【ダメロード】40代ひきこもり底辺おっさんが人生やり直してチート転生

yutuki

第1話 俺は人と違って繊細なんだよ!

 カチャカチャカチャ……。薄暗い照明のなか、机に座ってひとりモニターに向かい、背中を丸めながらリズミカルに文字を入力していく。

 時刻は0時数分前。家族は寝静まり、カチャカチャと鳴る音のみで構成された、冷ややかで落ち着きのあるこの時間が何よりも大好きだ。


 『発達障害自宅警備員の日常』ブログは、毎日更新を目指し記録を伸ばし続けていた。あと数分で記念の10年目を迎えるところだが、0時ぴったりに最新記事を更新するため、記事の誤字脱字をチェックしつつ、書き足りない部分だけを追加し最終確認をしているところだった。

 俺のブログはニッチよりだからフォロワーは少ないが、何より俺自身が俺のブログの大ファンだ。一度書いた記事を日に何度も読み直してブログの閲覧数を上げるほか、

「やっぱり俺の文章力最高、世に認められてなくても見つけられてないだけだから」

と満足できるほどには読み込んでいる。

 ちらっと腕時計を確認すると、23時59分になっていた。ふう、とため息をついてしまう。まさか俺もあと1分で50歳になるとは……。40年前は、こんな未来を想像していたか?いや、していない。

 まさか40年もひきこもり生活を送ることになろうとは。でも致し方あるまい、全ては親のせい。さらに社会のせい、俺を苛めたあいつらのせい、ひきこもりの支援が整っていない国のせいだ。

 俺は生まれつき障害があるから仕方なかった。できるだけのことはした。50歳からも何も変わらないだろうが、親には俺の世話を責任もってやり続けてもらい、贖罪のために尽くしてもらおう。そんなことを考えていたら、腕時計は0時をさし、同時にピッと時報が鳴った。

 

 「ご――――臨終――――!!!!」

ずがああああああああああああんんん!!!!

 「!?」

突然目の前が真っ暗になり、雷のような激しい衝撃音がしたかと思うと、甲高いアニメ声が部屋中に響いた。

 えっ?なに??

 同時にむぎゅううう、と息ができないほどの強い圧迫感に襲われる。何も見えない、なんだ、何が起きた!?

「あれえ~? え――ッと、鈴木、ため? ためろ? なんて呼ぶんだコレ、まあいいや、おめでとーございまーす」

「ううううううううう」

「あっ、踏んでた、すみませ――ん」

俺の顔を踏んづけていた足をよけて、おそるおそるこちらを覗きこもうとしている……誰かが、いる。

 「な……なんだ、これ? なにが起きた? 夢か、幻影? 幻聴か? ついに統合失調症まで併発か?」

長年ひきこもりをしているため、目も悪くなっている。ちゃんと病院に行かなければいけないのだが、母親の扶養に入っているのを知られたくなくて、受診を避け続けていたツケが回ってきたのか、目の前がぼやけて良く見えない。

 「あのー。この度ご臨終の運びとなった鈴木さん。ご愁傷さまです。享年…、えと、50歳ですね。わたくし美少女死神のチューターちゃんでーす」

「え……!?」

踏んづけられて飛ばされたメガネを慌ててかけ直して、声のする方を見る。

「!」

 目の前には、手のひらよりも小さな顔に大きな二重の目、ピンクのふっくらした唇に黒髪ツインテールの小柄な10代くらいの少女が立っていた。よく見ると、姿勢によっては胸元があらわになりそうな面積の布で覆われた服を着ており、いつも見ているコスプレ美少女そのものが、何故か俺の目の前にいるのだった。

 「な……」

思わず絶句して、やはり夢を見ているのか?と反芻していると

「ま、最初は信じられないですよね。最初から説明します。鈴木ため……? さん」

「……鈴木為郎ためろう……」

少女に向かって、絞るように声をだした。母親以外の女性と喋るのは久しぶりだ。もしかしたら、20年ぶりくらいかもしれない。

「ありがとうございます、タメロー。貴方は一度死にました。私は貴方の死後の道案内をする美少女死神・チューターちゃんです」

つっこみどころは沢山あるが、まずタメローって、いきなり呼び捨てかよ。

「は……死んだ――? 俺が?」

ひとりごとを呟くように声を小さくあげた。

「はい。50歳ちょうど。鬼籍に載ってるんでまちがいないです」

「な……俺は死ぬほどの持病はないはずで……。ついさっき、0時1秒前までなんともなかったのに」

人と話すのは苦手だ。どう話していいのかわからない。俺が喋った事で人を不快にさせたくないから、あくまで独り言のように、もごもごと口の中で言葉を呟いていた。

 美少女は手のひらを目の前にかざし、データ確認します、と言って銀色に光る輪のようなものを闇の中に浮かび上がらせ、説明し始めた。

「タメローの場合、生前散々呟いた悪態・他者に対する不満・愚痴・ネットでの攻撃・他者への迷惑度・社会貢献度などを換算した『不幸負債』が10,000億たまりまして。閻魔王による取り立てが始まるので、強制死刑となりました」

