第48話 意外な共通点
南雲さんが私の顔を覗き込んでいた。私は目を大きく見開いたまま、涙を流していた。
良かった。夢物語ではなかった。
震える心を隠すように、私はゆっくりと起き上がる。髪には草がついていた。
「……南雲さんですか?」
「うん。そうだよ」
「本物ですか?」
「本物ですとも!」
「触っても、良いですか?」
「どうぞ」
ぺたんと南雲さんのほっぺに触れると、あたたかかった。思わず自分のほっぺをつねると痛かった。
ああ。夢ではない。お父さんの姿が消えて、私の目の前に南雲さんが現れた。
◇
感動の再会になるかと思っていたのに、私たちの間にはまだ距離があった。あの南雲さんがよそよそしい。
クローゼットを通じて、毎週会っているのに。しかも、昨日だって会った。
南雲さんは確かに現実に存在していた。出会い方があまりにも突飛だったから、夢なんじゃないかと思ったこともあった。
すぐ触れられる距離にいるのが嬉しかった。
「……来てくれてありがとうございます」
「……へっ?」
「だって、学校ありますよね……? 私のせいで休ませてしまったんじゃないかって、ちょっと心配になって」
「そ、そりゃ、三莉が来てって言うんなら行くよ!」
「ありがとうございます……」
南雲さんは、にこにこと笑っていた。
「あっ。そういえば、住んでいるところって今言えるかな?」
「そうですね」
それから、私たちはお互いの住んでいる場所について話した。クローゼット越しの出会いとは違って、きちんと言葉にして伝えることができた。
まさか南雲さんが晶水湖の近くに住んでいると知り、驚いた。
電車で数十分の距離だそうだ。私たちはこんなに近くにいたのだ。
南雲さんのご両親は、晶水湖の近くの研究所で働いているようだった。詳しい話は聞けなかったけど、量子物理学を専門にしているようだった。
私は南雲さんの話を夢中になって聞いた。
私は、自分が話すよりも、人の話を聞く方が好きなんだと気づかされた。
南雲さんはスマホで両親の写真を見せてくれた。白衣を着ていて、二人は仲睦まじく寄り添っている。彼女はお父さん似であることがわかった。
その写真は、家族写真というものではなく、何人かと一緒に写っていた。
一人ずつ顔を見ていくと、私は「あっ」と声を上げることになる。
——それは私のお父さんが写っていたからだ。
先ほどの夢に出てきた姿、そっくりだった。目が離せなくなった。
「どうしたの?」
「これ、私の……お父さんかも」
「ええっ?」
「見間違えかな? でもそうとしか思えない……」
「確かこの人は……」
南雲さんは、少し考え込むような仕草を見せた。
「父が途中で入ってきた人って言ってたかな。わたしの家にも来たことがある。ワクワクしたものが好きな……えっと。あだ名は、梅ちゃん」
「……もしかして、名前は
「……ああっ! そうかも、しれない」
驚いた。まさか、お父さんが南雲さんの両親がいる研究所で一緒に働いているなんて……。彼女とつながりがあったなんて。
もしかしてお母さん……このこと知っていたのかな?
知っていたからこそ、晶水湖への一人旅を許してくれたのかもしれない。
事実を知って、私は呆然としてしまった。
「三莉は最近お父さんと会っていないの?」
「うん。離婚してから一度も会っていない」
「そうなんだ。……ねぇ。会ってみたいって思う?」
南雲さんと目が合う。時が止まった気がした。
私はどうしたいんだろう。
でも、南雲さんとこうして直接会っている今のように、お父さんとも、ちゃんと顔を見て話してみたかった。
「会いたいかも……」
「よっしゃ! じゃあ、事情を話して今ここに来てもらおうよ」
「ええっ!?」
南雲さんはスマホを操作して、誰かに連絡をする。電話がつながり、快活そうに話す。おそらくご両親のどちらかだった。
とんとん拍子に話が進み、南雲さんが、「三莉のお父さん、ここに来るって」と言った。
呆気に取られてしまった。
私が何日も悩むようなことでも、彼女は迷いなく決めてしまう。気持ちが追いついていないのは確かだけど、それでも私にはちょうど良かった。
考え込んで足踏みするくらいなら、流れに身を任せてしまった方がずっといい。
私は南雲さんに感謝をした。
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