ドキドキの勉強会

「朝だから起きたけど、やっぱり眠れなかったなあ。」

土曜日の朝だけど、今日は湊くんの家に行くからちょっとだけ早起きした。早起きといっても、あまり眠れなくて目が覚めちゃった、といった具合だけれど。カバンの中にはずっしりと教科書が入っている。筆記用具もバッチリ。それから湊くんの家に持っていくお土産のお菓子。ついにこの日が来た。湊くんといっしょにお勉強会をする、というビッグイベントが。

「ああ、神様。今日が無事に終わりますように・・!!」

私はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて祈るようにつぶやく。布団から出たけれどやっぱり緊張する。心臓の鼓動が早まっているのを感じる。でも私がこうじゃ誘ってくれた湊くんに対して失礼だ。しっかりしなくちゃ。今は7時。待ち合わせの時間が10時だからまだ時間はあるけれど、やっぱり落ち着かない。階段を降りて、台所に向かう。するとお母さんがもう朝ご飯を作っていた。早いね!と言うと、朝ご飯じゃなくてお弁当を作っているのよ!と言っていた。お弁当?

「ほのか、お勉強会って何時まで?聞いてなかったからお昼ごはんと思って。」

「えええ!?午前中で終わると思ってた・・。」

「お勉強が苦手なほのかだもの。湊くんはほのかに対してきっとスパルタよ。午前中で帰れないはず・・。」

お母さんが私以上に心配している様子を見ると今までの心配はなんだったんだろう?と思えてくる。器用な手つきでお母さんはサンドイッチをバスケットに詰め込んでいく。私がぽかーんとしていると、ほのかも手伝いなさい!と台所へ連れ込まれる。私もサンドイッチ作りに参加する。お母さんみたいにはうまくできなかったけれど、なんとか形になった。お母さん普段からお弁当作ってくれているもんね。すごいなあ。お弁当もできて、そのまま朝ご飯を食べて、のんびりしていたらそろそろ出る時間。湊くんは私の家まで来てくれたけど、私は湊くんの家に行くのは初めて。持ち物がいっぱい。たどり着くまで頑張ろう。

湊くんの地図は分かりやすくて、迷わず歩けている。柱に書いている町の名前と湊くんの家がある町の名前が一致した。もうすぐ。もうすぐ着くんだ。歩いた先には白い大きな家がある。表札には「瀬名」と書いてあった。こ、ここが湊くんの家・・!!広そう・・。インターホンを鳴らそうとした時。湊くんが出てきた。湊くんもセーラー服みたいな洋服着てる・・!?か、かわいいけれど!!これはおそろい!?合わせたとかじゃないよね・・?

「稲荷さん、おはよう!打ち合わせもしてないのにこういうことってあるんだね。・・と、とにかくすごい荷物。早く入って。両親は共働きで僕しかいないから遠慮しないでね。」

私は湊くんに言われるまま家にあがる。家の壁も白でところどころにアクアリウムがある。静かで落ち着く。湊くんは毎日ここで過ごしているんだ。私の家はにぎやかだから真逆だなあ。階段を上った先にある湊くんの部屋に案内される。男の子の部屋って大河の部屋以外初めてだよ!!というドキドキをぐっと抑えながら、入る。

「あはは、あまり大したものはないからそこまで身構えなくて大丈夫だよ。」

いや、湊くんの部屋大したことあります。湊くんの部屋にまでアクアリウムがあるし、ラジオもあるし、あれは・・シーリングスタンプ?となんか道具が並んでいる。じゃあ手紙についていたシーリングスタンプ、湊くんが手作りしたってこと・・?

「ああ、あれか。両親が共働きだから、ひとり時間でできる生産的な趣味を持ちなさいって言われていてね。シーリングスタンプは、シーリングワックスを使って作るんだ。シーリングワックスがゆっくり溶けて色ができるまでの時間も楽しいんだよね。」

シーリングワックスの中には星空を閉じ込めたような藍色や星型のものやたくさんあって、とにかく色がキレイで宝石みたいだった。そうだ、湊くんの部屋ばかり見てないで私もお土産渡さなくちゃ。

「これ!お土産のお菓子です!湊くんとお父さんお母さんとよかったらどうぞ。」

包装紙に包まれたお菓子を湊くんに手渡すと湊くんはありがとうと言ってくれた。喜んでもらえてよかった。

「でも、稲荷さんからもらったものを両親に渡すのはもったいないなあ・・。僕の作ったクッキーと入れ替えておこうかなあ。」

え?湊くんってお菓子作りもできるの・・?初耳だよ!なんだったら食べてみたい!

