第28話 三津原さんはやっぱり怖い

朝宮新視点


HRが終わって教室がざわつき始めたころ、俺は悠二の肩を軽く叩いて声をかけた。


「じゃあ悠二、今日ちょっと寄ってくれる? 例の“隠し場所”、ちゃんと教えてほしくて」

「ああ、いいぞ。じゃあ、行くか」

「よし。じゃあ――」


そのとき、後ろから聞き慣れた柔らかな声がした。


「あれ、ふたりは今日は一緒に帰るの?」

振り返ると三津原さんが立っていた。いつも通りの微笑み。でも、あの笑顔には“何かを企んでいるとき特有の柔らかさ”がある。怖い。


「ああ、新に隠し場所の指導をな」

「なるほど。私も行ってもいいかな?」

「えっ、三津原さんも?」


思わず声が上ずった。いや、冷静になれ。別にやましいことはしていない。していないはずだ。

ただ、男子高校生の家に女子が来るって……普通はちょっと、いや、かなり構える。


「うん。今日は特に用事もないし、小鞠も遅くなるみたいだから。それに、悠二に“隠し場所”を教えたのは私だしね」

「あ……そっか」


……ってことは、俺の“秘密の隠し場所”、その生みの親が直々に来訪するってこと? なんかもう、隠す意味が初手で崩壊してないか。


「意外だね、三津原さんにも“隠したいもの”があるなんて」

「さすがに私だって隠しておきたいものののひとつやふたつあるよ」

「昔、小鞠に内緒で親に買ってもらったお菓子とか、玩具とか」

「そうそう。……悠二くん?」

「すいませんでした」


……それだけで悠二が即土下座。

笑顔は変わらないのに、空気の密度だけ変わった。まるで重力が倍増したかのようだ。

ここで何か言い返そうもんなら、俺の人生はここでエンディングを迎える気がする。


「そういうわけでね。私も一緒に行ってもいい?」

「え、いや……それはいいけど、その……三津原さん、それって……」


“男子の家に、女子が行ってもいいの?”って聞きたかった。けど、無理だった。

無理だ。聞けるわけがない。口にしたら、次の瞬間には床と同化してる自分が見える。


「???」

……何でもないです。


「まあ、一人増えるくらいいいだろ。それに詩織はその点はすごいぞ。昔は“おしとやか”なんてもの、どこに置いてきたのかってくらいのやつだ」

「悠二くーん?」

「……っ!」


悠二が凍りつく。三津原さんが笑顔のまま一歩、いや半歩前へ。空気が凍る。俺の背中にも冷たい汗が伝う。


そして――


「誠に申し訳ございませんでした」

膝をついて三つ指をつく。完璧な土下座フォーム。

悠二……安らかに眠れ。


それにしても、あの日――詩織さんが帰ってきたあの日から、彼女はまるで吹っ切れたように、前よりずっと近くにいるようになった。

わがままとまでは言わないけれど、今見せているのが彼女の“素”なのだとしたら、それはちょっと嬉しい……けど、正直ちょっと怖い。


「梨音ちゃんに、“秘蔵のあれ”とか“これ”とか教えてもいいんだよ?」

「どうか、それだけはご勘弁を……」


「……はは……」

俺は乾いた笑いしか出なかった。

こうして俺の“隠し場所”指導会は、主役の俺と先生役の悠二、そしてなぜか三津原さんまで引き連れて出発することになったのだった。

 

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