第13話 事情聴取

<視点:私[ナツキ/リナ]>


数日後、約束の日時。リナの所属事務所の一室には、普段の華やかな雰囲気とは違う、重たい空気が張り詰めていた。シンプルな会議テーブルを挟んで、「私」とマネージャーの佐藤が座っている。向かいには、世田谷警察署から来たという二人の刑事。年配で鋭い目つきをした田中刑事と、記録用のノートPCを開いている若い佐倉刑事だ。


「リナさん、本日はお忙しいところ、また、少しデリケートな時期にこのような時間を取っていただき、申し訳ありません」


田中刑事が、落ち着いた、しかし有無を言わせぬ口調で切り出した。


「すでにご存知かと思いますが、現在、我々は大学生のナツキさんの行方を捜査しておりまして、その一環として、いくつかお話を伺えればと」


「はい…」


「私」は、わずかに俯き加減に、神妙な面持ちで頷いた。心臓は早鐘を打っているが、表面上は平静を装う。融合した意識の中で、ナツキの冷静さとリナの演技力が、総動員されている。隣の佐藤さんも緊張した面持ちで、固唾を飲んで見守っている。


「単刀直入に伺いますが、行方不明になっている『ナツキ』さんという大学生をご存知ですね?」


田中刑事の視線が、「私」の目を探るように注がれる。


「はい、存じております。ファンイベントと、その数日後に一度、カフェでお会いしました」


練習通り、よどみなく答える。


「カフェでは、どのようなお話を? また、彼の様子はどうでしたか?」


「ファンとして、いつも熱心に応援してくださっている、と…。私の出演した作品の感想などを、とても熱心にお話しされていました」


用意していた答えを、慎重に口にする。


「ただ… 全体的に、少し… 何か深く思い悩んでいるような、非常に真剣で、独特な雰囲気の方だな、という印象を受けました。私に何か個人的な相談をしたいような気配も感じましたが… はっきりとはおっしゃいませんでした」


ナツキが「思い詰めていた」という警察の仮説に沿うような印象を、さりげなく、しかし明確に植え付ける。


「なるほど…」


田中刑事は頷き、隣の佐倉刑事がメモを取る。


「実は、こちらの佐藤マネージャーからは、カフェでお会いした後、リナさんのご様子が少し優れなかったとも伺っているのですが… 何か、彼との間でトラブルのようなことは?」


(来た…)


「いえ、トラブルというわけでは…」


少し言い淀む演技も加える。


「実はお恥ずかしい話なのですが、その時、私自身少し疲れておりまして… 彼、ナツキさんが、私の古い知り合いに雰囲気がとてもよく似ていたものですから、私が勝手に勘違いをしてしまって、ひどく動揺してしまったんです。全くの人違いだったのですが…。それで、少し混乱してしまって。彼に失礼な態度をとってしまったかもしれません」


カフェでの自分の異常な状態を、「人違いによる動揺」と「疲労」のせいにする。これで、佐藤マネージャーへの説明とも辻褄が合うはずだ。佐藤も隣で小さく頷き、安堵の色を浮かべているように見えた。


「そうですか…」


田中刑事は表情を変えずに続ける。


「では、カフェでお別れになった後、ナツキさんとは?」


「いいえ、それきりです。あのカフェを出てからは、一度も連絡も取っていませんし、お会いもしていません。その後、彼がどうなさったかは、全く存じ上げません」


きっぱりと否定する。


ここで、田中刑事が、手元の資料に視線を移した。空気が、一段と重くなる。


「実はですね、リナさん。ナツキさんが行方不明になったと思われる日の午後ですが、あなたと思われる方が、彼が住んでいた三軒茶屋駅周辺の防犯カメラに映っていた、という情報がありまして」


