虚無の時間

白川津 中々

◾️

フライパンに卵を落とし、待つ。


虚無の時間。白米とインスタント味噌汁は準備済み。やる事は特になし。人間に食べられるために排泄された無精卵が凝固されていく様をひたすら見守る作業はモラトリアムに似た非生産性があるように思える。物を食べるという消費行動を行うにあたって手を加えるわけでもなくただ見るだけ。無意味。

僅か数分とはいえ貴重な二十四時間から捻出する価値があるのかどうかと問われたならば、間違いなくないと答えるだろう。本来であれば並行して洗い物などを処理すべき間。まったく、無駄な数分なのだ。しかし無駄と分かっていながら俺は今、こうして立ち尽くしフライパンを眺めている。バチと弾ける油。白濁していく卵白。水分が抜けていく、目玉。徐々に変化していく卵という存在が、無産の中にあって唯一料理として変貌していき、喜びのようで、悔しさのようで、やはり何も感じないようで、心が動くようで動かないような、そんな機微に擽られ、動けなくなる。物質変化の渦中にある卵と俺。同じ時間が流れているのにまるで違う。その乖離。埋められない距離に、惹きつけられる。


熱が増し、大気が歪む中で汗が滲み、霞む視線の先にでき上がっていく目玉焼きがある。変化のない俺が、変わりゆく卵をただ、見つめ続ける。


虚無の時間。

卵はもう、玉子になっている。


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