隠れ里

 詫びも兼ねてハウンド家で一宿一飯のおもてなしを受けることになった。


 元々サイの申し付けで泊める予定ではあったそうだ。ベリガの中では。

 先を急ぎたいところではあるが、日も傾きつつあったので正直助かる。


「ガハハハ、アンタ結構イケる口だな!」


 タローは食事が始まったばかりだと言うのにだいぶ出来上がっていた。

 豪勢な食卓にはある程度の野菜と多めの肉料理、あとは加工食品と酒が並んでいる。この里の規模では手に入らなそうなものもあるが……どこかと交易があるんだろうか。


「魔族にも色々いるんだな。子供かと思ってた」


 並々と酒を注がれた杯を煽る私を、ジローが不思議そうに眺めてくる。ベリガと同じ歳か歳上だといったらどんな反応になるだろうか。


「魔都でもよく間違えられます。服屋に行けば子供用を仕立てられますし、酒場に行けばミルクを出されますね」

「フハッ、そんな感じなんだな」


 嘘だ。服は自分で拵えるし、酔わない酒をわざわざ飲みに酒場へ出向きもしない。この容姿で生きてきた私の鉄板ジョークだ。嘲笑でも頂けるだけ嬉しい。

 それにしてもこの里で小鬼種等の他種族は珍しいようだ。思えば他の里人は人狼以外に人猫と森猛族っぽいのもいたが、どれも亜人種で魔族の中では比較的人間に近い。近いどころかだいぶ人間ではないだろうか。少年など見てくれは人狼の要素が全くない。


