下 あなたのために歌いましょう

 異変はほんのささいな事だった。道で会ったおばちゃんがいつもよりちょっと元気がないとか、あのおじちゃん今日はなんか咳が多いな、とか。そんな感じ。


 ただの風邪、ちょっとひどい風邪だと思われていたその病はあっという間に、村に、国中に広がった。


 たくさんの人がその病にかかった。そして、治る人は治るのだ。けれど一定数、急に悪化してしまう人がいる。気づいた時には高熱やひどいのどの痛みで食事をとることもできなくなり、弱っていく。


 慌てて行われた儀式は病の人を癒やした。ただ、あまりにも病にかかる人が多すぎる。焼け石に水というやつだった。


 私も願った。村の人の病を治してほしいと。


「いいよ。アデル。君の願いを叶えよう」

 セイさんは笑って私の願いを叶えてくれた。


 私の村の人は元気になった。


 だが、人は欲深いものだ。なぜあの村だけ、と恨む人がいる。どうして自分は助かったのに隣村にとついだ娘は助からないのかと、嘆く人もいる。


 私の魔法のストックはあといくつ残っているのだろうか。

 この病を消すことはできないのだろうか?


 私は願った。願ってしまった。この病を無くしてほしいと。また元の生活に戻りたいのだと。


「いいよ。アデル。君の願いを叶えよう」

 セイさんは笑って私の願いを叶えてくれた。


 病は消えた。本当に唐突にその病の流行は終わった。


 そして、セイさんも消えてしまったのだ。


 病が消え、みんなが笑顔になる中、私はずっと泣きそうになるのをこらえていた。


 セイさんが消えて、村人の中からも、両親からもセイさんの記憶も消えた。誰に聞いてもセイさんを覚えている人はいない。病は消えた。そして村は元の生活に戻った。


 間違いない。私の願いが、セイさんを消したのだ。










 私はこっそり国の儀式が行われる、ここなら絶対に精霊様がいらっしゃると言われる場所、その聖域に忍び込んだ。

 ばれたらかなりとてもやばい行為だ。


 ついでに今からやることは大声で歌うことだったりするので、発覚は、するだろう。


 それでも、やらないという選択はなかった。


 荘厳な森の中、あつらえたように自然に岩が連なって舞台になっているようなその場所に立つ。


「精霊様にお願いします。私はセイさんに会いたいの。どうしていなくなったのか聞きたいの。お願い」


 願いを言って歌う。


 歌うのはセイさんが好きだったあの歌だ。難しいあの歌を、それでもせいいっぱい歌う。


 歌を歌い終わる前に、声を聞いて駆けつけてきた兵士が見えた。


 ああ、もう駄目か。


 そう思いながらも歌は止めなかった。近づいてきた兵士に取り押さえられそうになったその時、まばゆい光が満ちて、兵士の動きが止まる。


 動きを止めた兵士は、そのままゆっくりと崩れ落ちた。


 私は、根性で最後のフレーズを歌い終えた。


 光が収まり、私の目の前に現れたのは、期待していた姿ではなかった。


 セイさんと同じくらい美しいその人は、早春の森のような明るい透き通った緑の瞳をしていた。その目を細め、私を見た。


「あんた、――――のお気に入りだな。いい歌だった」

 私では発音できない。聞き取ることさえ難しいその音は、セイさんの名だ。目が潤む。セイさん。セイさん。セイさん。


「あ―― どうするかな……」

 と言いながら髪をくしゃりと乱したその精霊様は、視線を私の後ろに向け、一つうなずくと、


「願いを叶えなくもないが、そのために、これからあんたが歌うすべての歌をオレに捧げるか?」

 と、大げさなまでに声を張り上げて問うてきた。


 歌をこの精霊様に。これからずっとこの方のために歌えば、セイさんに会えるのだろうか。


 そんなことでいいのなら、と答えを返そうとした時、後ろから抱きしめられた。


「嫌だ。アデル」

 ああ、この声は……


 振り向こうとしたのに、がっちりと首を固定された。痛いんだけど。

「見ないで……」

 懇願されたが、そんなことは知らない。

 姿勢を落として相手のかかとを踏んで頭突きする。力が緩んだそのすきに抜け出して振り向いた。


 そこにいたのは、見知らぬ男の人だった。

 茶色の髪にこげ茶の瞳。中肉中背の人が良さそうなちょっと垂れ目な男性。


 キラキラのプラチナブロンドでもサファイアみたいな青い瞳でもない。びっくりするほどの美貌じゃない。


 それでもわかった。


「セイさん!」

 あごを押さえて苦しむセイさんに抱きつく。ああ、ちゃんとここにいる。


「もう、アデルの好きな綺麗な顔じゃないし。もう願いも叶えられないんだ……」


 あの病を消すためには、精霊をやめるほどの力が必要だったのだそうだ。

 私の願いを叶え、美貌もその力のほとんどをなくしたセイさんは、もう捧げてくれる歌を受け取る資格はないと思ったのだと。


莫迦ばかね」

 莫迦だ。超特大の莫迦がいる。私をただのめんくいだと思ったのか。ちゃんと情がわいているというのに。こんなに気持ちを持って行っておいて、そんなことにも気がつかないのか。


「それでも、嫌だ。アデルの歌をあいつに捧げられるのは嫌だ」

 駄々をこねるようにセイさんが言う。その声は以前のままの美しい声だ。


 くすりと笑って提案する。


「私の歌をセイさんに捧げるわ。いつでもどこでも、私のすべての歌を。だから、私の願いを叶えてほしいの。セイさんにしか叶えられない願いを」


 もう離れないで欲しい。いつも笑っていてほしい。その目で私を見ていてほしい。


 目を合わせて、ささやくように願いを告げる。


「いいよ。アデル。君の願いを叶えよう」

 セイさんはくしゃりと笑って私の願い受け入れてくれた。






「あ―― そろそろいいかな……」

 この聖地にいらっしゃる精霊様はセイさんのお友達だそうだ。いきなり転がり込まれてぐちぐち情けない愚痴をずっと聞かされていたらしい。なんだか申し訳ない。


 そこで気絶している兵士の後始末とかもろもろ、まかせることになってしまったのだけど、セイさんを引き取ってくれるなら全然オッケーだそうだ。とても良い方である。



 こうして、私とセイさんは村に帰った。


 いきなり男を連れ帰った私に両親はすごく驚いていたけれど、しばらくすると慣れた。まあ、覚えてないけどセイさんずっといたしね。






「アデル、歌ってほしい」

 セイさんが言う。


「はいはい。あなたのために歌いましょう」



 私は歌い、セイさんはそれを聞く。

 今日も、明日も、明後日も。


 私の願いはいつだって叶うのだ。


 この優しい元精霊に、

 ずっと叶えてもらうのだ。

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異世界では覚えている日本の歌がチートだったようです。サビだけでも鼻歌でもいいの!? 相内 友 @aiutitomo

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