ツギハギだらけの愛
五來 小真
【本文】
あるところに男がいました。
男は意中の相手に、何度も断られながらもデートに誘い続けてきました。
そして今回は、珍しくもデートの約束が叶ったのでした。
そして男はデートに失敗し、振られました。
そのことで落ち込んでいると、男の前に妖精が現れました。
妖精は男の話を聞き、「そりゃあかわいそうだね、これ、あげる」と、時計をくれました。
それは、ただの時計ではありませんでした。
使えば、一日の始まり、午前0時に戻って一日をやりなおせるものでした。
一日以上前には戻れず、未来に飛ぶこともできませんが、男には十分でした。
男は喜び、無事デートをやりなおすことができました。
デートは一回では成功出来ませんでした。
しかし男は諦めません。
相手は何年も想いを抱いた相手でした。
何度もアタックし、何度も玉砕し、掴んだチャンスだったのです。
この程度でへこたれるわけにはいきません。
何度も行動を修正し、作戦を練り、何度も時計を使いました。
時にはうっかり何度も回避した失敗を忘れ、同じ失敗をしてやり直すこともありました。
やがて男はデートを成功させました。
男はこのことに味を占め、失敗したらやり直しました。
男は失敗を回避すれば、やがて女が軟化するだろうと考えていました。
しかし、女は気がついて当然とばかりに、ちょっとした失敗でも大激怒するようになっていました。
男はそれに対し、男の恋愛スキルのなさが女をそうさせるのだと考えました。
良い男になりさえすれば、きっと自分を優しく包みこんでくれるのだと、そう信じていたのです。
男は肉体関係も持ちたいと考えていましたが、それはなかなか叶いません。
彼女は、結婚までは貞操を守りたいと言いました。
男は結婚さえすれば、それは叶うと信じました。
結婚の障害となったのは、女の母親でした。
女の母親は、気難しい人でした。
何を贈っても、気に入ってくれないのです。
もう無理だと男が思いかけた時、女は答えをくれました。
「気にしないで。黒酢に漬け込んだ酢昆布が好きだなんて、誰もわかるわけないもの」
男は再び時計を使い、黒酢に漬け込んだ酢昆布を贈る事ができました。
そうして何度も何度も失敗を回避し、そして男はついに結婚までこぎつけたのでした。
結婚したのだから、きっと。
男はそう思いましたが、それからも苦難の日々は続きます。
それどころか、今度はちょっとした失敗で、離婚を言い出されるようになりました。
その度に男はやりなおしました。
明日こそは、明日こそはと思っているうちに、年月は過ぎていきます。
やり直してはご機嫌をとって、やり直してはご機嫌をとって。
一体自分は何をやっているのだろうか。
男は本当にこの女が好きだったのか、すっかりわからなくなっていました。
しかし、自分が結婚を望んだのです。
最後まで義務として頑張ろう、よき夫でいようと務めました。
それからは、女の失敗を食い止めることにも時計を使うようになりました。
時は流れ、男はすっかり年をとってしまいました。
そして、女は病床の身になりました。
もう長くないと、医者から聞かされました。
女はうなされていました。
男は心配しました。
やがて女は涙を流しながら笑みを浮かべ、最後に何かを言いました。
しかし、それは声になりませんでした。
男はおそらくお礼の言葉だろうと思いました。
病気の痛みをこらえ、彼女は言ってくれたのだと。
そうして男は、ようやく自分はよくやったと思いました。
そして女が静かに逝った後、ようやく解放されたと思いました。
女は困っていました。
好きでもない相手でしたが、あまりにも頼み込むので、つい気圧されてデートを承諾してしまったのです。
冴えない男で、恋愛経験が少なそうでした。
女は自分も同じレベルだと思われているのかと、不快に感じました。
ちょっとした失敗があれば、それを理由に断ろう。
女はそう思いましたが、どうもうまくいきません。
恋愛にうとそうな男なのに、女が仕掛けたトラップをことごとく避けるのでした。
女には振るチャンスがありません。
それどころか、気がきいているのです。
女は悩みます。
もしかして、私の見る目が間違えているのかしら?
