第41話 そっか

 あれ?


 もう一度、スマホを見ると時刻は「22:01」を指していた。


 本来なら、もう南雲さんと会っている時間のはずだった。

 なんで?


 そのまま待ってみても、状況が変わることはなかった。

 直感で感じた。私は今日、南雲さんに会うことができない。


 南雲さんの誕生日を直接お祝いすることができない。


 そんな……。


 力がすとんと抜けて、そのまま床に座る。

 南雲さん。何かあったのだろうか。


 そういえば今までに、日曜に南雲さんと会えない日が一度だけあった。それは、雛ちゃんから電話が来た日だった。誰かに追われているみたいと言われて、心配した。家に帰るまで電話をつないでいて、切る頃には22時を過ぎていた。その日は南雲さんに会うことができなかった。


 多分だけど、イレギュラーなことが起こると、私たちのクローゼットはつながらなくなる。また会うには、1週間待たなくてはならないことだけが確かだった。


 とても悲しかった。部屋の飾り付けをして、ケーキを作り、プレゼントを用意して……きっと素敵な誕生日になると思っていたのに。


 そのまま、ぼんやりしている間にも、時間だけは静かに進んでいく。天井の白い照明がやけにまぶしく感じて、目を閉じた。静まり返った部屋に、クーラーの機械音だけが響いていた。


 ケーキをどうにかしよう。


 来週までには取っておけないから、今、食べてしまうのが良いかもしれない。だけど、口にする気にはなれなかった。


 とりあえず冷蔵庫にしまっておこう。もしかしたらお母さんが食べてくれるかもしれない。


 今やるべき行動に取り掛かることができた。飾り付けも取り外す。プレゼントは机の引き出しの中に入れておく。


 ひと段落して、ベッドに横になると、涙がこぼれた。悲しかった。悔しかった。


 南雲さんと私の間にある距離を、まざまざと意識させられた。行き場のない思いを、胸の奥でひとり噛みしめていた。


 そんな私の様子を2人の槇原ネイルちゃんだけが見ていた。





 板川さんが私の部屋に入って、感情が爆発した日。月曜日だったのに、南雲さんと会うことができた。


 唯一、あのときだけ、二日続けて顔を合わせることができた。


 南雲さんの誕生日の次の日。もしかして会うことができないかなと、淡い期待を抱いていた。


 しかし、クローゼットは彼女の部屋とつながらない。白い壁がただただ広がっているだけだった。指で押してみても、うんともすんともしない。


 南雲さんに会えない1週間は長かった。岸ちゃんが彼氏と喧嘩して、雛ちゃんが風邪を引いた。家で一人でする勉強は退屈で、日曜日が待ち遠しかった。





 ——日曜に会えなかっただけなのに、それが永遠の別れみたいに感じた。


 日曜日。時刻は21時59分。私はドキドキしながら、クローゼットの前で南雲さんを待っていた。


「三莉ー」


 ほどなくして、いつもの調子の声が聞こえてくる。

 私はホッと胸を撫で下ろす。


 良かった。クローゼットが無事につながった。

 私の部屋に南雲さんがやって来る。


 もしかして、事故や事件に巻き込まれたんじゃないかと思ったこともあった。無事で本当に良かった。


「南雲さん、お誕生日おめでとうございます」


 先週言いたかった言葉を口にした。

 一週間遅れであっても、まず最初に言いたかった。


「ありがとう! あー。そういえば、わたし誕生日だったなぁ」


 最初は、ただの照れ隠しで言っているのかと思った。

 しかし、南雲さんの表情を見ていると、心底どうでもいいと言っているように感じた。


 私は誕生日とは、一年で一度しかない特別な日だと思う。

 大切な人の誕生日は、心を込めてお祝いしたいと思っている。


「先週、会えなかったですね……」


 ぽつりとこぼした。

 つい、愚痴みたいになってしまった。


「……あぁ。友達といたからかな」


「えっ?」


「学校の友達と道でばったり会ってさー。今日、誕生日だよねって、カラオケに連れてかれて。なかなか家に帰してもらえなかった! そしたら、三莉と会う時間も過ぎてて——」


 そこから先の言葉は耳には入ってこなかった。

 そっか、友達といたんだ。——そっか。


 南雲さんは友達が多いタイプだろう。彼女の誕生日にお祝いしたいと感じる子もたくさんいるはずだ。

 私だって、もし時間を気にせずにいられるなら、南雲さんとギリギリまで一緒にいたい。

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