異世界事件ファイル~あなたの知らない幻想事件特集~
片月いち
FILE 01 美女だらけの村と狂気の酒
人は人のことを、特別な存在だと思っている。
他の生き物、モンスターなどとは隔絶した存在だと思い込んでいる。
だが、本当にそうだろうか?
本当に人は、他とは違った唯一無二の存在なのだろうか?
今回は、人とその営みも、大きな生態系の一部でしかないと証明する、とある奇妙な事件を紹介しよう。
人は特別でもなんでもない、この地上に存在する一つの生き物でしかないことに気づくはずだ。
中央大陸南東コブレット地方の密林にて。
鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて、五人の男たちが沼地を駆け回っていた。
彼らの背後には全長20メルル(約20メートル)はあろう巨大な蛇。ニーファと呼ばれる沼地に生息するモンスターだった。
ニーファは肉食性で、牛や虎さえ襲って喰らうという。
当然人間も捕食対象で、一度獲物として追いかけられたら、全力で逃げたとしても生存できる可能性は低い。
だが、彼らの足取りはフラフラとと覚束なく、とても本気で逃げているようには思えなかった。
沼地という歩きにくい場所であることを加味しても、奇妙としか思えない足取り。
同じところをぐるぐると回ったり、急に何もないところで驚いて引き返したり、はっきりと異常が見て取れる有様だ。
当然、そんなことで巨大蛇から逃れられるはずもなく、五人の内の一人が転倒し、ニーファに追いつかれてしまった。
彼は、仲間たちを誘ってこんな密林に導いた張本人だった。
――ちくしょう。やっぱりあの酒、何か入っていたんだ!
彼はきっと、そんなことを思いながら絶命したのだろう。
残りの仲間たちも次々に餌食となり、結局、ニーファから逃げきれたのは一人だけだった。
なんとか生き延びた彼は、このときのことを誰にも話したがらなかったという。
死んだ仲間の家族に話したきり、生涯口を噤んだままだったそうだ。
時は遡って前日。
五人の男たちは、密林を抜けた奥にある小さな村の前に来ていた。
村の名はヴルム村。民家十軒と少しの小さな集落だが、世にも珍しい女性ばかりの村だという。
正確には男性も存在するのだが、この村で産まれてくるのはなぜか女性ばかり。しかも美女ばかりなのだという噂が広まっていた。
彼らの目的は、その美女たちであった。
「ここだな。ホントに女ばっかの村なのか?」
「間違いない情報だ。村のジジイたちも話していた。昔からそういう村なんだろう」
「ホントじゃなきゃ困るぜカンズ。あんなデケェ蛇に追われてまで来たんだ」
彼ら――リーダー格の青年カンズを中心とした若者たちは、自分の村で聞いた噂話を頼りにここまで来た。
道中、巨大な蛇に襲われながらも沼地を越えてやってきたのだ。当然、好奇心だけで来たわけではない。
「全員すげえ美女だって話だ。奴隷として連れてくれば高く売れるだろう」
カンズはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
ここの美女たちをさらって金に換えるのが、彼らの目的だった。
カンズの腰には直剣がぶら下がっている。前年の徴兵では、この剣で戦争を生き抜いた。
そして同じく徴兵されたという奴隷商の息子に出会った。彼らは同じ戦場を戦ったことで意気投合し、終戦後も頻繁に連絡を取り合っていた。
その伝手を使って、美女を金に換えようというのだ。
「じゃあ、さっそく行くか」
カンズの一言で彼らは村に入っていく。
仲間たちも全員戦争で過酷な環境は経験していたが、それでも今回の沼地超えは骨が折れた。
まずは旅人としてもてなしてもらおうと考えていた。
ちょうど目の前を通りかかった少女に目をつける。
「おい、アンタ。この村の
「えっ、誰……?」
「旅人だよ。道に迷ってこんなところまで来ちまったんだ」
「なに、少しだけ休ませてもらいたいだけだ。案内してくれるよな?」
やけに高圧的な彼らの態度に恐怖した少女は、大人しく彼らに従うことにした。
「あんた、名前は?」
「……ナーシャ」
「ふうん。いい名前じゃないか。それに美人だ。なあ外の世界に興味はないか?」
少女――ナーシャはそれきり黙り込んで長の家まで彼らを連れていく。
彼らはそんなナーシャを値踏みするように見ていた。
……まだ若すぎるが、売ればいい値になるだろう。そんな風に思っていた。
彼らはすぐに村の長の家に着いた。
ナーシャに外で待つように言って、男たちだけで家の中に入っていく。
すぐに中から悲鳴が聞こえてきた。
「な、アンタたちいったい何なんだい!?」
「悪いなァ! この村は俺たちがもらったぜ!」
やがて扉が開いて、ごろんと何かが転がってくる。
