安定なんてクソくらえ!異世界に放り込まれた元公務員、今度こそ波瀾万丈な人生を!
烏羽玉
プロローグ「漆黒と星の海」
仕事帰りの夜。
時計の針はとっくに終電の時間を超えていた。
交差点の歩行者信号が青に変わり、蓮は重たい足を前に出した。
「……帰って寝たい」
彼、佐藤蓮がそんな独り言を呟いた、その瞬間だった。
右側から突如として、ヘッドライトの光が突き刺さる。
猛スピードで突っ込んでくる車。
ブレーキ音と周囲の悲鳴が、世界を満たした——直後。
——時間が、止まった。
音も風もない。
宙に浮かんだ車は、まるで彫刻のように静止している。
蓮の身体も動かない。ただ、意識だけが異様に鮮明だった。
(……え?)
困惑する間もなく、世界が塗り替わる。
次の瞬間、彼はそこにいた。
——漆黒と星の海。
果てしない暗闇と、無数の星々が浮かぶ、幻想的な空間。
地面もない。重力すら感じない。
ただ、思考だけが静かにそこにあった。
「……ようこそ、選ばれし者よ」
澄んだ女性の声が、どこからともなく響いた。
蓮は、声の主が“神”であると、直感で理解した。
「私はエルーナ。このエルランデを司る存在」
その声は、穏やかで包み込むようだった。
「あなたは今、死の淵にありました。しかし、私はあなたに提案をします。
このまま命を失うか——それとも、別の世界で新たな生を得るか」
蓮は息を呑んだ。
混乱はあったが、理解も早かった。公務員としての激務により休日は家で休むことが多かった。
その際にネット小説を読み漁っていたので、少し興奮している自分がいた。
「……異世界転移?」
「概ね、その通りです」
エルーナは微笑むように応じた。
「この宇宙には、物理法則が異なる別の宇宙がいくつも存在します。
あなたの
エルーナは語る。
そのふたつの宇宙は、通常は完全に隔絶されている。
しかし——。
「だが、数万年に一度【
それは、文明や生命を呑み込む災厄をもたらすのです」
蓮は、無言で耳を傾けた。
「私たち神は、そうした災厄を防ぐため、数百年周期で意図的に小さな接続——
今回はその
エルーナは、蓮を“触媒”として迎えるという。
「……それが、俺?」
「そう。あなたは偶然——いえ、必然として選ばれたのです」
蓮は、少しだけ考えてから頷いた。
戻るべき世界に未練は少ない。
ならば——。
「いいですよ。異世界で生きてやるさ」
「賢明な判断です」
エルーナの声が、柔らかく和らぐ。
「そのために、力を授けましょう」
エルーナは続ける。
「【ユニークスキル】
これがなければ、あなたの主能力は成立しません」
蓮は思わず息を呑む。
「次にあなたに与えるのは、【
スキル体系を逸脱した、神の領域に踏み込む力です」
「【
エルーナは言葉を紡ぐ。
「
ただ見ただけではコピーできません。必ず【解析】を経て、理解しなければならない」
「……なるほど。コピー能力ってわけか」
蓮は、その汎用性と危険さを理解した。
戦士の剣技も、魔法使いの術も——理解すれば自分のものになる。
「ただし、血統や特殊な才能に依存する固有スキルはコピー困難です。
加えて私の加護も与えます。これにより言葉に苦労することはなくなるでしょう。」
エルーナは、ほんの少しだけ重い声を出す。
「あなたはエルランデにおいて、地球の科学技術を広めることを禁じられます。
これが、私からあなたへの唯一の制約です」
蓮は苦笑した。
「別に構いませんよ。俺は、この世界のやり方で楽しむよ」
「……良い心がけです」
エルーナは満足そうに頷いた。
「エルランデへ……転移したら、どうなるんですか?」
「そのままでは、異なる世界の法則にあなたの魂や肉体は耐えられない。故に、肉体を再構成し、向こうの世界に適応させます。
では、あなたが最初に降り立つ地となる国を選びなさい。幾つかの候補を示します」
目の前にいくつかの映像が流れ込んできた。それは、異なる雰囲気を持つ国々の風景だった。
「一つ目は、フェクト王国。緑豊かな大地に地方自治体が点在し、比較的穏やかな暮らしが営まれています。古くから魔物との戦いが絶えず、腕利きの冒険者たちが活躍しています」
最初の映像は、緑の多い、のどかな風景だった。しかし、その映像の中に、剣を構え、魔物らしき影と対峙する屈強な人物の姿が一瞬映った。
「二つ目は、ヴェルト商会連邦。多種多様な民族が交易によって栄える商業国家です。魔道具の輸出が盛んで、学術的な交流も活発な地域です」
次の映像は、活気に満ちた都市の様子。商人たちが忙しなく行き交い、珍しい道具を扱う店が並んでいる。冒険者の姿はあまり見当たらない。
「三つ目は、フェルマス教国。精霊信仰と自然保護の思想が強く、異種族との共存を重視する宗教国家です。神聖な力を持つ場所が多い」
三つ目の映像は、静かで美しい自然に囲まれた神殿の様子。信仰に篤い人々の姿が描かれている。戦闘的な雰囲気は感じられない。
「四つ目は、バルト辺境連邦。魔王の国と隣接する緩衝地帯であり、独立した自治都市が集まっています。常に魔物の脅威に晒されており、多くの騎士や傭兵、冒険者たちが命を懸けて戦っています」
最後の映像は、荒涼とした大地に築かれた砦のような都市の様子。鎧をまとった兵士や、傷ついた様子の冒険者たちが目に付く。過酷な戦場のようだ。
「これらの中から、あなたが最初に足を踏み入れる国を選びなさい。ただし、意図的に作った繋がりは微弱であり、あなたは人里から幾分離れた場所に降り立つことになるでしょう」
声は、それぞれの国の名前と、冒険者に関する情報を強調して伝えた。
蓮は、映像の中に一瞬見えた「冒険者」の姿に目を奪われた。安定を捨て、新しい世界で生きていく。どうせなら、自分の力が試せるような場所がいい。
フェクト王国とバルト辺境連邦には冒険者が多いようだが、バルト辺境連邦は戦場のようで気が引ける。フェクト王国なら、まだ穏やかな暮らしもできそうだ。
「……この、最初に言われたフェクト王国にします。腕利きの冒険者がいる、と言いましたね」
「はい、フェクト王国を選びましたか。では、あなたの魂と肉体を再構成し、その国の魔の森の端へと送ります。……忘れずに。あなたには、この世界の知識を語ってはならないという約束があります。破れば、加護は失われる」
「では——行きなさい」
神の宣言と共に、光が世界を包み込む。
次の瞬間、蓮の意識は音もなく暗転した。
目覚めた時、彼は魔の森の端——エルランデの地に、ひとり立っていた。
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