 ……まさかとは思うが。


「そういえば宰相様から詳しく聞いていないのですが…ここはどういった里なのでしょうか?」


 直接聞いてみることにした。サイが絡んでいるからほぼ答えは出ているようなものだが、当人の口から出る言葉が、歴史が知りたくなった。


 食事の場は静まり返り、自分の鼓動の音だけが強く聞こえている。

 やや深刻そうな表情のベリガが重々しく口を開く。


「ここは魔族と人間の間に出来た子、人魔の者達の為に作られた隠れ里でございます」


 刹那、強く息を呑んだ。心臓が鈍器で叩かれ、頭頂から電気が迸るようにビリビリと頭皮を伝っていく。杯を持つ手が震えないよう、必死で堪えた。


 そうか、いるんだ。

 私とラヴィ以外にも、魔族と人間の、混血が。


 話を続けようと口を開き、口角が上がっていることに気付いたので慌てて治した。


「そう、なんですね。宰相様とはどういった繋がりが?」


 きっと、ヤツは私にここを見せたかっただけではないだろう。ここまで完璧に隠匿された里を後から知るのは難しい。きっと設立から関わっているに違いない。


「儂が生まれる以前……今から150年前でしょうか。この里が作られた時から、ありがたいことに気をかけていただいているのです」


 思った通りだった。流石サイ、永く生きているだけはあって様々な事柄に首を突っ込んでいる。だが回答の言い方に引っかかるものがある。


「里自体を作った方が……他にいらっしゃるのですか?」

「はい、魔王ディズマ様でございます」

「ほあっ」


 また息を呑むことになる。ここでその名を聞くとは。

 先代魔王ディズマ・ローヴ・ザガンドリス、つまり私の父上だ。思ってもみない唐突な父親の過去話をどう受け止めるべきか悩む。深掘りすべきだろうか。

 いや、生まれる前と言っていたし、以降の管理を受け持ったのはサイのようだ。変に話を促してこちらの繋がりを聞かれるのも面倒なので聞き手に徹する。

 父上に関しては後で整理しよう。


「父からの伝えではディズマ様は人間界と魔界、どちらにも属せず迫害された者達の受け皿を用意してくれたと。お陰で今我々は健やかに暮らせております」


 少々追加の情報が貰えた。サイから聞いていた歴史上の父上とかなりイメージに乖離があるな。

 ほーん、興味深い。気になるところだが話を逸らそう。


「それにしても驚きました。外からだと全くこの里の存在に気付けなかったものですから」


 ここを形成したのが父上だというのなら納得だ。歴代最強と名高いからな。気付かなかった私の面目も保たれたというもの。


「本来この里はここで生まれたものか、人間、またはその血が混ざっている者しか入ることが出来ません」


 これにはシンイチが答えてくれた。ああ、だから真っ先に人間を疑われたのか。


「アンタはサイ様に細工でもされてるんだろ?じゃなきゃ入れないもんな」


 サイ様なだけに細工っつってなーと加えて一人で爆笑しているタロー。


「案外混血だったりしてな」


 そして鋭いジロー。こいつ怖いな。

 実際そうなのだが……今後私が現魔王とバレない保証はない。ここは誤魔化しておくに限る。


「恐らくこの羅針盤ですね。宰相様から頂いたもので旅の目的地を示してくれます」


 懐から出した羅針盤を開いて見せる。


「はぁーそりゃ便利だなぁ。ちょっと見せてくれよ」

「よせ、壊しかねない」


 タローに歯止めをかけるジロー。こいついい奴だな。


「しかしサイフォルド様はなぜこの里を目的地に登録したのでしょうか?」


 私が酒を飲むのを目にしてから敬語で接するようになったシンイチが切り込んできた。

 非常に痛いところを突いてくる。理由はそれとなく分かっているが彼らに話す訳にはいかない。うーん……どう誤魔化したものか。


「さ、さあ……宰相様のお考えまでは分かりかねます」


 割と本音だ。


「そういうところあるよなあの人」

「ああ、計り知れない」


 ナイスアシスト兄弟、助かった。というか他所でもそんな認識かヤツは。

 これ以上追及されないように話を戻そう。


「それでこれの指した方向へ向かったところ……岩しか見当たらなかったので故障か迷ったと思ってました」

「ふーん、それでウチの子見つけてここに来たってワケね」


 タローが骨の付いた肉を頬張っていた少年の頭に手を置く。よく見ると口内に鋭い牙がいくつも付いていた。そこだったか、人狼要素。


「あ、こいつサノスケ。俺の息子」


 笑って軽く会釈すると、サノスケは父親の陰に隠れてしまった。


「最近やんちゃでなぁ、勝手に結界の外出て遊んでるんだわ。困った困った」

「外に憧れがある歳だしな。ただ成人じゃないから無理だ」

「成人したらここを出ても大丈夫なんですか?」


 素朴な疑問をぶつける。ここ以外でも生きていくアテがあるのだろうか。

 ああそれでしたら、とシンイチが説明を始める。


「この里では外でも生きていけるよう変身魔術を教えてまして、それの修了をもって成人と認められます」

「それって!」


 思わず立ち上がってしまい注目を浴びる。

 咳払いをし、ゆっくり座り直して質問を紡ぐ。


「……それってセラ魔法かニア魔法だったりします?」

「い……いや、ギド魔法ですね」


 希望の糸が唐突に現れ、一瞬の内に断たれた音がした。足の力が抜けていく。椅子からずり落ちなかったことは褒めて欲しい。


 早くも旅の終了を期待してしまった。恥ずかしい。そんな簡単にはいかないことくらいわかっていただろうに。

 というかサイが関わっている里だ。冷静に考えれば彼の知らない魔術が使われていることはないだろう。


「……失礼、そうなると人間界で生きているここの里出身の方もいるってことですかね」

「そうですね、人間界に定住する者、番を見つけて帰ってくる者、ここに根を張り続ける者様々です。かく言う私も出戻り組で、一度人間界に行ったことがあります」

「俺はないぜー」

「俺も」


 三者三様だ、ことのほか自由な風習らしい。里人が出て行った先とやりとりもあるのだろう、加工食品や酒の豊富さの謎が解けた。


 そうか、生きていけるんだな人間界でも。


 自分の認識よりまだ不安が残っていたようで、胸のつかえが取れるような感覚があった。

 よし、待ってろよ人間界。



 タローが酔い潰れ、ベリガが寝てしまったあたりでお開きになった。

 片付けを申し出たがシンイチに客人だからと断られてしまう。寝るまでにはまだ時間があるので暇になってしまった。魔界の仕事も持ってこれれば良かったな。今度サイに提案してみるか。

