カクヨムでの小説創作論:異世界転生
本稿は、小説投稿サイト「カクヨム」における「異世界転生」ジャンルの隆盛と変容を多角的に分析する。人気作品の傾向、読者層、作家動向、プラットフォーム特性、そして「追放」「悪役令嬢」「スローライフ」「ダンジョン配信」など多様化するサブジャンルに着目。「小説家になろう」との比較やKADOKAWA運営の影響も踏まえ、カクヨムが独自の進化を遂げ、Web小説トレンドの発信源となっている現状を論じる。
1. 序論:Web小説時代の寵児、異世界転生
現代日本のポップカルチャーにおいて、「異世界転生」は巨大な潮流を形成するジャンルである。その定義は概ね、現代日本などの現実世界に生きていた主人公が、何らかの理由で死亡した後、多くの場合、前世の記憶を保持したまま、剣と魔法が存在するようなファンタジー世界に新たな生を受ける物語を指す。このジャンルはライトノベル、漫画、アニメ、ゲームと多岐にわたるメディアで展開され、特に2000年代後半以降、Web小説投稿サイトの興隆と共に爆発的な人気を獲得した。
数あるプラットフォームの中でも、KADOKAWAグループが運営する「カクヨム」は、「小説家になろう」(以下、なろう)と並び、異世界転生ジャンルの主要な揺籃(ようらん)であり、発信地となっている。本稿では、このカクヨムというプラットフォームに焦点を当て、異世界転生ジャンルがどのように受容され、どのような特徴を持ち、いかに進化してきたのかを、人気作品の傾向、読者層、作家動向、そしてジャンル内の多様化といった観点から多角的に論じる。
2. 異世界転生ジャンルの簡潔な歴史:なろうからカクヨムへ
異世界転生ジャンルの直接的なルーツは、20世紀後半のライトノベルやファンタジー作品に求めることができるが、その爆発的な普及とテンプレート化は、21世紀初頭、特にWeb小説投稿サイト「小説家になろう」の登場と発展に深く依存している。
初期のWeb小説における異世界ものは、「転移」(生きたまま異世界へ移動する)が主流であった。しかし、2010年代に入ると、徐々に「転生」(死後に記憶を持ったまま異世界で生まれ変わる)の人気が高まっていく。この流れを決定づけたとされるのが、2012年になろうで連載開始された理不尽な孫の手『無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜』である。本作は、現実世界で後悔の多い人生を送った主人公が、異世界で赤ん坊から人生をやり直し、前世の知識と経験を活かしながら成長していく物語であり、長期にわたって絶大な人気を誇った。
『無職転生』の成功は、「トラック事故死」「神様からのチート能力付与」「中世ヨーロッパ風ファンタジー世界」「ステータスやスキルといったゲーム的要素」「現代知識の活用(知識チート)」「圧倒的な力による無双(俺TUEEE)」「ハーレム展開」といった、後の異世界転生作品で繰り返し用いられることになる多くのテンプレートを確立・普及させる上で決定的な役割を果たした。
また、川原礫『ソードアート・オンライン』(2009年書籍化、2012年アニメ化)の大ヒットは、仮想現実MMORPGを舞台としたり、ゲーム的なシステムを物語世界に組み込んだりする潮流を加速させ、異世界ジャンル全体の裾野を広げる一因となった。
これらの先行作品群によって形成された土壌の上に、2016年にサービスを開始したカクヨムは、後発ながらも異世界転生ジャンルの重要なプラットフォームとして急速に成長していく。
3. カクヨムにおける異世界転生ジャンルの特質
カクヨムにおいて、「異世界ファンタジー」は最も作品数が多く、活発なジャンルである。その人気はランキングを見れば一目瞭然であり、週間・月間・年間を問わず、常に上位の多くを異世界ファンタジー作品が占めている。この背景には、カクヨム特有のいくつかの要因が存在する。
3.1. 読者層とプラットフォームの性格
カクヨムのユーザー層は、公式発表によれば若年層の男性が中心であり、特に18歳から34歳までの層が過半数を占める。これは、運営元であるKADOKAWAが持つライトノベルレーベル(電撃文庫、ファンタジア文庫、スニーカー文庫、MF文庫Jなど)の読者層と重なる部分が大きいと考えられる。このため、カクヨムでは男性向けの異世界転生作品、特にバトル、ハーレム、チートといった要素を含むものが強い支持を集めやすい土壌がある。
