第3話

僕が作曲すると決まってから2週間。出来上がった曲を、二人に披露して見せた。

「ほお、こんな風にしたんか!」

木場が、拍手をしながら言う。

「遠い存在になった君に、恋を描く…か。儚い恋って感じはするね」

志登が冷静に評価してくれる。

「儚い恋だからな、もういないし、当時は大物だったからさ、どちらにせよ、遠い存在に変わりはねえよ」

そう言うと、二人とも納得したように頷いた。

「ところで、これ和谷に聴かせたのか?」

木場に聞かれ、僕は首を横に振った。

「まだ聴かせてないけど、今日帰りに聴かせようと思う」

そう言うと、また二人は頷いた。


「…ほお、うん。すごい!いくつも言いたいことが出た!」

まさかの、張本人には不評だった。

「なーんで!?絶対いいと思ったんやけど…」

「うん、まず、私もう死んでるから、明るい音程よりかは、儚い方が伝わるんじゃないかな」

僕は、メモをするためスマホのメモ機能を開いた。

「次に、ここの歌詞なんだけど…」


気が付くと、メモ機能には二桁個数の指摘が書いてあった。

「…多くね?」

「…まあ、そうね」

和谷は苦笑いを浮かべながら、そう言った。

「…最後!」

そう言うと、和谷は僕の横から立って、前に来た。そして、顔を近づけてから、

「私は『遠い存在』じゃありません!」

と、言った。

「私は、すぐそこにいるんだから。そうじゃない?」

和谷がそう言うと、僕はこの歌詞にした意味を話した。

「和谷は、元々すごい有名な、いわばインフルエンサーだったじゃないか。今は死んでるし、遠い存在に変わりはなくないか?」

そう言うと、和谷は、ゆっくりと、優しく口を開いた。

「朝陽、私は何者でもないよ」

和谷はそう言うと、「そろそろ帰ろう!」と言って、駆け出した。

「何者でもない…は嘘だろ」

僕にとって和谷は…



文化祭まで残り一か月となった。

「いやー意外とうまくいってんな!」

木場がいつも通り声高らかに言う。今日は音楽室を借りて練習している。

「そうだね…で、西川は?」

志登が僕に向けてそう言う。

「うん…ギターとか、音程はできたけど、あとは歌詞かな」

「まあ、ゆっくりでいいよ。ギターのコードとか、教えてな」

志登と木場は、僕の肩に手を置いて「がんばれよ」と、優しく言ってくれた。

「にしてもお前、和谷のこと好きよなー」

木場が突然、そう言った。

「わかりきってる事じゃん、そんなこと。ね、西川」

「…まあ、そうだね」

僕は少し恥ずかしがりながら、小声でそう言った。

「なんでそんな好きなん?」

木場に聞かれ、僕は少し考えてから、話し始めた。

「和谷は、僕を壊してくれたから…」

そう言うと、二人は「ん?」と言いながらも、続きを聞いてくれた。

「僕は、人が怖い、誰も信用しない、そんな人間だった。でも、和谷は、僕に何度も話しかけてきた。最初は怖かったよ。こいつ、なんか利用してんじゃないかなって。でも、理由を聞いた時、和谷は『ただ話したいから?』とだけ言って、いつも通り話してくれたんだ」

そこまで言うと、二人は「ほえー」と、驚いたように言った。

「あいつ、やっぱ優しいのな!」

木場がそう言ったので、僕は頷いた。

「…ならさ、西川」

「…ん?ぉわ、ちか…」

「それを歌詞にしたらいいんじゃね?」

志登が突然、顔を近づけて、僕に言った。

「…そっか、それを歌詞に…うん、やってみるだけやってみるよ」

何となくの目安は着いた。あとは、歌詞にするだけになった。


「なるほどね、歌詞はそういう感じにするのね」

帰り道、今日も相変わらず駅まで迎えに来てくれていた和谷と帰りながら、開始の事を話した。

「でも、へえー、そこが好きだったんだぁ~」

からかうように和谷は言う。

「そうだよ、あの頃、恋に落ちたね」

「本人を目の前に、よく言えるわね…」

「だって、また突然いなくなる可能性だってあるだろ?」

僕がそう言うと、和谷は立ち止まって、僕に言った。

「ねえ、朝陽、一つだけ約束して」

「ん?なに?」


「…私は、朝陽とずっと居たい。だから、私が居ないときも、私はすぐそこにいると思っていてほしい。だから、朝陽は朝陽で、ちゃんと生きてね」


「…当たり前だろ、ずっと一緒や」


少し間を開けて、和谷は言った。


「ありがとう」


その笑顔を、僕は一生、忘れないと思った。

次の日、いつも通り迎えに来たのは、和谷ではなく、和谷のご両親と、僕の両親だった。


「うちの妃花が、お世話になりました」

和谷のご両親は、開口一番そう言った。今いるのは、和谷の仏壇の前。本当に死んでいたのか、最近忘れていたが、本当なもう帰ってこない存在なのだと、改めて理解した。

「妃花は、あなたから聞きたいことがあったらしいの、だから、今回特別に、姿を現せるようにしたの」

和谷のお母さんがそう言うと、仏壇の方を向きながら、「妃花は…」と、続けた。

「妃花が死んだのは、事務所のせいだって知っているでしょう?」

「…はい」

「それをあなたが知ったとき、あなたは事務所を訴えようとした、そうでしょう?」

「…もちろんです」

「…妃花は、あなたにはそうして欲しくなかったの。あなたが、何者かになることを、拒んだの」

…何者かになるのを、拒んだ…?

「妃花は、あなたが注目を浴びれば、あなた自身に迷惑がかかる、そしてあなたは、もしかしたら、事務所を追い込もうとするかもしれない。あなたが、あなたらしく居られなくなるかもしれない、と」

和谷のお母さんは、そこまで言うと、僕の手を握って言った。

「妃花は、あなたの側にいる。だから、何者にもならないであげてほしい。妃花にとって、特別で、大好きな、薄汚い社会なんてものに触れない、そんな、『何者でもない人』で、いてあげてほしい。居場所は、そういう人が大切なの…」


改めて気が付いた、和谷の存在の大きさ。でもそれは、僕を壊し、それでも、何者でもなくあり続け、僕の居場所を作ってくれた、和谷自身がいたから。


今すぐ、君にもう一度会いたい。突然すぎる別れ。それが訪れることを望んでいなかった。


泣き腫らした僕に、君は言うんだろうな。

「そばにいるから、ありがとう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る