第13話:知らない人

実家に帰って、荷ほどきをしていたら、押し入れの奥から古びたアルバムが出てきた。


茶色い表紙に、ひび割れた金色の留め具。どこかで見た記憶がある。


開くと、色褪せた写真。若い母が、誰かと肩を並べて笑っている。

遠くからのスナップには、砂浜を歩く父の姿もある。少し斜に構えたような立ち方。


二人とも、知らない顔をしていた。


そういえば、と男は思う。

父と母がどこで出会ったのか、何が好きだったのか、何を考えて生きていたのか。

そんな話、聞いたことがなかった。


自分の人生の最初にはもう、彼らは「親」としてそこにいて、すでに大人で、すでに何かを終えたような顔をしていた。


けれど、その前のことは、自分にとっては完全な空白だ。


ページをめくるごとに、何気ない日常の中で過ぎ去った時間が目の前に広がっていく。


幼い頃の自分、まだ見ぬ父と母の若かりし頃の姿。


それらを眺めながら、ふと、自分が生まれる前のこと、父や母がどんな風に生きてきたのかを知りたくなった。


アルバムを閉じて、ふと立ち上がる。

廊下を歩いて、居間のふすまを少し開けた。


母が台所で味噌汁を温めている。

父は食卓で、焼酎を少しだけ飲んでいた。

テレビの音がぼんやり流れる中、二人とも何も言わない。


何十年も続けてきたような、変わらない時間。


その背中を見て、男は言葉を飲み込む。


今さら、聞けるだろうか。

今さら、「あなたたちは、どんな人だったんですか」なんて。


ふすまを静かに閉じて、手元のアルバムを見つめた。


そのとき。


「ご飯、できたよー」


台所から母の声が静かに響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る