌脱いだ。

  ( 続く )

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