第33話 詩織は決意した妹に料理をさせてはならないと

「おかえり、お姉ちゃん!」


玄関を開けた瞬間、元気な声が耳に飛び込む。制服の上にエプロンを巻き、小麦粉を頬につけた小鞠が笑顔で出迎えてくれた。


「ただいま、小鞠。今すぐご飯作るね」


鞄を置きつつ袖をまくると、小鞠はふふんと自信たっぷりに言った。


「今日は私の手作りだよ!」


……え?


時が止まった。


小鞠の……手作り……料理……?


「ぐすっ……」


「えっ、お姉ちゃん!?」


「小鞠の料理を食べられる日が来るなんて……っ。あんなに小さくて、包丁すら持たせられなかった小鞠が……!」


「も、もう……喜びすぎだってば……」


「いや、感動の域だよ! こうやって料理を覚えて……そのうち誰かのお嫁さんに……」


「……お姉ちゃん?」


「ん?」


「もしかして、私が“誰かのために”作ってるって思った?」


「えっ、うん、まあ……」


「それ、いいアイデアかも!」


「しまった、墓穴を掘った……」


目を輝かせる小鞠をみて嫌な予感がする。


「ちょうどさ、この前のお礼に何かしたいなって思ってたの! 手作りって特別感あるし、クラスの子も“男子はチョロい”って言ってたし!」


「言い方ァァァ! 小鞠、そういうのは悪女の入り口だよ!」


「じゃあ今度作ってこ~っと。新お兄さんに!」


「新君に……?」


確かに色々お世話になってるけど、けど……それとこれとは話が違うというか……胸の奥がそわそわするというか……。


「お姉ちゃん、どんな料理が男の子にウケると思う?」


「えっ、そうね……甘いものとか? クッキー、マドレーヌとか……」


「クッキーか! あ、それなら一度焼いたことあるよ! オーブンが爆発したけど!」


「それは“焼けた”とは言わないの、小鞠……」


「でも今度は大丈夫だよ! あ、そうだ、お姉ちゃんも何か作って、一緒に持って行こうよ!」


「わ、私も……?」


「うんっ! お姉ちゃんの料理、新お兄さんも絶対好きだよ!」


……ああ、完全に巻き込まれてる。


でも、小鞠の笑顔がまぶしすぎて、何も言えなくなってしまう。


「……ていうか、小鞠、調理実習では何やってるの?」


「皿洗いだよー。前にクッキー焼いたとき爆発しちゃってから、みんな“危ないから”って代わりにやってくれるの」


「……それ、ぜんぜん成長してないじゃない」


そんな会話をしながら、私はリビングの椅子に座らされ、小鞠の渾身の手料理――“特製ハンバーグ”と“ふわふわスープ(?)”を出された。


「さあ、召し上がれ、お姉ちゃん♪」


――いただきます。


……モグッ。


……ん? あれ、なにこの味……。なんか、甘い? いや、しょっぱい? え、辛っ……!? と思ったら、なぜかしゅわしゅわする……。


「あれ? お姉ちゃん? 涙出てるよ?」


「ううん……きっとこれは感動の……」


その夜、私はうなされた。


巨大なスプーンを持った小鞠に追いかけ回され、謎の蠢くハンバーグが空から降ってくる夢。


寝汗びっしょりで目が覚めた私は、心に誓った。


――今度、一緒に作ろうね、小鞠。


いや、目を離さずにつきっきりで見るからね。

 

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桜の下の少女 アルタイル @arutairu1942

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