その流れ星をルーメンと云う
ぱすかる
第一章 灰の彷徨い編
第1話 月と猫
灰の降る街。
無個性なドローンが
ルナは石畳を一心不乱に走り抜ける。
ブーツの底が
このまま走り続け、自分の息は続くのだろうか。
喉の奥から、鉄の味がせり上がってきた。
瞬間 路地の隙間からメカニックな猫がスルリと壁を舐めるように出てきた。
「ルナ、こっちだよ」
機械的な冷たい音声にルナは「おっ・・・そい!どこ行ってたのっ」と怒りをぶつける。
高く飛び上がった猫型AIロボット「ステラ」はその見た目とは裏腹にまるで本当の猫のように身軽に跳び上がり、ドローンを下から後ろ足で蹴り上げる。
機械どうしがぶつかる重い音がした。
「路地に行って!」「進んだら崩れた壁から建物の中に入るんだ!」
ドクドクと脈打つ胸を抑え、ルナの痩せ細った身体が路地に入る。
それなりに細い路地でも、ルナが必死に走る腕は壁に
左手の家の壁が一部崩れていた。
「ここ!」
一瞬、気が抜けて
ルナは滑り込むように中に入った。
「っいっ・・・たい!!もう!馬鹿ブーツ!」
窓にも扉にも外側から木の板が貼られている為、室内は真っ暗だった。
「中も外も変わらないけど・・・」
誰に伝えるでもなく、ルナは皮肉めいて呟いた。
手に持っていたものを机に投げ
全身の力を床に叩きつけるように大の字になって倒れ込んだ。
汗ばんだ身体に降り積もった埃がくっついた。
気にすることはない。ルナの身体はボロボロで元から汚かった。
絡まった長い髪の先を手に取り鼻に近付ける。ひどい匂いだ。
櫛を髪にとおしたのは8年前だろうか。あの頃はまだ両親が生きていた。
両膝を上げて、膝やふくらはぎを撫でてみる。
左膝とふくらはぎがやけにザラザラする。痛みも感じる。
おそらく血が出てる。乾いた笑い声を上げてもう一度両足を床に伸ばした。
ジクジクと痛みを感じる。
このブーツとはもうおさらばだ。
この家の中に、23.5センチの靴でもあればいいけれど。
ジクジク・・・
ドクドク・・・
足が痛い。 心臓が苦しい。
息を整えるために深呼吸しても埃のせいで息苦しい。
「このまま、こうしてたら、全身の血が抜けて死んじゃったり・・・して」
目を閉じるのは嫌いだ。
目なんか閉じなくても、元々世界は暗いのだ。
視界に広がる世界が暗いと、自分が今目を開けているのか
それとも、閉じているのか分からなくなる。
それともうひとつ嫌いな理由がある。
両親を思い出すからだ。
考えることも嫌いだ。
それも、両親を思い出すから。
両親のことを思い出すと、絶望と悲しさと怒りと恨みがぐちゃぐちゃに混ざって溢れ出す。どうしようもないことなのだ。諦めないといけない。ケリをつけて。自害するなり、いや、もう教団に身を預けた方がよほど・・・。
鼻頭が熱くなった。
「ルナ」
私の名前を呼ぶ声。
今まで何度この声に助けられただろう。
「ステラ、ありがとう。無事でよかった。」
「ルナもね」
「それにしても」
ギシリと床が鳴る。
起き上がり、ステラを見る。
ステラの目は緑色に光っている。
灰が降るこの世界で、ステラの目は眩しかった。
「遅かったけど!」
先ほどの続きだ。
ドローンに追われてから「逃げ続けて!」とステラがどこかに行ったっきり
10分は、あのドローンと追いかけっこさせられたのだ。
「10分!心臓ドクドクするし、見てほら!血が緑色!」
「いいや、ルナ、ステラが離れた分数は、7分だよ。それとルナの血は赤色だよ。緑色じゃない。」
随分賢そうに、冷静な返答をするステラに
「7分なんて10分みたいなものだよ・・・」と呟き左足を見てみる。
確かに血は赤色だ。
人間の血は赤色なのだ。
私は人間だ。
でも、ステラの緑の光に当てられた足から流れるそれは緑色にも見えた。
「ステラの血は何色なの?」
「それってR15だよ。」
「それ、ジョーク?」
「面白い?」
「そんなに」
返答の割にルナはクスクスと笑っていた。
ステラの血は何色だろうか。
目の色と同じ緑色だったりして。
「この家の中に靴と消毒液はないかな?あと包帯かパッドか・・・清潔な布があればいいんだけど。」
「探してくるから待ってて。」
ステラは首を振り軽い足取りで探索しはじめる。
お言葉に甘えて、この部屋にいるとしよう。
立ち上がって机に投げた戦利品を手に取る。
「コインとお札。使う機会ないんだよね、これ。あとは・・・」
上質なポーチから様々なものが出てくる。
身分証明証、コインとお札、革の手袋、小型のレーザー銃。
そう、これを目当てに狙ったのだ。
身分証明証を二つに折り、革の手袋をつけてみる。
ルナの小さい手に大人のそれはサイズが合わないので床に捨てた。
護身用の小型レーザー銃は教団の中でも持っている人が少ないレアアイテムだ。
大きな銃はルナでは扱いきれないため、この小型の銃を狙っていたのだが
わざわざ持つまでもないサブアイテムを持つ兵士は稀だった。
「あのー小型のレーザー銃、持ってますか?」と聞いて兵士を襲うわけにもいかない。
1人でぶらつく、なんとか出し抜けそうな兵士を手当たり次第に襲撃するしか手がなかった。
「ルクス教団だ!その身を捧げ今すぐに祈りを上げろ!」
お決まりの台詞を言って銃を構えてみる。
「なーんちゃって」
「ルナ、見つけたよ。」
いくつか口に咥えてステラが戻ってきた。
「ブーツがあったけど、少しだけ大きいかも。24センチ。あと傷を処置するもの、ウォッカと包帯。」
「ありがとう、ステラ」
「レーザー銃あったんだね、良かった」
「上質なポーチも手に入れたよ。身分証明証も無くして泣いてるだろうね。彼」
「・・・そうだね。」
にしし、と笑うルナの足にステラが擦り寄る。
固い酒瓶の蓋をねじ開け、左足にぶちまける。
「いだだだただだただだだっ」
「頑張れ!ルナ!」
涙目になって左足に包帯を巻き、手持ちのナイフでバツンと切って器用に結びとめる。
「拷問だよ・・・」
「がんばったね。ルナ。」
「はぁー・・・」
次に革靴だ。
やはり微妙にサイズが合わない。
「あ、そうだ」
先ほど床に捨てた革手袋を手に取り左右のつま先にぎゅっと詰め込む。
「ほら、ピッタリ! あぁ、私ってリサイクルの天才かも。」
「それを言うならリユースだよ。」
ステラの解答に、ルナは両手を腰の横に当てて頬を膨らませた。
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