猫を食す

大星雲進次郎

前菜

「最初に断っておくけど」

「シェフ」の青年が切り出した。

 便宜上彼のことは「シェフ」と呼ぶことにしよう。

 この会場で、「シェフ」然としているのは彼だけなのだから何ら問題はないだろう。

「今から出すのは、イメージとして猫な料理だ」

 シェフの宣言で、あからさまにほっとする者、あからさまにがっかりする者、ポーカーフェイス。二十人ほどの参加者の反応が分かれた。

 私はポーカーフェイスを保つことができただろうか?カニバリズムにも似た背徳感。故意に禁忌を破る解放感。そして小心者の私に相応しい、少しの安心感。

「ただ一般的には、イメージを膨らませるために基になっている物の一部を実際に使っちゃう、なんて事もよくあるわけで」

 会場が期待に沸くのが分かる。

 落として上げるのもまた司会の話術の一つだ。ガッカリした後のご褒美への期待は否が応にも高まる。


「前菜から出していこう」

 会場に六つある円卓に料理が運ばれた。

 やや深めの、いつもなら氷菓あたりが盛りつけられるであろう、涼しげな脚付きのガラスの器には細い草が敷き詰められ、その上にカラフルな立方体が数個、無造作に盛り付られている。

「ほう……」

 会場のあちらこちらから感心した声が上がる。

 無理もない、これはいわゆる「カリカリ」。ドライ系のキャットフードである。色も赤、オレンジ、緑とカラフルだ。4粒目はランダムなのか、両隣の参加者とは異なる色が入っていた。

 私にはわかる。これは特別製だ。

 しかし、世の中にはわからない者もいるのだ。

「こんな物をワシ等に食わせるのか!」

 わからないならば黙っていれば良いものを、シェフに怒鳴り散らすものがいた。

「ここでなら「本物」が食えると言うから参加したのだ!」

 わめき散らす男性を前にしても、飄々として怯まずシェフは答える。

「「本物」っていうのが何かは聞かないけどね。僕たちはあなた達を騙す、……違うね。あなた達は僕たちが仕掛けるジョークに乗ってもらう必要があるよ?最後には皆満足してもらえると思うから、今は騙されててよ。それに、これは前菜。今からあなたたちを禁忌の世界へ連れて行くための、魔法の儀式なんだ」

 つまりシェフは、このカリカリを食べさせることで、人が家畜を食べる行為から、家畜が家畜を食べる行為へと視点をずらそうと試みているのではないかと私は考察した。

 メインの食材が家畜ではないとしても、だ。

 怒鳴っていた男性は謝罪し大人しく席に着きなおす。

「ありがとう。ちなみに特別に種明かしをすると、何人かの人は分かっていたみたいだね。そう、これは銀猫ぎんびょう食品の研究室で作られた、「人間用」のカリカリだ。最近ではもう猫EXPOで試食するくらいしかお目にかかれないんじゃないかな?」

 シェフはそういうが、猫エキスポEXPOでもこのカリカリはすぐに捌けてしまって中々実物を食べることなんてできない。それをこの量取り扱うことができるとは、このシェフはどれだけの人脈を持っているのだろうか。

 そして敷かれた草、いわゆる猫草に見えなくもないが、シェフを信じるならば、人間が食べても問題ないのだろう。

「これも言っちゃうと、猫草っぽく見えるのは浅葱の仲間。細い細い物を選んだんだ」

 元々前菜は種明かしするつもりだったのだろう。我々を信用させるために。だとしたら先ほどの男性もシェフの仕込みのうちだったのかもしれない。


「じゃあ、次の料理を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫を食す 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