七強【歌姫】



 私の頭の中は今フル回転していた。

 目の前の超大物を目の前にして平常心を保つ為に。


「麗華ちゃんって普段どんな事してるの?」

「えっと…勉強したり、戦い方の練習したり…」


 私は何とか声を絞り出して答える。彼女の話し方は慣れている人の話し方…一瞬で距離を近付けるような話し方だ。


「勉強かぁ…私結構苦手なんだよね…麗華ちゃんは?」

「私もちょっと苦手。でも、ちょっと楽しい。」

「楽しいって感じるんだ、凄いね!どういう所が楽しいって感じるの?」

「色々なことを覚えて、自分で出来るようになったりとか、褒められるところとか。」


 私がそう答えるとディーテさんは笑顔で頷いて「そういうの大事だよね。とくに褒められるのは嬉しいから。」と口にする。

 彼女は次、私に対して「聞きたい事はある?」と聞いてきた。

 それに対して私は「ディーテの能力」についてを聞くことにした。


「あはは…あまり人に手札を教えたくないけど…わかった。私の力はこの声だよ。」

「声?」


 ディーテさんの回答に私は首を傾げた。

 彼女曰く、厳密に言えば歌声らしい。歌声で味方の援護や敵の無力化をするとのこと。

 一体どのような力が働いているのだろうか…と思ったがこの前私は彼女の歌声の魔力にかかっていた。嘘はついていない。


「歌声がディーテさんの力なんだ。」

「そう、こんな力を持ってる人なんて珍しいのよ?でもきっと、探せば沢山いると思う。矯正されて、こういう力が出せないって人が。私も矯正されてたし、不便だと思ってたけど、ある人のおかげで私自身を出せたんだよ。」


 不便…どういう訳か聞くと意図せずにその力が出るからだそう。彼女の場合、歌う事がトリガーらしく学生時代はそのせいで苦労したらしい。


「そのおかげで今があるかな。」

「すごいね。アイドルをやりながら何でガーディアンをやろうと思ったの?」


 私のその質問に対して彼女は「そうね…」と呟いて思考を巡らせる。

 しばらく経ってから返ってきた答えは「皆に笑顔でいてほしいからかな。」と答える。


「笑顔…」

「そう!辛かったら笑えなくなって良くない事ばかり起きるからさ、笑うってのは大切だよ。だから皆には笑顔になってほしいんだ。」


 ディーテさんはそう言って両人差し指を自身の口角に当てて上げて「にひっ」と微笑んだ。その表情は小悪魔っぽさを感じる。


「それよりも麗華ちゃん。」

「ん?」

「可愛いわねー!!」

「わちょっ…」


 私はディーテさんに抱かれて吸われてしまう。

 抵抗していたが徐々に抵抗する気が無くなっていく。


 いい匂い…


「ディーテさん…苦しい…」

「ごめんね…!可愛い子を見ちゃうとつい…」


 ディーテさんは謝りながら誠也の事を聞いてきた。普段の彼はどんな様子かを知りたいようだ。


「誠也は忙しそうだよ。いつも疲れたような顔をして帰ってる。でも、私の前ではよく笑ってくれる。」

「そうなんだね。誠也君ってば、自分で抱え込む癖があるから誤魔化すことが多いんだよ。その笑顔の裏、そこに彼の本当の感情があるから。

 …彼は笑って自分自身を騙している。」

「騙して…」

「…暗い話はおしまい!皆ご飯の準備してるから行こうか。」


 ディーテはそう言って食器を並べる手伝いなどを始めた。

 夕飯は誠也が作っていて、今日は一段と豪華だった。何でも、ディーテが食材を持ってきたかららしい。


 目の前に並ぶ高級品に小さく驚いた。


「誠也君。本当料理上手になったね。」

「ディーテの口に合うか不安だったが、合ったようで一安心だ。アンタの舌にはいつも悩まされていたからな。」


 誠也の呆れ顔に「そうかしら?」とディーテが意地悪な笑顔で答えると彼は「こんな大人になるなよ。麗華。」といきなり言葉をかけてきた。

 私が苦笑いすると優希さんが「困ってるでしょ。」と二人を止める。

 いつもとは違う賑やかな食事、雰囲気に私は少しテンションが上がっていた。

 食事の後、しばらくしてから寝る準備をした。そしてお風呂も済ませてリビングへ戻ると彼らは何やらさっきとは違う緊張感を漂わせていた。


「ディーテ。魔物の件は知っているか。」

「勿論。変な魔物の事だよね。」


 たまに聞く謎の魔物。ディーテさんも遭遇していたらしく、それの異常性に警戒していた。


「まるで、私で力を試しているようにも思えた。…ツアー中にやられたものだから大変だったよ。」

「ディーテ殿。どのような魔物が出たか教えてくれないか。」

「そうね…機械系統の、見た事の無い魔物だった。私の能力のメタだろうね。知っての通り、機械には効かないからさ、私の力は。…それと見覚えのあるマークが部品にあったから見てほしいな。」


 ディーテは何も無いところから腕のようなものを取り出して机に置いた。それを誠也達が覗き込んだ。


「これは…誠也さん。」

「どうやら…忙しくなりそうだ。」


 和哉さんの反応に誠也がそう呟く。

 誠也だけではなく、全員の表情が険しかった。

 