それはロープでぐるぐる巻きにされた白髪の老婆――ヴルム村の長だった。
カンズは長を踏みつけて、腰にぶら下げていた剣を抜く。
陽の光を反射して、抜き身の刃がギラリと輝いた。
悲鳴を聞いて駆けつけた村の女たちは、その様子を見て愕然とする。
カンズは剣を掲げたまま言った。
「大人しくしろ女どもォ! 今からこの村は俺たちのものだ!!」
カンズに続いて、ほかの男たちも各々に武器を見せびらかす。
斧やナイフ、ハンマーなどといった武器を掲げる男たち。
荒事など経験のなかった村人たちは、彼らに従うほかなかったのである。
――ここで少し話を中断して、ヴルム村の地理について説明しよう。
最初に伝えたように、この村は中央大陸南東コブレット地方の密林にある。
高温多湿の熱帯地域であり、広大な沼地をはじめ独自の生態系を持っている。
そのためか信仰も独自のもので、唯一神イルを信仰する中央諸国の民からすれば、邪教を信じる穢れた民でもあった。
奴隷にすることに何ら躊躇いもない。
もちろん村を襲った青年たちもそうだった。
この年代の中央諸国の民からすれば、むしろ当然の感情だった。
劣った種族、人間未満の劣等種たち。
彼らにも人権があるなど、露ほども思ってはいない。
だからこその蛮行である。
「はっはっは。うまくいったな」
その日の夜。彼らは村長の家を占領して、幼い女たちを使って酒盛りをしていた。
羊肉やハーブ、新鮮な野菜の入ったスープなど、中央のものと何ら遜色ない料理がテーブルに並んでいる。
未開の地であるが、鉄製の包丁や鍋などが揃っている証拠だった。
カンズたちは、料理を口に運びながら会話を続ける。
「さらって連れていく女たちも決まったしな」
「たしかに全員美女ぞろいだった。いい金になるだろう」
「こんな未開の村までわざわざ足を運んだ甲斐があったぜ」
ゲラゲラと下品な声で笑う男たち。
そんな彼らの言葉に唇を噛みしめながら料理を運ぶ少女がいた。
彼女はナーシャ。彼らを長の家に連れて来てしまったせいでこんなことになってしまった。
自分の行いを激しく後悔しながら、彼らのために作った料理を運んでいく。
ナーシャは村長の孫娘だった。
祖母を人質に取られ、彼らの命令を聞くしかなかったのである。
「しかしカンズよ。帰りはどうする? またあのデカい蛇が出てきたら……」
「たしかに奴から逃げるのは手間だろうな。だが、気にすることはない」
カンズは家の床に転がっているものを見下ろす。
ロープで動けなくされた村の女たちである。
「いざという時は女どもを囮に使えばいい」
カンズはそう言って、酷く冷たい笑みを浮かべた。
床に転がっている女は十人と少し。一人二人くらいなら、蛇にくれてやってもいい。
「……っ」
ナーシャは思わず息をのむ。
このままでは村の女たちが全員蛇の腹に収まってしまう。
早く彼らを追い出して女たちを救い出したいが、幼い少女であるナーシャに彼らに歯向かう手段はなかった。
「……ふむ。なかなかいい酒だな」
不意に、酒を飲んでいたカンズに呼びかけられる。
彼が言っているのは、ナーシャに持ってこさせたこの村で唯一の酒である。
よほど気に入ったのか、すぐに器を空にしていた。
「これはこの村で作った酒か?」
「は、はい。……収穫の祭りの時だけ飲む貴重なお酒で……」
「ふん。邪教の酒か。しかし酒自体には罪はない。あるだけ持ってこい」
「わかりました……っ」
カンズたちは、ナーシャが持ってきた酒を浴びるように飲んでいく。
村の人間たちでさえ滅多に飲めないものだ。彼らはそれを飲み干さんばかりに消費していく。
やがてすっかり酔っぱらって眠ると、ようやくナーシャも開放された。
村長の家を出たナーシャは震える足取りで、家の裏手にある小さな建物に向かう。
それは村で信仰していた精霊を祀る祠。この地で盛んな蛇神信仰の祠であった。
そんな祠の前で両膝を突き、手を合わせて祈る。
「精霊ウルンナーガ様! どうか、どうかあの無法者に裁きを……!」
どうかあの連中を追い出して。そして二度と来ないように恐怖を刻み込んで。
ナーシャは悔しさに唇を嚙み締めながら祈る。自分では抱えきれない怒りや悔しさを、目に見えない精霊という存在に頼って縋った。
彼女の祈りは、その夜の内に実現することとなる。
最初に異変に気が付いたのは、男たちのリーダーであるカンズであった。
どうにも奇妙な音が聞こえて目を覚ます。酒のせいか、頭がぼうっとしている。
だが、ずりずり、ずりずりと何かを引きずるような音が聞こえてくる。
火を消した家の中。暗闇に目を凝らすが、何も異常は見つけられない。
気のせいかと思って再び眠りに付こうとすると、やはり物音が聞こえてくる。
……村の連中が何か企てようとしているのか?
