隣の席の天敵美少女の裏アカがまさかの育乳アカだった。悪戯心で「好きな人と一緒にいると育乳に効果的!」とアドバイスしてみた。結果、俺の傍から離れなくなった

佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中

第1話育乳ラブコメショーの始まりや(88888888888)

「……あの、斗南ほしなみ

「何? 雨宮君」




 授業中であるから一応、声を潜めて声をかけたのに、声の主は実に涼しい顔と声で応答してきた。


 俺――雨宮悟浄は次にどう続けようか迷ってから、意を決して口を開いた。




「なんかさお前、最近――何ていうか、近くない?」

「あら、そうかしら。私はただ普通に自分の席に座っているだけのつもりなのだけれど」

「いやだって……別に教科書見せてもらってるわけでもないのに机くっつけてるじゃん? ちっ、近いから脚とかたまにぶつかるし……」

「あぁ、これは気にしなくていいわ。少し前の人が邪魔で黒板が見えないだけだから。少し体勢を工夫してるだけ」




 隣の人物はそう言って、ますます俺の方に身体を寄せてきた。


 途端にその人物の長い黒髪が揺れ、俺の鼻先に女の子特有の甘い香りが漂ってきて、俺はうっと呻いた。


 


「だ、だって、前の人が邪魔で黒板が見えないって……お前の前の席の小山って身長160cmぐらいだろ。そんな傾かなくても黒板は見れて……」

「私にとっては邪魔なのよ。いいからこっち見ないで前を見てくれる? あなたのその死んで腐った魚のような目にあまり見つめられるとこっちまで授業に身が入らなくなるから」




 実にスマートにそう毒を吐かれて、チッ、と舌打ちしたい気分で俺は前に向き直った。


 俺が前を向くと、逆に声の主は、何故か楽しそうな笑い声を漏らした。


 

 

 近い――。


 まぁ、普段から隣の席ではあるけれど、それにしたって隣にいる女子生徒は明らかにプライベートな距離感というのを逸して俺に密着してきている。


 ほぼ密着していると言える距離感のせいで、彼女の生々しい脚の体温が俺の脚に伝わってきてさえいて、全く落ち着かない。


 更には、女が何か身動ぎする度に、ふわ、ふわ……とその長い黒髪からシャンプーの香りが漂ってきて、その度にただでさえ乏しい集中力が途切れてしまう。


 しかも、隙あらば彼女は何がそんなに楽しいのか、じっと俺の横顔を頬杖ついて眺めてくるのだから――健全な男子高校生にとってこの隣人は全く害毒というほかない。




「で、あるからして、ここでローマ帝国はキリスト教を国教とすることを定め――」




 瞬間、担任の声が少しだけ高くなったのを察知して、俺は物思いを打ち切った。


 んん、担任の堀山先生の声が変わった。おそらくここは間違いなく定期テストに出るだろう。真剣に聞いておかなくてはならない。


 えーっと、西暦313にミラノ勅令によってローマ帝国の国教がキリスト教になり、第一回コンスタンティノープル公会議によって三位一体が正統なキリスト教の教義ということになり――。




「えいっ」




 途端、つん、という感じで俺の太ももが横からつつかれ――俺の座っていた椅子は突如として電気椅子に変わった。


 ウヒャア、などと悲鳴を上げるのをすんでのところで回避すると――ふふふ、という鈴を転がすような笑い声が隣に聞こえ、俺はありったけ眉間に皺を寄せて横を向いた。


 慌てて視線をそらすとか、気まずそうにするとかなく、それどころかニヤニヤという感じで薄笑みを浮かべている隣の女子に、俺は小声で抗議した。




「……なんだよ?」

「なんだって何が?」

「なんでつついた?」

「つついてみたかったから」

「人をDr.スランプに出てくる巻き巻きウンコみたいに言うな」

「卑下しない卑下しない。いくらあなたでもそんな汚物と自分を同格に扱うべきじゃないわ」

「ウンコと俺が同格とは言ってねぇ。それに何だ、なんか俺の顔についてるのか?」

「今どき随分と芸のない訊ね方をしてくるのね。なにかついてるかついてないかと言われたら何もついてないわよ。ずっと見てたから」

「見てた方を臆面もなく肯定するんじゃないよ。だったらなんで俺の顔をガン見してくる? そんなに俺って面白い顔をしてるか?」

「そんな事実はないわ。けれど――」




 けれど? 何?


