最終章

8-1 やっと伝えたられたね

屋上には、まだ夜風が残っていた。

遠くで聞こえる笑い声、炎の爆ぜる音。

でも、ユイの意識はどこか遠くを彷徨っていた。


手の中にもうペンダントはない。

あんなに何度も見つめて、何度も願ってきたそれは、もう──どこにもない。


ぼんやりと、キャンプファイヤーの火を見つめながら、ユイはふと呟いた。


「……あれ、私、なにしてたんだっけ……?」

 ユイの瞳に光が戻った。


その声に、リョウがそっと隣に立ち、彼女の肩に手を添える。


「ユイ」


その名前を呼ばれただけで、胸の奥がじんと熱くなる。

ユイはゆっくりと振り返り、そして言った。


「……なんだか夢みたい。いくつもの時間があって、私、遠回りして、間違えて、壊して……」


涙が滲む。


「許されるわけ、ないのに……」


リョウは何も言わず、そっとその涙を指でぬぐった。

彼の目はまっすぐにユイを見ていた。


「ユイ……もう、いいんだよ。過去も、後悔も、全部。俺はここにいる」


ふわりと腰に腕を回して、優しく引き寄せる。


「もう、手放さない。絶対に」


その言葉は、迷いも、恐れもなかった。

ユイはその腕の中で、涙のまま小さく笑って、顔を上げた。


「リョウくん……ずっと、ずっと前から……私……」


震える声。震える瞳。

彼女の言葉を、リョウは唇で受け止めた。


──そっと、唇が重なる。


一度目は、確かめるように。

静かに、触れるだけ。


ユイのまつ毛が震えた。

リョウの胸の鼓動が、ユイの肩越しに伝わる。


二度目は、もう少し深く。

想いを込めるように、ゆっくりと。


そして、三度目は……

ようやく、ふたりが「いま繋がっている」ことを実感するように、

長く、あたたかく、すべてを委ねるようなキスだった。


火の粉が舞い上がる夜空。

風が髪をなでる中で、ふたりの影がひとつに溶けてゆく。


過去の痛みも、涙も、たくさんのすれ違いも、

この瞬間だけはすべて包まれて、静かに癒えていった。


──もう、大丈夫。


それぞれの唇が離れるたび、

ふたりは小さく微笑みを交わす。


「私、リョウくんのことが…好き。ずっとこの光景を見たかったんだ。」


「俺もユイさん…いや、ユイの事が好きだ。遅れてごめん。」

「やっと君に伝えられた」


ようやく、ちゃんと恋人になれた。

そんな確かなぬくもりだけが、そこに残っていた。

ふたりはその余韻を確かめるように、しばらく静かに抱き合ったままだった。

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