3.2. 「なろう」との関係性と「受け皿」としての機能
異世界転生ジャンルの本家ともいえる「なろう」では、2016年に異世界転生・転移作品を総合ランキングから分離するシステム変更が行われた。これは、ジャンルの過熱とランキング独占状態を緩和する目的があったとされるが、結果として、男性向け異世界作品を書きたい・読みたい作家や読者の一部が、そうした制限のないカクヨムへと流れる動きを生んだ。2019年前後にはこの傾向が顕著になり、カクヨムは「なろう」で伸び悩んだ男性向け異世界ファンタジーの有力な「受け皿」としての地位を確立した。これにより、カクヨムでは異世界転生ジャンルが(なろうのような形では)隔離されず、プラットフォームの中心であり続けるという状況が生まれた。
3.3. KADOKAWA運営の影響
カクヨムがKADOKAWAグループによって運営されていることは、作品の商業展開において大きな意味を持つ。カクヨム発の人気作品は、KADOKAWA系のレーベルから書籍化されたり、コミカライズ、アニメ化といったメディアミックス展開につながったりする可能性が高い。この「商業展開への近さ」は、プロ・アマ問わず多くの作家にとって魅力であり、有望な作品が集まるインセンティブとなっている。定期的に開催される「カクヨムWeb小説コンテスト」も、KADOKAWA各編集部が審査に参加し、受賞作の商業デビューを約束する重要な機会であり、異世界ファンタジー部門は常に注目度が高い。
3.4. プラットフォーム機能の影響
カクヨムのランキングシステム(週間ランキング重視)、レビューや★評価の仕様(誰が評価したか作者に分かる)、応援コメント、近況ノートといった機能は、作者と読者の間のエンゲージメントを高めやすいとされる。一方で、PV数自体はなろうに比べて伸びにくいという声もあり、作者はプラットフォームの特性に合わせた戦略(例:継続的な更新による週間ランキング維持)を求められる側面もある。
4. カクヨム発のトレンドと多様化する異世界
カクヨムの異世界転生ジャンルは、単なる「なろう系」の模倣に留まらず、独自の進化と多様化を遂げ、新たなトレンドを生み出す原動力となっている。
4.1. 人気作品の共通要素
ランキング上位作品に共通して見られるのは、やはり「チート能力」とそれによる「無双・成り上がり」である。読者が求める爽快感やカタルシスに応えるこの要素は、ジャンルの根幹として依然強い支持を得ている。加えて、「ハーレム」要素や、迫力ある「バトル描写」、RPGのような「ゲームシステム」の導入も定番の人気要素である。
4.2. カクヨムで隆盛するサブジャンル
異世界転生という大きな枠組みの中で、カクヨムでは特に以下のようなサブジャンルが活発に書かれ、読まれている。
1. 【追放もの(ざまぁ系)】: 主人公が所属していたパーティーや国から理不尽に追放されるが、実は有能であり、追放先で成功を収め、追放した側が没落する(ざまぁ)展開。このパターンは、読者の鬱憤を晴らすカタルシス効果が高く、2018年頃から急増し、カクヨムの人気サブジャンルとして定着した。『願ってもない追放後からのスローライフ?』のように、追放をきっかけに穏やかな生活を始めるタイプも人気がある。
2. 【悪役令嬢/悪役転生】: 乙女ゲームや小説の「悪役」に転生してしまう物語。女性主人公の「悪役令嬢」ものは、破滅フラグ回避のために奮闘する姿や、恋愛模様、貴族社会での立ち回りなどが描かれ、女性読者を中心に絶大な人気を誇る。カクヨムコンテスト受賞作『剣聖悪役令嬢、異世界から追放される~…』のように、追放要素や高い戦闘能力を持つなど、多様なバリエーションが生まれている。近年は、『怠惰な凌辱貴族に転生した俺~』のように、男性主人公がゲーム内の「悪役貴族」に転生し、原作知識や自身の努力で運命を覆していく「悪役転生」ものも人気を集めている。
3. 【スローライフ系】: 世界の危機を救うといった壮大な目標ではなく、異世界での穏やかな日常生活に焦点を当てた物語。農業、ものづくり、料理、店の経営などを通じて、地に足の着いた幸福を追求する姿が描かれる。チート能力も戦闘ではなく生活向上のために使われることが多い。現代社会のストレスからの解放感を求める読者に支持され、追放ものと結びつくケースも多い。