 俺が視線で問うと、頬杖をしたままの隣の女子が――うふっ、と、実に魅力的な感じで笑みを深めた。




「普段は至ってやる気がないダメ男なのに――真剣になった時の横顔はちょっとかっこいいんだな、と思って」




 その言葉にぎょっとした俺が何か言おうとした瞬間――気道に唾が入り、俺は思いっきり噎せて咳き込んだ。


 ゲホゲホ! ゴホ、ガッハァ……!! と激しく咳をすると、担任の堀山茜先生が板書する手を止めてこっちを見た。




「おや、急にどうした雨宮? 風邪か?」

「いや――スンマセンっス、ただ噎せただけ……! ゲホゲホ……すみません、大丈夫です……!」

「なんだ、噎せただけか。急に壊れた排水管みたいな咳き込み方するから驚いたぞ。――じゃあ、授業続けるぞ」




 ようやく息が整い始めた俺は隣の女子を睨みつけた。


 隣の女子は俺が衆目を浴びたのが嬉しかったのか、意地悪な笑みをますます深くする。


 そしてそれと同時に――隣の女子の頭の上にふたつついたネコミミもピコピコと揺れた。




「こ、この野郎……! 急にからかってきやがって……! お陰で恥かいたろうが……!」

「あら、この程度のリップサービスでそんなに慌てる雨宮君が悪いのでしょう? こんなのちょっとした言葉のアヤじゃない」

「くっ……! あ、相変わらず可愛くないモノの言い方するヤツだな……!」




 くす、と、隣の席の女子が意地悪に笑った直後――授業終了のチャイムが鳴り、ガタガタと生徒たちが立ち上がって、それと同時に二人の間の雰囲気が有耶無耶になった。


 仕方なく俺は、まだ頬杖をついて自分を見つめている女子に向かって、フン! と鼻を鳴らす他なかった。




「――次の授業は三階だ。早く準備しないと遅刻するぞ」

「あら、私があなたに注意することはあっても、あなたが私を注意してくるのは初めて。どうやら相当に動揺しているらしいわね」

「うっ、うるっせぇ、お前が次々と変なこと言うからだろうが。とにかく、俺はもう先行ってるからな!」




 後はもう何も言うことはないぞ、と俺が立ち上がると――ふふっ、と笑った隣の女子は立ち上がり、廊下をトイレの方に向かって歩いていった。




 別にトイレが近いわけではない。

 

 俺をからかった後恒例の「アレ」をやりに行くのだ。


 


 自分も教室を移動すべく、荷物を纏めて教室を出た辺りで――そろそろか、と頃合いを見計らった俺は、自分のスマホを取り出してTwitterにアクセスした。






【ゆっき@成長中】

隣の男子ニキのせいで今日もすごくドキドキしちゃったンゴ♥♥♥♥

いつもはやる気ないのにたまにすごく真剣な顔をするの反則やろ~!!




【ゆっき@成長中】

少し褒めたら物凄く慌ててた

隣の男子ニキーwwwwww可愛すぎんかwwwwwww

もっと照れんだよおうあくしろよ




【ゆっき@成長中】

さっき思い切ってつついてみたンゴ。やってしまいましたなぁ

授業中なのに「ファッ!?」って声出してて草を禁じ得ない

凄くドキドキしてたんだけどバレてないからええんやで(ニッコリ)






 いやバレバレですけど。このアカウントのせいで。


 っていうか、そんなドキドキしてたんか、さっき。


 そしてもひとつ質問いいかな。いつものエセお嬢様みたいな口調、どこ行った?




 俺がゲンナリ半分、そしてドキドキ半分で画面を見つめていると、画面が更新され、TLに昨日撮影したと思われる自撮り写真が出てきて――ドキリとした。




 おそらく自宅の自室の姿見の前で撮られた、一枚の写真。


 上半身は黒いタンクトップ一枚で、腹部の辺りを左手で押さえ、必死に反らした胸部の、そのほんのささやかな膨らみを強調するように撮られている。


 もちろん、スマホで自分の顔を隠してはいるものの――その黒髪の艷やかなること、隠しきれていない腕のホクロの位置、そして背後に映り込んだ校章入りの学生鞄など、裏垢に載せる自撮り写真としてはあまりにも脇が甘い一枚。




 なんだか妙に生々しく、エロい一枚には違いなかったが――その写真に添えられた文言を見た瞬間、俺は興奮が急速に萎むのを感じた。






【ゆっき@成長中】

よーし、隣の席の男子ニキのおかげで今日もすっごくドキドキできた!

女性ホルモンドバドバ!! これでいつかはむちむちぷりん!!


(目標サイズ)Eよ! こいよ! (青春を)胸に賭けて胸に!!






 ――むちむちぷりん。このシマリのないセリフは、言わばこの裏垢における決め台詞のような文言。


 この裏垢を運営している「去る美少女」が、限りなく完璧に近い己の中で唯一完璧とは言い難い部分――つまりその貧乳を、誰もが羨む大爆乳へと育成すべく重ねている、日夜の努力の克明な記録がこれ。


 そしてその裏垢を運営している女子は、ドキドキすること――つまり俺をからかって遊ぶことこそが育乳に不可欠な女性ホルモンの分泌を促すのだと、頭から信じ切っているらしいのである。




 そして極めつけに、その実に悲しい育乳裏垢を運営している「去る美少女」とは――あろうことか俺のクラスメイト、しかも俺の席のお隣さんの女子なのであった。




 そのTLを眺めながら、俺はすう、と大きく息を吸って天井を見上げ――。


 今自分が一番言いたいことを、声には出さずに大声で叫んだ。






 ――人を育乳のネタに使ってんじゃねええええええええええええええええええ!!!









カクヨムコンも結果出たので本日から新作放流します。


この作品、実は一年前からチマチマ書いてたんですけれど

なんだか偉くケツの座りが悪いくせにやたらと人の手を止める作品で、

これを爆死させないと他の作品が書けそうもないと判断し緊急放流を開始します。


もう十万字書いてるのでしばらく止まらずに更新します。

よろしくお付き合いください。


「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

下の方の★から(評価)いいよ! 来いよ!!

胸に賭けて胸に!!

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