第19話:臨界

始まりは、夢だった。


鍵をかけるのを忘れていたことに気がつき鍵を閉めた。

するとすぐに、ドアがガンと揺れた。


ドアスコープを覗いた。

誰かがいた。

フードをかぶった男。

顔は見えない。

ただ、確かにこっちを見ていた。

それから舌打ちのような音を立てて、男は消えた。


目が覚めたとき、冷や汗をかいていた。

それ以来、その夢を見るようになった。


鍵をかけるのが一瞬でも遅れれば、あいつがドアを引いてしまう。

毎回、ギリギリのタイミングで間に合い、舌打ちして去る。


なぜか毎晩、同じことが起こる。

夢だとわかっていても、油断できない。


そのうちに、夢を見る前から鍵を何度も確かめるようになった。

夢の中でも、現実でも。


鍵をかけることが、自分の仕事のように思えてきた。


「今日も閉めた。だから大丈夫」


そう言い聞かせて、眠りにつく。


ある晩、夢の中で母が言った。


「ちょっと外に出てくるね」


いつも通り、鍵を閉めた直後だった。


「やめて」と言った。

「今日は、だめだ」

「なにが?」と笑う母に、言葉が続かなかった。


ドアが開いた。

母が出ていった。

その先に、あいつがいた。

背を向けて歩いていた男が、母の背中が通り過ぎた瞬間、振り返る。

顔は、やはり見えない。

だが、視線はまっすぐに、俺を射抜いていた。


次の瞬間、走り出す。

こちらに向かって一直線に。


ドアが開け放たれたまま、動けない俺に向かって、男は包丁を突き立ててきた。

冷たい衝撃が胸を貫いた瞬間に、目が覚めた。


朝だった。

布団の中にいながら、汗でシャツが肌に貼りついていた。

起きてすぐに、玄関へ向かう。

鍵は、ちゃんと、かかっていた。


わかってる。

ただの夢だ。

でも、とりあえず母には文句を言っておいた。

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