第3話 アイリスの修行

リーナの母親・アイリスの修行は丁寧ながらも厳しいものだった。


剣の修行。


基礎体力を作る為に、腕立て、腹筋、走り込みと言ったトレーニングを毎日続けた。


アウトドアが好きで、良く外に出かけていたミサキにとっても厳しいもので、最初の内は、トレーニングメニューをこなすだけでも息絶え絶えになっていた。


ところが不思議な事に、トレーニングをこなせばこなすほど、どんどんと身体能力が付いていき、次々に負荷を重たいものに変えても、肉体はあっという間に適応する。


ひょっとしたら自分はこの世界に来たことで、あるいはこの世界の物を食べた事で、この世界のレベルに順応したのだろうか?


ミサキはそんな事を考えていた。


基礎体力が付いたので、今度は練習用の剣で素振りをする事に。


もちろん最初からうまく振れるはずもなく、何度もフォームを修正され、剣を振る練習を繰り返した。


フォームが綺麗になった後は、本物の剣を持ち、実際に物を切れるようにする修行。


まずは小さな木から始まり、少しずつサイズを大きくしていく。


何度も何度も、手を豆だらけにしながら剣を木に叩きつける毎日。


次第に剣の使い方も上手くなり、最終的には大岩をも切断するまでには上達した。


身のこなしの練習。


アイリスが風の魔法弾を放ち、それを回避する。


最初の内は弾速も遅く、ドッジボールのような感覚で回避できたが、次第に弾速は加速。


しまいには銃弾のような速度の魔法弾を避ける事になっていた。


普通だったらそんな速度の弾丸を身体に受けたら大変なことになるが、精々かすり傷ができるぐらいだった。


とは言え、全く傷つかないと言う訳ではなく、何度も何度も傷だらけになりつつも、集中して魔法弾を見極めようとする。


すると次第に、魔法の弾丸が、ゆっくりに見えるようになってきた。


武術の達人が、一瞬を何秒にも何分にも感じると言う、あの状態に入って来た。


そして、最終的にはアイリスの放つ風の弾丸を全て避けられるようになった。


魔法の修行。


まずは魔法適正を確認する所から始まった。


アイリスが魔法陣を書いた紙を寄こす。


そこに意識を集中させる事で、魔法の適正を把握する事ができるのだそう。


魔法の属性とは沢山あるが、基本となるのは6つ。


火、水、風、土、光、闇。


人はこの6属性のうち、1つの適正を必ず持っているんだそうだ。


ミサキが意識を集中させてみると、紙はチリチリと燃え始めた。


どうやらミサキは火属性らしい。


ちなみにアイリスは風、リーナは光属性だそうだ。


適正が分かった事で、次は魔法の操作を特訓する。


深呼吸し、意識を手のひらに集中させ、燃えるイメージを頭の中で作る。


揺らめく炎、その熱、輝き、それらを可能な限り正確にイメージし、言葉により実現する。


ファイア!