まず考えたのは自分たちへの仕返しであった。
村の人間の大半はロープで縛って転がしているが、全員がそうしているわけではない。
眠っている内ならと奇襲をしかけてくる可能性はある。
そう思ったカンズは、自分と同じく床で寝ていた仲間たちに声をかけた。
「おい起きろ。何か妙だぞ」
数度呼びかけて、ようやく一人が起き上がる。
眠たげに目蓋をこすりながらカンズに訊ねた。
「なんだよ。まだ夜じゃないか」
「お前、外を見てこい。村の連中が俺たちに復讐するつもりだぞ」
「復讐ぅ?」
彼はカンズに言われた通り、家を出てその様子を見てくる。
だが、首を傾げながらすぐに帰ってきた。
「いや。誰もいねえぞ?」
「そんな馬鹿な。たしかに物音が……」
「どんな?」
「ずりずり、ずりずり、と」
カンズの証言に男は考えを巡らせる。
そして、はっと息をのんだ。
「……それって、蛇の音じゃないか?」
「蛇?」
「ほら、沼地を歩き回ったときだ。そんな音が聞こえてきたと思ったら馬鹿でかい蛇が出てきて襲ってきた」
「まさか……」
ずりずり、ずりずり……。
やはり音が聞こえる。今度は二人とも聞こえたようだ。
同時に顔が真っ青になる。
「この村まで追ってきたのか……?」
「わからねえ。だけど奴はやけにしつこかった」
「馬鹿な。だとしても姿が見えないじゃないか」
あれは体長20メルルもある大蛇だ。
人間なんか一飲みにしてしまうくらいの大きさで、そんな蛇が近くにいて気づかないはずがない。
だが……
「ひっ!?」
ついに、カンズたちは見てしまった。
窓の向こうに巨大な瞳が瞬くのを。
間違いない。あの蛇だ。いや、それよりもっと大きいかもしれない。
窓の向こうの瞳が消える。身体の模様がすーっと移動すると、窓の外は真っ暗になってしまった。
蛇がこの家に巻き付いている。
そう悟った二人は同時に悲鳴を上げた。
「お、おいっ、起きろ! 蛇が来てるぞ!」
「喰われる! 俺たち全員喰われちまうよぅ……!?」
「……なんだよ、今いいところ……」
「早く起きろ! ここから逃げるぞ!」
そうして男たちは全員目を覚ます。
カンズたちの話を聞いて震えあがった。
「あ、見えた! 金色の目がこっちを見てる!」
「馬鹿言え、ありゃあ牙だ! 5メルル以上あるぞ!」
男たちは完全に混乱していた。
各々が辻褄の合わない主張をしている。
それほど沼地の大蛇は彼らに恐怖を与えたのだ。
「ど、どうする!? どうやって逃げる!?」
「もう駄目だ、おしまいだ! 囲まれてやがる!」
「いや、まだ俺たちに気づいてねえ! このまま静かにしてれば……」
「カンズ! 俺たちはどうすれば……」
そしてカンズは気付く。自分の頬を伝って何かが滴り落ちたのを。
恐る恐る視線を天井に向けると、そこには涎を垂らして自分たちを見ている巨大な蛇が見えた。
ニーファである。
沼地で襲ってきた大蛇が、家の天井に張り付いている。
震える声でカンズが告げた。
「へ、蛇の頭が天井に……」
恐る恐る、男たち全員が天井を見上げる。
カンズが見たものと似たような景色を見て、いっせいに悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああああああ! 蛇だあああああああ!!!」
「うわあああああああああああああああ!!! やめてくれえええええ!!!」
「喰われる! 喰われちまうよおおおおおおお!!!!!」
半狂乱になった彼らは、我先に扉へ向かう。
家を出ると一目散に村の外を目指した。
その途中の彼らの目に、恐ろしい光景が飛び込んでくる。
「み、見ろ! 村の家が全部蛇になってるぞ!」
「ほ、本当だ! 人間なんかどこにもいないじゃないか!」