「あ、稲荷さんクッキー食べる?僕が作ったのでよければ。・・今日の勉強が終わってからね。」

・・やっぱりそうかあ。あれ?なんで私が食べてみたいって思ったの分かったんだろう!そんなに顔に出てたかな。私がぼーっとしていると、湊くんはにっこり笑って、教科書出そうか?とカバンをちらっと見て言う。ちょっとその時、寒気がしたけれど気のせいだよね?

やっぱり気のせいじゃないよね。今日お勉強がメインだから。湊くんの家に遊びに来たわけじゃないからね・・。

「・・で?稲荷さん。どこが分からないの?天文部も文学部も義務教育で受ける科目は一緒だからある程度答えられると思う。」

「・・全部。」

「じゃあ、その全部をひとつずつ分かりやすく細かくしていこうか。」

分からないところを私なりに説明してみる。誰かに伝えるって難しい。湊くんにはそんなに難しく考えなくていいよって言ってもらえたけれど、やっぱり分からないことを伝えるって頭を使うから難しいなあ。それに対して、湊くんは私の分からないに対して、的確に答えを返してくれる。学校の先生みたいですごいなあ。分かりやすい。

「あの、人に教えるのは初めてなんだけど、僕の説明で分かる?・・大丈夫?」

「うん! すごく分かりやすいよ!ありがとう、湊くん!」

湊くんは「よかった・・」と安心した様子。でもすごく分かりやすかった。私の分からないところがどこか分かっていたみたい。すごいな。それから分からないところを精いっぱい湊くんに伝えて、教わったことをメモして、問題集を解いて・・の繰り返しだった。授業よりも詳しく教えてくれて、分からないところがどんどん消えていく。集中していてあっという間にお昼時間。湊くんから「休憩しよう」と一声あって、午前の勉強はここまで。私はバスケットを開けてサンドイッチを見せる。

「湊くんもよかったらどうぞ! お母さんがほとんど作ったけど・・。」

「僕も食べていいの?ありがとう。」

二人でサンドイッチを食べる。学校がある日だと大河とくるみちゃんとお昼ごはんを食べるのが日常茶飯事だけど、湊くんとご飯を食べるのって初めて。緊張する。

「稲荷さんはいつもお昼、大河と古坂さんと一緒なんだっけ?」

「うん! 湊くんはなおきくんと一緒に食べたりするの?」

「うーん・・・。なおきくんと食べるときもあるし、一人のときもあるし、その時々だね。お誘いされることもあるけど、全部断ってる。」

やっぱり、湊くん人気者だからお昼食べませんか!?って声をかける子がたくさんいるんだ・・。

「僕なんかより、ふさわしい人、一緒にいて楽しい人なんてたくさんいそうなんだけどな。どうして僕なんだろう?」

「やっぱり、湊くんの文武両道なイメージが強いからじゃないかな・・。それに私は湊くんと一緒にいて楽しいよ。文武両道でお話も楽しい、そんな湊くんと一緒にいたいんだよ。お勉強も分かりやすく教えてくれたし。」

「文武両道だなんてとんでもない。みんな外のイメージだけで決めているのか・・。勉強を教えるのは稲荷さんが初めてだし・・。まあ稲荷さんだと・・その、見ていて分かりやすいから僕でもなんとなく感づくことがあるだけだよ。」

湊くんの言葉を聞いて私は大声を上げてしまった。分かりやすかったんだ!私!!すごく恥ずかしい!私が顔を真赤にさせていると、そんな私を見て湊くんが笑う。

「ごめんごめん。でも稲荷さんが僕と一緒にいて楽しいって思ってくれているならよかったよ。ありがとう。」

午後も変わらず、私の分からないところを湊くんに聞いてもらって、解きやすい方法を教えてもらう。の繰り返し。私も慣れてきたのか、湊くんを見てもすごくドキドキすることはなくなっていた。ただ、問題に集中するだけ。ペンを持った私の腕が湊くんにぶつかる。