「…誠也はあの子にこれから色々教えるんだよね。そんな時間あるの?」

「…正直無いな。…颯の元に行かせることも。」

「それでいいの?誠也。」


 誠也の言葉にディーテはそう疑問を投げかける。

 彼は唸って腕を体の前に組んだ。そんな彼に彼女は「こういうのは私とか他の人に任せればいいの。」と口にした。


「誠也。昔から言ってるでしょ?もっと周りを頼る事って。それに、麗華ちゃんとの時間も用意してあげて。」

「………わかった。ディーテ、ならこいつの調査、任せてもいいか?」


 誠也は顔を上げてそう言うとディーテはほっとした笑顔を見せて「仕方ないわね。」と言って彼の頭を撫でた。


「やめろ、そんな歳じゃない。」

「減るもんじゃないでしょ?」


 誠也に微笑みかけるディーテさんの顔は、アイドルとしての顔ではなく、親しい人に向けるような顔だった。


 私はその様子を見て何も言わずに自室へ戻ってベッドに潜る。

 二人の関係は普通のものではない。何か特別なものを感じた。それが私にとって少し羨ましくも思える。


 寝付けない夜を無理やり過ごして明日を待ち、朝日を浴びる為に1階に向かう。階段から降りて外を見ると庭に誠也とディーテさんがいた。


 窓の向こうで何を話しているのかは分からない。

 話が終わったのかディーテさんは誠也を抱き寄せて別れを惜しむような顔をした。

 長いハグを終えて二人が戻ってくると彼らは私を見つけて「おはよう。」と声をかけてきた。


「おはよ…」

「おはよう、麗華ちゃん。ごめんね、あなたともっといたかったけど急な予定ができちゃったからもう行かないといけないの。」


 ディーテは私の肩に手を置いてそう言い、抱き寄せた。

 微かに誠也の香りを感じる彼女に「誠也は絶対に無理をする人。彼をお願いね。」と囁かれる。

 そんなの、私に言われても…

 彼女から見たら、私は誠也にとって大切な存在なのかなと思った。


「…麗華ちゃん。頼んだよ。」


 ディーテの手が私の頭を撫でて彼女は微笑み、立ち上がる。


「さて、行かないとね。」

「待て。皆への挨拶がまだだ。それとせめて朝食を食べてから行け。」


 誠也がそう言うとディーテさんは「そうだったね。」と小さく笑った。

 全員で朝食を済ませると彼女を見送った。

 彼女は私達を順番に短くハグをしてから「行ってきます。」と行ってその場を後にした。

 彼女の背中を見ていると憧れのようなものを感じた。アイドルだけでなく七強としての強さが合わさったもの。それを感じる。


「さて、麗華。客が急遽いなくなったから今日は予定が無い。どうしたい?」

「それなら…」


 誠也の問いに私はこう答えた。「これから始める訓練の為に魔物の事を知りたい。」と。いつものように彼に接する。その答えを聞いた彼は一言「わかった。」と言って準備をしに行った。

 …

 …

 …

 おまけ

「ディーテ。話って何だ。」

「魔物の事。」


 ディーテは変な魔物はもしかしたら「造られているもの」なのではないかと言う。

 彼女が出会ったのは機械系統の魔物だが、茅葺の話や俺が遭遇した魔物にもその線はあるのではと思った。


「ディーテ。政府を嗅ぎ回るなら一人だと危険だ。」

「分かってるよ。そこは誠也の師匠を頼るから大丈夫。」

「颯の事か。」


 ディーテは頷いて「そう、だから大丈夫。」と言って俺を抱き寄せた。

 小さい頃はよくこれをされていたな。こういう別れ際の時のハグは大体彼女が心配している時だ。自身に対してか、相手に対してなのかは分からないが。


「誠也。あなたは麗華ちゃんの事を見てあげてね。」

「わかっている。そんなに心配するな。」


 俺がそう言うとディーテは「なら安心だ。」と笑う。


「というかそろそろ…」

「…誠也。私ちょっと怖くてさ。変な魔物の話を聞いたり、出会って、皆と二度と会えなくなる時が来るんじゃないかなって思って。…最近は漠然とした不安でおかしくなりそうな時があるの。こうやって帰って来たのも、誠也と颯に会いたくて来たんだ。」


 そんな事を言うディーテに俺は「そうか。」と一言頷く。しばらく彼女は俺を離さなかった。


「しかし、肝心の颯は…後で会うから大丈夫だったな。」

「…うん。」


 弱気なディーテは初めて見た。いつも笑い飛ばしていく人なのだが。

 俺が小さい時から姉のように見てくれている人が…強いと思っていた人の心が細くなっているという事に驚いた。


「ディーテ、いつでも頼ってくれ。」

「ありがとう。」


 長いハグが終わると彼女は微笑んで「大きくなったね。」と呟いていた。聞こえていないと思っているのだろうか。

 そろそろ朝の支度をしないとな。ディーテの為にも、何か元気になるようなものを用意しよう。


「ディーテ。」

「どうしたの?」

「颯の所に行くんだよな。一つお願いがある。」

「何かしら?」

「勇に伝言をな。たまには遊びに来いって。」


 俺がそう言うとディーテは「ブレないなぁ…」と苦笑いして了承した。

 さて、一日を始めよう。

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