「そうか! 俺たちは人の住む村に来たんじゃない! ここは蛇の巣だったんだ!」
「くそおおお! 喰われたくない、喰われたくねえよおおお!!!」
もはや奴隷どころの騒ぎではない。
欲のためにわざわざ危険を冒してやってきたというのに、何も得ることなく村から出ていくことになった。
彼らは自ら進んで、危険な
これが、この夜青年たちに起こったことである。
その後の彼らは、先に話した通り、一人を除き全員が大蛇の腹に納まることとなる。
さて、勘のいい読者ならもう気づいているだろうが、この夜彼らの身に起きた出来事は、すべてが事実という訳ではない。
彼らが見た家を囲う大蛇も、蛇の巣も、現在のヴルム村ではいっさい確認されていない。
では一体、彼らは何を見、何を恐れ、何から逃げたのだろうか?
それはこの村の……いや、この地域全体の特異性が原因となってる。
彼らを陥れたその特異性とはなんだろうか?
この事件が起こった数十年後に村を訪れた、ある男の証言が参考になるだろう。
彼の名は冒険家アントニオ・クルーソー。
後に歴史にその名を残す、偉大な植物学者でもあった。
『未開の地の小さな村とは思えない。中央の辺境の村よりも栄えているだろう』
後年村を訪ねたアントニオの紀行文には、そう記されてある。
危険な沼地によって隔絶された場所とは思えない。ヴルム村はかなりしっかりした文明を築いていたのである。明らかに他の村々と交流がありそうだった。
しかし、だとしたら疑問も残る。村人たちはあんな危険な沼地をどうやって抜けているのだろうか?
実際にヴルム村にやって来たアントニオは、最初に発見した村人である一人の老婆に疑問をぶつけてみた。
彼女の名前はナーシャ。あの兵士たちに汚辱を味あわされた少女である。
今ではすっかり年老いて、村の長の役を担っていた。
「やあ、沼地超えは堪えたよ。君たちはどうやってあの蛇から逃げているんだい?」
「蛇? 蛇なんか会ったこともありませんよ?」
「でも巨大な人食い蛇が出るだろう? 現に僕もヤツらに追われてここに逃げてきたんだ」
「いるのは知ってますけどね。私らの前には出てきません」
どうにも話が噛み合わないことを感じながら、アントニオは村長の家に招かれる。
彼は村に辿り着いてまっさきにすべての武器を下ろした。敵意が無い旨をきちんと伝えたのだ。
彼ははじめての村で武器をちらつかせることの危険性に気づいていた。
会話による情報収集こそが、身を守る手段だと知っていたのだ。
村人たちは最初こそアントニオを警戒したが、彼が人懐っこく会話を続けた結果、村の歓待を受けることになった。
「これは村人でも年に一度しか飲めないお酒でございます」
「おお、これは貴重なものをありがとう! しっかり味あわせて頂くよ」
だが、一口その酒を口に含んだアントニオは、その酒がどんなものかすぐに見当をつけた。
今までの経験上、似たような酒を飲んだことがあったのである。
彼ははっきりこう記録している。
『間違いなく“幻覚作用”のある酒だ。クルオル草から採れるエキス、しかも水で薄めることなく原液で出している』
クルオル草のエキスには人に幻覚を見せる力がある。
違法薬物として中央諸国が指定してある薬草で、しかしその幻覚が癖になって、裏では高値で取引されているという。
だが、クルオル草はそう簡単に手に入るものではない。自然に自生することも滅多にないのだ。
なぜならこの植物は――
人間の遺体からしか生えてこないのである。
クルオル草は遺体の体外、あるいは体内に種子が付着していた場合のみ発芽するという性質を持っていた。
この草が生えるとき、必ず誰かの死があるのだ。違法薬物に指定されている原因の一つに、この不気味で奇妙な特性があった。
そんな薬草が、なぜ酒として出てくる?