「ご、ごめん・・。ホント!ごめんっ!」

ドキドキしなくなってきた、と思ったらやっぱりドキドキしてきた。こんなんじゃ集中できないし、取り巻きの子たちと変わらないよ・・。と思ったら湊くんが私の手を優しく握る。

「・・稲荷さん、大丈夫じゃないのは僕かもしれない。僕、稲荷さんと一緒にいて楽しいって思っているし、稲荷さんに手紙を書いて、こうして勉強会と称してふたりきりの時間を作ってる。今までこんなこと、したことなかったからすごく緊張してる。」

ちょっと待って。勉強のことよりも今の湊くんの言葉を受け止めきれていない。本当?私と一緒にいて楽しいって本当?よく見たら湊くんも少し顔が赤くなっている。

「・・本当、だよ。僕は大河みたいに稲荷さんと話せる時間が長いわけじゃないから、朝早く家を出てみたりしたわけ。島香先生や寄ってくる子、母親の影響で女の子といるのは避けようって思ってたのに。」

え?島香先生や取り巻きの子たちは分かるよ。お母さんの影響で女の子といたくないってどういうことだろう?沈黙が続いて、なにか言い出そうとした時、扉が開く。

「みーなーとーん!!たっだいまー!!静かだったから上がってきちゃいました!」

「母さん。勝手に入らないでと何回言ったら・・。」

サラサラとした金髪、吸い込まれるような青い瞳。私でも分かる。こういう人が美人さんなんだって。

「あらー、みなとんが女の子連れてくるなんて珍しいわね!この間の件で女性恐怖症になっちゃったんじゃないかって心配したけど、安心したわ。・・あ、私、瀬名美奈子です。湊の母親で医師やってまーす!みなとんとも一文字違い!」

「い、稲荷ほのか・・です。湊くんにお勉強を教わってました・・。」

私がビクビクしながら自己紹介をすると、美奈子さんは私を抱きしめて頭を撫でてくる。湊くんのお母さん・・なんだよね?正直に言うと、ギャルママだ・・。

「はーい!タイプは違うけど、みなとんのママです!居間に置いてあったお菓子はほのかちゃんからね、本当にありがとう!!みなとんのクッキー持っていって!!」

「・・母さん、稲荷さんから離れて。クッキーは僕の方で渡しておくから。」

湊くんの凍りつくような声に美奈子さんが「やだあ」と返して、私から離れる。湊くんと美奈子さんの温度差がかえって気まずい。

「じゃあ、僕クッキーを包んでくるから。・・稲荷さんに手を出したら本気で怒るからね。」

湊くんはそのままⅠ階に降りていった。その後、美奈子さんが私の顔を見て言う。

「湊はね、友達を家に招くとかしない子なのよ。学校でも色んな人に声はかけられているみたいなんだけど、自分の外側しか見てくれないからと距離をおいて・・。友達も大河くんとなおきくんしかいないのよ。だから、ほのかちゃんが支えてくれたら嬉しいわ。あんなに本気で怒る湊、見たことなかったから私も嬉しいのよ。」

美奈子さんは仕事があるからと自分の仕事部屋に向かっていった。すれ違いに湊くんが戻ってきて、クッキーを私に手渡す。

「ごめん、母さんという名の邪魔が入って・・。とりあえず、今日はお疲れ様。」

「ううん、気にしてないよ。今日はどうもありがとう! えっと、土日って言っていたけど2日連続はやっぱり悪いよ。」

「そうだね・・。母さんが帰ってきたのは予想外だった。父さんは日曜休みだから・・。稲荷さんがよければ来週は稲荷さんの家に行ってもいい?」

「もちろん。あ、うちはお母さんとおばあちゃんがいつも家にいるけど大丈夫?部屋に勝手に入ったりしないから・・。」

来週は私の家で勉強会をすることになった。湊くんは、私のお母さんやおばあちゃんに挨拶がしたいって言ってくれた。今日はこのままお開きということになって、私はそのまま家に帰った。湊くんからもらったクッキーをこっそり食べた。今日を思い出しながら食べたクッキーはすごく甘かった。

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