第23話:自由記述欄
その年、学校ではいじめに関するアンケートが実施された。
配られた紙には数項目のチェックボックスと、いくつかの設問。
そして最後に「いじめを防ぐためにはどうすればいいかという問への自由記述欄」があった。
設問の冒頭には、こう書かれていた。
「いじめとは、いじめられたと本人がそう感じた瞬間にいじめになる。」
その文を読んで、彼は黙ってペンを走らせた。
「本人がいじめと感じればいじめである、というなら、客観的にいじめを判断する材料はないということになる。つまり、何をしてもいじめになる可能性があるということだ。そんなあいまいで個人的な感覚にすべてを委ねて、どうやって『防ぐ』なんてことができるのか。設問自体が、答えのない問いになっている。この設問は愚問である。」
彼は淡々とそう書いて、呆れながら何の期待もなく紙を提出した。
数日後、アンケートの集計結果が発表された。
全体の傾向、数値、取り組むべき課題・・・それらは無難な言葉に包まれていた。
自由記述欄に彼の文章が引用されることはなかった。
担任も、生活指導の教師も、誰一人としてその内容に触れなかった。
あんな愚かな設問を用意する教師たちには理解ができなかったのかもしれない。
翌週から、何も変わらない日常が再び始まった。
廊下の隅では相変わらず誰かが誰かを笑っていたし、教室の空気には、言葉にされない上下関係が漂っていた。
いじめがいじめであるかどうかは、誰かが「そう感じるかどうか」で決まる。
ならば「感じなければ」何も起こらないし、「そう感じたかどうか」もわからない。
アンケートだけが、今も職員室の棚に積まれている。
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