しかしどうも女の心は弾みません。
『お前は冷たい子だ』
不意に母親に言われた言葉を思い出します。
客観的に考えると、男は優しく悪い人ではないようでした。
いい人なのに、どうして好きになれないのだろう?女は自分がイヤな女だと思いました。
なんとか自分でいい女と思える自分でありたい。
いい女と思える自分でありたいという願いは、女の手を緩ませてしまいました。
断る口実を作ろうとする自分は、悪い自分に思えたからです。
女の心は揺れに揺れました。
「結婚までは、そういうのは良くないと思うの」
男が手を出してきそうだったので、そう言いました。
しかしこれは逆効果でした。
男の結婚への気持ちに、油を注いでしまったのです。
友達に相談すると、
「ええ? あんなに尽くしてくれてるのに、何が不満なの?」
不満などありません。
不満はないのです。
不満がないのが、不満でした。
大丈夫、気難しい母が防波堤になってくれる。
そう考えた女でしたが、男は誰も判らない母の好物の酢昆布を贈ってみせました。
最期の防波堤を破られた女は、ついに男にプロポーズまでされてしまいます。
「お前は冷たい子だ。あんなにいい人なのに、そんなことを言うのかい?」
違う。
そうじゃない。
気がつくと防波堤である母は、女にとっての難関になってしまっていました。
女は根負けし、とうとう男と結婚までしていました。
失敗した。
女はそう思わずにはいられませんでした。
結婚してからも、男は相変わらず、気持ち悪いくらい完璧でした。
女が失敗したのに、男は失敗ひとつしないのです。
相手が悪いとすら思わせてくれません。
失敗すればいいのに。
女はそう考えて、ハッとします。
そう考えた自分が嫌な女に思えて、許せませんでした。
そしてそう思わせる男も許せませんでした。
ここまで許してしまった責任は自分にある。
一人の大人として、責任だけは果たそうと思いました。
しかし女は、体だけは、どうしても許せませんでした。
にもかかわらず、男は女の失敗にフォローをするようになってきていました。
女は自分を無力に感じました。
いつの間にか、男は体を求めなくなっていました。
女は自分の魅力に自信がなくなりました。
女はやがて、病気にかかりました。
女は介護を受けていましたが、介護されているという実感はもうありませんでした。
そしてある時、自分はもう死ぬのだと思いました。
女は自分を振り返ります。
人の失敗を願う自分。
自分の悪さを相手に転化する自分。
無力な自分。
魅力のない自分。
女は涙を流しながら笑みを浮かべ、言葉にならない声でつぶやきました。
「やっと解放される」と。
男は女の墓の前で手を合わせていました。
疲れた。
彼女が死んで気が抜けたからだろうか、なんだか力が入らない。
……残った人生は、ゆっくり自分の人生を生きるか。
そう思い、目を開けるといつぞやの妖精がいました。
「ああ、間に合った。時計返してもらって良い? 人間に渡したって言ったら怒られてさぁ。うわ、随分年とったねぇ」
「あれから40年くらい経ってるんだ、そりゃあ」
「いやいや、肉体もそうだけど、魂の方。ギリギリだったんだなあ」
「??」
「あれ? 時計渡した時、説明しなかったっけ? やり直しても魂の方の年齢は若くならないって。わかりやすく言うと、やり直しても使った人のやり直す前の加算値が戻らないっていうか」
男は高周波のような耳鳴りが聞こえるような気がしました。
男はよろめきます。
「まあ平たく言えば、その分、寿命は使ってるってこと。君が死んだら、時計の回収が大変だった」
ドサッと、男はそのまま地面に倒れます。
耳鳴りがどんどん酷くなり、視界がホワイトアウトしていきます。
男は自分の死期を悟りました。
『僕が生きてた意味はあったのか?』
男は、女の涙を流しながら浮かべた笑みを思い出し、意味はあったと思いました。
<了>
ツギハギだらけの愛 五來 小真 @doug-bobson
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