薬草から搾り取れるエキスの一滴でさえ、裏ルートで莫大な金額で取引されている。
どうやって酒として飲める量まで用意したのか。
「客人にはみんなこれを出しているんですか?」
「いえ。気に入ったお方のみです」
「あなた方は飲みますか?」
「年に一度、収穫祭のときだけ。男は飲みませんね」
貴重ですもの――。
うふふと、老婆にしては艶っぽい笑みを浮かべるナーシャ。
アントニオは、器を置いて立ち上がった。
「申し訳ありません。少々長居し過ぎてしまいました」
「あら。もう行かれるのですか?」
「ええ。家で待つ者もいますから。急に家族が恋しくなりまして」
「そうですか。大したおもてなしも出来ず申し訳ありません」
逃げるように背を向けるアントニオ。
もはやこれ以上村に残ることこそリスクであった。
旅人様――、すでに家を出ようとしていた彼にナーシャ蠱惑的に呼びかける。
「蛇にはお気をつけて」
「……はい。お気遣いありがとうございます」
そうしてアントニオはヴルム村を後にし、沼地を超えて中央に引き返した。
彼はニーファに襲われながらもしっかりと戦い、なんとか逃げ切ることができた。
すべては途中で村を出る決断をしたからである。
では、アントニオはいったい何に気づいたというのか。
この村にどんな仕掛けがあったというのか。
彼の紀行文には、こうまとめられている。
『あの村は誘蛾灯だ。村と蛇とクルオル草、循環のサイクルができている』
それがアントニオの結論だった。
ヴルム村も沼地の蛇も、一つの生態系として機能していたのである。
彼の考察によれば、村の女たちはクルオル草のエキスへの耐性を獲得していた。
元は偶然生えていたクルオル草を酒にして飲み始めたのが原因なのだろう。
巨大蛇ニーファのせいで、人間の遺体は案外身近な存在だったのかもしれない。
なにかの拍子に、その危険な草を酒にして飲むということが慣習化してしまった。
だが、恒常的に摂取することで、クルオル草は独自の生存戦略を展開することになった。
クルオルの酒を口にした娘から産まれてくる子を、全員女性にしていったのだ。
そして彼女らはみな美女として育っていく。クルオルの因子がそうさせたのだ。
女だらけの村、しかも美女揃いということで男は勝手に誘き寄せられていく。
危険な沼地である。誘き寄せられた男たちの多くは蛇の餌食となっただろう。
そうして蛇が出した被害者の遺体――蛇の糞からクルオル草が発芽するのだ。
仮に蛇から逃れて村にたどり着いても同じだ。
村はその男にクルオルの酒を飲ませ、飲んだ男は幻覚によって狂い、再び沼地に向かって蛇の餌食となる。
そう考えると一つ納得できることがある。
ヴルム村には中央諸国と同等の道具や技術があった。それらは、誘われてやってきた男たちの遺品なのだ。
こうしてこの小さな村は、蛇と遺体とクルオル草というサイクルによって発展していった。
そうであると薄っすらと認識しながら……。
これが冒険家アントニオが暴いた奇妙な村の出来事のすべてである。
村が、人間が、周辺の生態系の一部として機能していたのだ。
人間という種が決して特別な存在ではないという、明確な証明にならないだろうか。
もちろんヴルム村のような特異なケースはまれである。
だが、今を生きるわたし達も、多かれ少なかれ自然に影響を与え、自然の影響を受けている。
人間もこの世界の生態系を形作っている一つの因子でしかないのだ。
どんなに知能を発達させようとも、どんなに高度な文明を築こうとも、それは決して変わることはない。
だが、別に落胆することも悲観することもない。
わたしたちは常に世界に支えられて、同時に世界を支えているのだ。
世界を通じて、誰もが繋がっている。
わたしたちは一人ではないし、一人にはなれない。
そんな心強さと窮屈さを胸に抱きながら、今回の話はこれで終わろうと思う。
世界を通じてわたしと繋がっている、あなたの明日に幸あれ。
――――――――――――――――――――
あとがき
こちらの短編集は不定期更新となります。
今のところ一話完結で続けていく予定です。
もし次の話も見たいと思ったらブックマーク、
または✩や♡コメントなどを頂けると嬉しいです。
作者のやる気が出て新作が早まるかもしれません。
それでは次の異世界事件でまたお会いしましょう。
あなたの今日が無事に終わりますように……
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