第38話 輝きを与えてくれる存在<南雲ヨウカside>

 妹のナノカはクローゼットの中で亡くなっていた。わたしは第一発見者では無かったものの、まざまざと、その様子が想像できた。


 最初は妹の部屋に入ることができなかった。ナノカがそこにいないとわかっていたし、足を向けると重苦しい感情が湧き上がった。


 しかし、不思議なもので時間が経つごとに、気持ちも変化してくることに気付いた。


 ナノカのことが知りたいという感情が、わたしを突き動かしたのだろう。部屋に入ってみるとベッド、机、棚、家具などは、あの頃のままだった。簡単に整理されていて、生活感はまるでない。


 わたしは妹の何を知っていたのだろうか。相手を通して、自分を見る鏡にしていなかっただろうか。


 気づけば、わたしは妹の部屋を自分の部屋にしていた。奪ったわけではない。ナノカを知りたくて——乗り越えたくて、わたしは妹の部屋に移った。


 最初はクローゼットを開けることすらできなかった。自分の服などは、元の部屋に置いていた。


 だけど不思議なもので、毎日少しずつ生活を送ると、平気になってくる。だけど、クローゼットという場所には良いイメージは持てないでいた。


 夢にも妹が何度も自殺するシーンが出てきた。あぁ。今日もナノカを救うことができなかったと、起きた時に涙が出ていた。


 ——そんな、ある日のことだった。


 部屋で漫画を読んでいた時に、無性にクローゼットのことが気になった。椅子から立ち上がり、おそるおそる扉を開けたら、なんと、かわいい女の子が立っていた。


 ボブヘアーで小柄。顔は似ていないのに、何故か妹と重なった。ドキッとした。目が離せなかった。風呂上がりなのか、髪の毛が濡れていた。聞きたいこと、言いたいことは、他にもたくさんあったはずなのに——。


『髪、濡れてるね! きちんと乾かさないと傷むから気をつけたほうが良いよ!』


 なんてことを言ってしまった。


 これはわたしに与えられた試練なのかもしれない。だけど、こんなにワクワクして、ドキドキする運命の課題ってある?


 当たり前だけど、辻井三莉は南雲ナノカではなかった。喋れば喋るほど、妹とはかけ離れた存在だと思い知らされた。


 近づけば離れる。離れれば、距離を取りながらも近づいてくる。週に一度、三莉と会える時間が、わたしはとても好きだった。


 彼女に興味が湧いた。深く知りたかった。

だけど、住んでいる場所すら聞けない。そう。お互いに深くを知ったら壊れてしまう関係性なのだ。


 それでも良いと思った。今までの人間関係は、相手のことを1ヶ月もあれば、すべて知れてしまう。「この人、わたしのことが好きなんだろうな」「この人、わたしのことめちゃくちゃ嫌いなんだろうな」と手に取るようにわかってしまう。


 その点、三莉との出会いは刺激的だった。まず、クローゼットを通じて会うというシチュエーションが面白かった。家の中にいるとネット環境でもない限り、外の人とつながることはできない。それなのに、決まった時間に扉を開けたら、そこに確かに一人の女の子がいる。


 こんなに面白い出来事なのに、誰かに話そうとはまったく思わなかった。そんなドキドキするような出会いをきっかけに、次第にクローゼットに対するトラウマも消えていったように思う。


 ある日、三莉とキスをした。距離は近づいているはずなのに、彼女の気持ちはまったくわからなかった。わたしを嫌いじゃないことくらいはわかる。むしろ、好きだろうと考えられるくらいには、自己肯定感は高い方だ。


 だけど、少し目を離したら、わたしの側から、ふっといなくなってしまう儚さがあった。わたしに見せていない部分をたくさん隠し持っている。軽いノリを、のらりくらりと交わしていく、器用さがある。


 例えば、三莉がお母さんの彼氏と会って泣いていた時も、すべてをさらけ出してはくれなかった。そもそも、自分の気持ちすら、わかっていない境地があるように思えた。誰しも、触れられたくない部分があるのかなぁ。もしかして、人と人って完全にわかりあうことはできないのかなぁ。


 わたしがバク転や逆立ちなどの突拍子もない行動を取ると大体の人は引く。それか面白がってくれるけど、「変なやつ」というレッテルを貼られる。


 だけど、三莉はキラキラした目でわたしを見てくれた。「なんでそんなことできるの!?」「すごい!」「もっと見せて」というような期待感を持たれていることがわかった。そんな目で見られたら、空だって飛べそうな気になる!


 茶化したりしない。わたしの馬鹿げたことを真剣に受け取って、輝きを与えてくれる。


 この前なんか、三莉はバク転や逆立ちを見せてくれたお礼にとコサックダンスを踊ってくれた。正直、意味がわからなかった。だからこそ、心の奥から笑うことができた。


 当の本人は、真剣に踊っているのだから、ずるい。わたしが笑っている間、顔は「?」って感じだった。


 三莉といると童心に戻れる。まぁ。今も子どもなんだけど。


 一緒にいて居心地が良いというのは、こういうことなのかもしれない。きっと、三莉の内面がすべてわかったところで、また謎が出てきて、興味は尽きないだろう。「興味が湧くから好きなの?」と言われれば、否定はできないけど、時間をかけて親密になるほど、離れられない愛が芽生えてくる相手だと予感している。


「三莉に会ってみたいなぁ」


 宙に浮かんだ言葉が消えた。そもそも、クローゼットを通じて会ってする三莉とのキスは、本当のキスに入るのだろうか?


 忘れっぽい性格のわたしだけど、三莉と過ごした日々は、これからも消えることなく心に刻まれ続けるだろう。

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