4. 【逆転生/勇者帰還もの】: 異世界から現代日本へ帰還、または転生してくる物語。『勇者として召喚されて30年…。元の世界へ戻されたので今度は平穏に暮らしたい』のように、異世界で強大な力を得た主人公が、その力を(時に持て余しながら)現代社会でどう生かしていくかを描く。異世界ジャンルの設定を反転させた新鮮さが魅力となっている。
5. 【現代×異世界融合(ダンジョン配信など)】: 現実世界にダンジョンやモンスター、魔法といった異世界要素が出現するタイプの物語。特に、ダンジョン攻略の様子をインターネットでライブ配信する「ダンジョン配信」ものは、カクヨム発の大きなトレンドとなった。『妹の迷宮配信を手伝っていた俺が~』などのヒット作が生まれ、現代ファンタジー部門を席巻している。この流れは、異世界転生ジャンルにも影響を与え、現代と異世界がより密接にリンクする設定の作品も登場している。
4.3. カクヨム発トレンドの影響力
これらのサブジャンルの隆盛は、カクヨムの異世界ファンタジーが多様な読者の嗜好に応えうる豊かな生態系を形成していることを示している。注目すべきは、追放もの、悪役転生もの、ダンジョン配信ものなど、カクヨムで人気に火がついたトレンドが、後に「なろう」など他のプラットフォームにも波及し、Web小説全体の流行を形成するケースが見られる点である。これは、カクヨムが単なる後発・追随者ではなく、Web小説のトレンドセッターとしての役割を担いつつあることを示唆している。
5. 課題と未来展望:進化は続くのか
異世界転生ジャンルは、カクヨムにおいて圧倒的な人気を誇る一方で、その隆盛ゆえの課題も抱えている。
5.1. 飽和感とマンネリ化
膨大な数の作品が日々投稿される中で、類似した設定や展開の作品が増え、「またこのパターンか」という飽和感やマンネリ化を指摘する声は絶えない。特に、安易なチート能力によるご都合主義的な展開や、テンプレートをなぞっただけの物語は、読者の食傷を招きやすい。
5.2. 独自性とテンプレートのバランス
作家にとっては、読者に受け入れられやすい「お約束」(テンプレート)を踏襲しつつ、いかに独自性や新鮮さを打ち出すかが大きな課題となる。完全に斬新な設定よりも、既存の枠組みに巧みな「ひねり」や「新しい解釈」を加えた作品が成功しやすい傾向は、安定した人気を支える反面、ジャンルの大きな変革を抑制する可能性もある。
5.3. 多様化の推進と今後の可能性
カクヨム運営側も、コンテストのテーマ設定などを通じて、ジャンル内の多様化を意識的に促している側面がある。「おひとりさま」「家族愛」「職業もの」といったキーワードは、単なる異世界での冒険譚に留まらない、多様な物語への需要を示唆している。
今後、カクヨムの異世界転生ジャンルは、既存の人気サブジャンルがさらに細分化・深化していく一方で、全く新しい発想のサブジャンルが勃興する可能性もあるだろう。例えば、異世界転生という設定自体を批評的に扱ったり、倫理的な問いを投げかけたりするような、より複雑なテーマ性を持つ作品が増えることも考えられる。また、AI技術の発展などが、新たな物語の着想源となるかもしれない。
6. 結論:カクヨムと異世界転生のダイナミズム
カクヨムにおける「異世界転生」ジャンルは、単なる流行現象を超え、プラットフォームの中核を成す巨大な文化圏となっている。その根底には、現代社会に生きる読者の現実逃避願望や自己実現欲求に応える根源的な魅力がある。しかし、カクヨムの異世界転生は静的なものではない。読者の嗜好、作家の創意工夫、プラットフォームの特性、そしてKADOKAWAという巨大メディア企業の商業戦略が複雑に絡み合い、常に変化し続けるダイナミックなエコシステムを形成している。
「なろう」からの影響を受けつつも、独自の読者層と文化を育み、「追放もの」や「ダンジョン配信」といった新たなトレンドを発信するに至ったカクヨムは、Web小説、ひいては日本のポップカルチャー全体における異世界ジャンルの未来を占う上で、今後も極めて重要な位置を占め続けるだろう。テンプレートへの依存と飽和感という課題を抱えながらも、その内側から絶えず新たな変異種を生み出そうとするこのジャンルの進化の旅は、まだ終わる気配を見せていない。
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