 さて、夜風でも浴びてこよう。


 外に出ると辺りは既に真っ暗で、森の闇が口を開けてこちらを見ていた。あそこに見える森は結界の外のもののようだが……そもそもどういう仕組みなんだろうか。

 入り口はあの岩の隙間だと思うが、それ以外の場所で出入りは可能なのか?あそこに見えている森まで歩いていったらどうなる。結界の際に阻まれるか、それとも里の反対に跳ぶのか。


 ……ちょっと試してみようか。と、好奇心に駆られてポーチから降りたが、真横に人影あるのに気付き少し飛び退く。

 少年……サノスケがベンチに座っていた。


「こ……こんばんは」


 一応挨拶をしておいた。一度は口止めしようとしていたので若干後ろめたく感じる。サノスケはこちらを一瞥した後、何事も無かったかのように視線を足下へと戻した。10代なりたてのラヴィの反応にそっくりだ。なんだか懐かしくなってしまい、隣にお邪魔することにした。


「……なんだよ」

「昼間のお詫びをしとこうと思って。ごめん、驚かせちゃって」


 彼はもう一度こちらを眺め、口をへの字に結んでまた視線を落とした。ベンチの下では足が空を混ぜている。


「……別に、ビビってたわけじゃねーし」


 本当によく似ている愛らしい仕草で思わず笑いそうになってしまう。


「そっか、強いね。私だったら怖くて動けなくなってたかもしれない」

「……ハハッ、ダセーな」


 気を良くしたのか笑ってくれた。

 先程まで悄気ていたのは恐らく叱られたからだろう。食事の前少しの間母親と一緒に姿を消していた。我が子が結界から出て遊んでいるとなれば気が気でないのも理解できる。しかし……