最初の内は火花を出すだけで魔力が底を尽きたが、それでもミサキは初めての魔法に興奮した。


練習を続けるうちに、どんどん魔力量も増えていき、その残量も感覚で把握できるようになっていた。


そして、何度も何度も繰り返し練習する事で、ちゃんとした炎を出せるようになった。


しかし、作るだけでは意味は無い、その炎を狙い通りに放てる特訓もした。


野球ボールを投げるのとは訳が違う。


ただ炎を出すよりも想像力、集中力、魔力の全てが必要で、最初の内はちゃんと飛ばす事すら難しかった。


届かなかったり、コントロールがうまくいかなかったり、ヘロヘロ球になったり。


しかし次第に速度と距離と精度は上がり、遠くの的にも届くようになっていった。


最終的には弾丸のような速度で炎の弾を飛ばせるようになっていた。


座学の修行。


流石に文字が全く読めない、書けないのは問題な為、簡単な単語だけでも読み書きできるように特訓した。


幸い、この世界の言葉の法則は、日本語と全く変わらない、ただ文字の形が違うだけだ。


それにほっとしながら、ミサキはすらすらと異世界の言葉と常識を覚えたのだった。


そして、異世界の常識に関しても軽く勉強した。


その時にアイリスはエルフ、リーナはハーフエルフと言う、長い耳が特徴の長命種だと言う事も教えてもらった。


料理の修行。


ミサキは料理自体は得意だった、が、冒険者になる為には、モンスターを調理する必要も出てくる。


モンスターの血抜き、解体手順、毒の有無などを軽くだが頭に叩き込んだ。


また、炎の魔法を使った調理法にも慣れておく必要があった。


冒険中には当然キッチンなんて使えない。


そのため、現代で調理をするのとは違う感覚での調理に慣れないといけなかった。


最も、ミサキはそれも直ぐにマスターした。


ミサキの料理は、アイリスとリーナには大好評だった。


調理に関しては、既に自分よりも腕は上ねと、アイリスの太鼓判を貰った。


そしてアイリスとの模擬戦。


剣技と魔法の両方を使いこなすアイリスは非常に強く、何度もボコボコにされた。


なんでもアイリスは昔は中級冒険者だったと言う。


人やモンスターには初級、下級、中級、上級、最上級の5ランクがあり、アイリスは3番目に高いランクだと言う事だから、強いのも当たり前だ。


最初はそれこそ手も足も出なかったものの、それでも着実に、着実に動きが良くなっていく。


何度も何度も今までの修行を反復し、何度も何度も挑戦して、ついにアイリスから1本取る事ができるようになった。


***


……あれから2年、ミサキは修行を終え、ようやく一人前の冒険者としての自信を持ち始めていた。


「ミサキさん、あなた……本当に立派になったわね」


「ありがとうございます」


すっかり大人びた表情でお礼を言うミサキ。


「ふふっ、もう私じゃ勝てないわね」


アイリスはそんな彼女の姿を見て、優しく微笑んだ。


「ちょっと待って頂戴。あなたに冒険者祝いを持ってくるわね」


すると、アイリスは奥から何かを持ってきた。それは、軽い鎧とロングソードだった。


「これは、私が若い頃に使っていたものよ。あなたにあげるわ」


ミサキは驚きながらも、それを慎重に受け取った。


「本当にいいんですか?」


「ええ、あなたならきっと使いこなせるわ」


その様子を見ていたリーナも、自分の気持ちを抑えきれなくなったように、勢いよくミサキの前に立った。


「私も一緒に行きます!」


「えっ?」


ミサキは驚きリーナを見つめた。


「リーナ……本気か?」


「うん!私もママやパパみたいな冒険者になりたいんです!だから、ミサキさんと一緒に旅をしたい!

私だってこの2年間、しっかり修行したんですから!」


リーナの言葉には、強い決意が込められていた。


「実は、ミサキさんに修行を付ける合間に、リーナにも修行を付けていたの。

どうしても冒険者になって、貴方の助けになりたいってね」


それを聞いたミサキは、自然と笑みを浮かべる。


「正直、一人じゃ分からないことだらけだから……一緒に来てくれるなら、すごく心強いな」


リーナは嬉しそうに微笑んだ。


「これからよろしくな」


「はい!よろしくお願いします!」


こうして二人は、本格的な冒険に出ることを決意する。


そして、まずどこに行くべきかを考えることにした。


「どこに行けばいいんだろう?」


ミサキが呟くと、リーナが地図を広げた。


ちなみに今居る所は「セントル王国」の中の「サーショ村」と言うらしい。


「リーナ、私はマナスポットに行きたいんだ」


「マナスポット?強い魔力が充満してるって噂の場所ですよね?そこに行ってどうするんですか?」


ミサキはペンダントを取り出し、リーナの目の前に掲げた。


その瞬間、リーナの表情が変わる。


「それ……ママの魔法のペンダントじゃないですか!」


「……本当のことを話すよ」


ミサキは深く息を吸い込んでから、静かに語り始めた。


「私は……本当は、この世界の人間じゃない。異世界から来たんだ」


リーナは息を呑んだ。


「異世界から……?あの絵本の勇者と同じ……?」


「うん、それで元の世界に戻る方法を探してるんだ。それで、リーナのお母さんに相談したんだ」


アイリスは静かに頷いた。


「ミサキさんの話を聞いたとき、思ったわ。

異世界を移動する方法、私には心当たりが無いけれど、もし、それができるとするなら、最上級魔法しかない。

恐らく、強力な魔導具が必要になると思うわ」


「それで、マナスポットを巡って、このペンダントに魔力を貯める……と言う事ですか」


リーナが理解したように頷く。


「それじゃあ、まず一番近いマナスポットは……ギノ村の虹の花園ですね!」


「虹の花園か……なんだか興味が湧いてきたな」


ミサキとリーナは顔を見合わせ、互いに決意を固める。


「じゃあ、まずはそこを目指そう」


こうして、二人の本格的な冒険が始まった。

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