「な―――???」

「というわけで、美少女死神チューターちゃんが登場したわけでーす!」

 やたら明るい美少女……これまで見たどのアイドルより可愛いくて、俺の人生では絶対出会えないし、ましてや話す機会なんて一生訪れない人種だ。でも死んでから見ても何も嬉しくない。

「がっかりしましたか? 死んで」

「……」

「もっと生きたいですか?」

「……いや……思ったより、ラクに死ねるんですね……。死んだ方がいいかも。俺の人生、ずっと死んでたようなもんだし」

 40年、実家にひきこもっていて、ラクだと思うこともあるけど、罪悪感に苛まれていたことも確かだ。80代の母親が死んだら俺はどうなる?死ぬしかないのか、と悩んでいた。死ぬなら苦しまないで死にたかった。まさに今がそうじゃないか。

「へえー。じゃあ、このまま死にますか?」

「……まだ死ななくてもいいんですか?」

「実はですね。タメローはひきこもり推定約147万人以上の中から選ばれた1人なんですよ! 超ラッキーなんです!」

「ラッキー?」

「異常にひきこもりの人が多すぎるから、ちょっと1人選んで研究してみようって。人生やり直しのチャンスを与えて、どれだけ更生するか、確かめる研究です!」

「なんだよ、それ……?」

 俺の50年の負のオーラをものともせず、明るい空気を作り続ける死神チューターは指を空にすい、と滑らかに描いて、俺の目の前に金色に光り輝く電子盤セレクトボードを出現させた。

「『過去に戻って人生をやりなおすか』『魑魅魍魎に喰われ続ける地獄』をえらぶか」

「なに、これ?」

「2択ができます」

にっこりとほほ笑む死神。

 「今の意識をもったまま、10代に戻り人生をやり直し、徳を積んで負債を返すか」

「10代……?」

苛めに遭い、不登校をしていた10代に戻っても、何もいいことはない。絶対に戻りたくなんかない。

「ゴキ★リとうんこ丼を食べながら地獄の魑魅魍魎に喰われ続け、決して死ねない一生を送り続けるか」

「いやちょっと! 差がありすぎるでしょ!」

あまりに驚いて、初対面の少女に鋭くツッコミをしてしまった。

「ゴキ★リとうんこ丼って……どんだけひどい罰ですか……、そんなのいやです」

人と話すのは苦手だけど、理不尽な罰を受ける筋合いはない。ここはしっかり意義を唱えないといけない。

「ひきこもっていた部屋の中で発生したゴキ★リと貴方がこれまで生きていた中で生み出したうんこ丼ということですが。閻魔様、子供っぽいところあるので発想が幼稚というか」

「立派なイジメですよねこれ」

どっちもいやだ。選択できないでいると、

「あのー。どちらか選んでください」

「選べないよ! なんで死んでからも苦しまなきゃいけないんだよ……勘弁してくれよ」

現状に嫌気がさして、人に気を遣うのも疲れた。見知らぬ不審者にはテキトーにタメ語でいいや。

「……じゃあ、うんこ丼と魑魅魍魎コースでいいですか?」

「ちょっとまって。君、もしかしてテキトーな性格だね?」


 今の記憶を持ったまま、10代から人生をやり直すことが出来たら、俺は何か変わるんだろうか?変わる気は全くしない。変わらない方が良い、その方がラクだ。

 俺は自分のなかにある信念だけは大切にしよう、これだけは誰にも傷つけさせないようにしよう、と思って生きてきた。それでも、ずっと他人の言う何気ない言葉や行動に傷つけられてきて、守ろうとしても何度もズタズタにされる。

 ぼろぼろにされるたび、修復に時間がかかって休息を要するんだ。だからお前らのせいだ。俺がずっとひきこもってるのは、俺の大切なものを傷つけてくる外部がいるせいで、俺はいつも疲れてへとへとなんだ。やっと平穏な暮らしが出来たと思っていたのに、なぜまたわざわざ傷つきにいかなきゃいけないんだ?


 「準備OKですかあ?」

「……」

むすっとして、返事をしないでいると

「返事してください!」

と遠慮なくケツをたたかれる。10代の少女に50のおっさんがケツをたたかれるなんて、恥だ。くそ、むかつく。でも可愛い女子に触られるなんて初めてだから、そこまで怒らないでおくか。

 「10歳に転生リーインカーネーション!」

死神が俺の身体に触れ、叫ぶと周囲がじわじわと白い光に包まれていく。

「また現地にてー!」

 俺は納得していない。10代の頃になんて戻りたくない。でも、消去法だ。それに、これは悪い夢なんじゃないか? こんなの普通ありえない。夢から目が覚めるまでの辛抱だ、と現実逃避しつつ、流れにまかせるしかないと半ばヤケになっている。

 死神の声は少しずつ遠くなり、ゆらゆらと身体が波のように小刻みに揺れていく。やがて少しずつ意識が遠く薄れていき、強い眠気に襲われた。反射的に目をつぶると、いよいよ目の前は真っ白になっていき……もう、なにもみえなくなった。辺りは闇の静けさだけが残され、全て跡形もなく消えていった。


つづく








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