「サノスケはどうしてあの時外に出ていたの?」


 一瞬目を見開いた後、言葉を詰まらせるように黙ってしまった。足もいつの間にか止まっている。

 こういった時は経験上答えを待ってあげた方が良い。しばらくの後、サノスケはぽつりぽつりと心情を吐露してくれた。


「……こんど妹がうまれるんだ。お兄ちゃんになるんだって。だから守ってやれるように……つよくなろうと思って」


 なるほど、それで隠れて特訓するために外に出ていたのか。まだ幼き自らを危険に晒しているのはあまり褒められたものじゃないが、同じ兄として気持ちはわかる。

 もう十分怒られたはずだ。無責任ではあるが私からは褒めてやろう。


「良い心がけだね、えらい」

「……っなでんなよ」

「おっと」


 うっかり気安い真似をしてしまった、反省。どうやら私の妹ロスが結構な域に達しているらしい。まだ1日目だ、気を引き締めねば。


「私も妹がいるんだ」

「そうなの?」


 サノスケは屈んだ体勢のまま上目でこちらを伺ってきた。頷いて返す。


「だから私も守ってあげられるように強くならなきゃね。その為に旅をしてる」

「ふーん……お前もそうなんだ」


 どこか嬉しそうだ。きっと仲間の兄がいて安心したのだろう。意を決したようにサノスケが立ち上がる。


「……おれ、もっとつよくなる」

「じゃあ勝負だね」

「おう!」


 うん、元気になってくれてよかった。気分もいいしこのまま寝てしまおう。

 貸してもらえた客室へ向かう途中、サノスケが小声で何か呟いでいた。


「だから、つよくなったら……」

「ん?」

「……なんでもない」


 小さく言葉を放つ彼の顔は夜の闇に溶け、よく見ることができなかった。




「行かれるのですね」

「はい、あまり長居はできないものでして」


 日が登ってすぐ出立の準備を始めたところ、ハウンド家は里入り口まで見送りに来てくれた。


「一晩泊めていただきありがとうございました。このご恩はいつか必ず」

「お気になさらぬよう。サイフォルド様には返しきれないほどの恩義がございますので、これくらい容易いものですよ。また気軽にお立ち寄りくだされ」


 ほっほとベリガが笑いながら答える。


「次はどちらに向かわれるのですか?」


 シンイチが疑問を投げてくる。


「ヴェスタカンテンですね。まあまあの距離ですけど」

「それでしたら道中に人間の集落がありますので、立ち寄ってもいいかもしれませんね。2つ山を越えたあたりで見えてくるかと」


 彼には里の説明から今に至るまで丁寧に対応してもらい感謝の意しかない。


「ありがとうございます」

「サイ様によろしくな」

「またな」


 タローとジローが手を振っている。

 少しだけ動き出すのを躊躇ってしまう。関わりができると別れは寂しくなるものだ。この先何回の別れを繰り返すのだろう。だが行かなければならない。


「では、また」

「まって!」


 急に呼び止められた。

 体を強張らせた後、振り返ると少し遠くでサノスケが仁王立ちしている。


「うおっどうしたサノスケ」

「なんだサノ坊」


 タローとジローを押し除けて彼は近寄ってきた。


「おれも行く!」


 耳を疑った。が、彼の頬は紅潮し、息が乱れている。どうやら本気の様だ。

 呆気に取られてからため息をついて彼に近寄る両親を片手で制止し、理由を聞いてみることにした。


「どうして行こうと思ったの?」

「おれもついてく、お前ひとりだと、その……不安だし……」


 なかなか殊勝な心がけに苦笑してしまう。ありがたい申し出だが断らせてもらおう。人間界で自分以外を守り切れる自信は今のところない。


「今から行くのは人間界って言って、あんまり魔物を良く思っていない場所なんだ。私たちにとっては結構危ないところなんだよ」

「おれがお前を守ってやるし!」

「嬉しいけど……妹はどうするの?家族のみんなは?」


 サノスケは黙って下を向いてしまう。

 まだそれらを天秤にかけられる歳ではないだろう。


「大丈夫、私こう見えて結構強いんだ。だから……」


 目尻に涙を浮かべた彼の頭に手を置く。

 どうしても重なるなぁ。


「サノスケはお母さんを守ってあげて。で、一緒に強くなろう」


 間を溜めてサノスケが静かに頷く。彼の両親へ視線を送ると安心したように笑ってくれた。こちらも笑顔で頷いておこう。


「じゃあ、改めまして」


 手を振って別れを告げる。すると一族総出で振り返してくれた。

 岩の隙間を通る直前、後ろから激励の言葉を投げかけられる。


「元気でなー!ピンコちゃん!」

「次来る時は旦那でも見つけて連れて来いよー」


 次訪れることを期待してくれている様だ。幸先の良い出会いに微笑む。いつ終わるかわからない旅だけど、目的を達成したその時はまたこの里へ待って今旦那って言った?

 バッと後ろを振り向く、が既に結界を越えた後だった。

 もしかして性別間違えられてた?ずっと?一族総出で?まさかサノスケも?

 ……

 …………

 まあ、いいか。




 次の目的地へ向かう途中、里での話を思い出していた。


『里自体を作った方が……他にいらっしゃるのですか?』

『はい、魔王ディズマ様でございます』


 決して公表こそしなかったが、父上は魔族と人間の間の子だ。私とラヴィは人間の血を四分の一受け継いでいることになる。


 父上の昔話は暴挙と偉業、その両方を大まかにサイから聞いていたため、混血の魔族としての父上に関する話は聞けていない。

 まあ父上と一緒に暮らす様になったのも私が20歳の頃からだし、一緒に暮らすと言っても魔王城における職場の上司、いや社長という感覚のが強かったし…腰を据えて直接本人から聞く機会は殆ど無かった。


 それでこの里の成り立ちを聞いた中で、なんとなくサイの目論見がわかった気がする。

 恐らくヤツは私に父上のことをもっと深く知って貰うつもりだ。この先にある多数の目的地でも、きっと父上の足跡が残されている筈。今回の旅のついでに、その目で見て、体感して来いということだろう。


 全く、本当に困るな父上の厄介ファンは。

 帰った時のチョップは1回多くしてやる。



 歩みを進める中、5年前の、父上の最期の言葉を思い出した。


『願わくば、お前たちは——』


『人と魔の因果から外れた、安寧の日々が送れますように……』


 ままならないものですね、父上。

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