核心に触れてきた、という緊張が走る。「私」の背筋がわずかに伸びるのを、隣の佐藤が感じ取ったかもしれない。


「何か、あの辺りにご用事が?」


刑事の目が、再び鋭くこちらを捉える。


「私」は一瞬、驚いたような、そして少し困ったような表情を作る。リナの演技力が最大限に発揮される。


「三軒茶屋に… ですか?」


少し考え込む間を置く。


「ああ… そうかもしれません…。実はお恥ずかしいのですが…」


やや言い淀みながら続ける。


「前の日にカフェで少し混乱したこともあって… その日は、いただいたお休みだったんですが、精神的にかなり参っていたんです。それで、少し気分転換が必要だと思って…」


「気分転換、ですか。三軒茶屋で?」


「はい… あの、少し前に、テレビの散歩番組か何かで、三軒茶屋に昔ながらの良い雰囲気の喫茶店があると紹介されているのを見たような気がしたんです。たしか、古いレコードがたくさん置いてあるような、静かなお店だったかと…」


具体的な店名は出さず、あくまで「そういう雰囲気の店」というニュアンスで語る。


「普段行かないような、そういう落ち着ける場所で、少しだけ一人になってボーっとしたくて…。本当に、衝動的に行ってみたんです。特に目的もなく」


「それで、その喫茶店には?」


「いえ…」


少し残念そうに首を振る。


「土地勘もありませんし、どのお店かまでは結局分からなくて。駅の周りを少し散策して、『やっぱり気分転換にはならなかったな』と思って、すぐに自宅に帰ってきてしまいました。だから、本当に短い時間しかいなかったはずですが…」


息を継ぎ、心配そうな表情で付け加える。


「まさか、そんな日に、あのナツキさんが行方不明になっていたなんて、今伺って、本当に驚いています…。何か、私にできることがあれば良いのですが…」


偶然の一致への驚きと、事件への憂慮を表情に滲ませる。


<視点:刑事(田中)>


(…説明は、一応理にかなっているか)


田中は内心で呟いた。前日の精神的な不安定さからの衝動的な行動。あり得ない話ではない。防犯カメラの映像も不鮮明で、彼女だと断定できるものではない。ナツキのPCは強力な暗号化が施され、解析には時間がかかっている。彼の部屋からリナに直接結びつく物証も出ていない。


目の前のモデルは、動揺を見せながらも、理路整然と答えている。マネージャーも同席し、彼女のアリバイを補強するだろう。


(…だが、何か引っかかる)


彼女の完璧すぎる受け答え。動揺の中に、時折見せる妙に冷静な瞳。そして、あまりにも出来すぎた偶然の一致。


(今の段階では、これ以上は無理か…)


<視点:私[ナツキ/リナ]>


田中刑事は、「私」の顔をじっと見つめていたが、やがて、「そうですか…」とだけ呟き、追及を打ち切った。隣の佐倉刑事は、メモを取り続けている。佐藤は固唾を飲んで成り行きを見守っている。


(…乗り切った、か…?)


「私」は内心で冷や汗をかきながらも、あくまで平静を装い続けた。


その後、刑事たちはさらにいくつか形式的な質問(ナツキの他の言動で気になる点はなかったか、など)を重ねたが、核心に迫るような追及はなかった。「私」は終始一貫して、「カフェで別れた後は知らない」「彼は少し思い詰めているように見えた」「三軒茶屋へは気分転換で衝動的に行ったが、彼とは無関係」という証言を繰り返した。


やがて、田中刑事は、「本日はありがとうございました。大変参考になりました。また何かありましたら、ご連絡させていただくかもしれませんが、本日はこれで」と、聴取の終わりを告げた。


刑事たちが部屋を出ていくと、張り詰めていた糸が切れたように、「私」はソファの背に深く身体を預けた。どっと疲労感が押し寄せる。


「大丈夫…?」佐藤が心配そうに声をかける。


「ええ… 大丈夫。ありがとう、佐藤さん」


疲労感を滲ませながらも、どこか吹っ切れたようなリナの表情。それを演じきりながら、「私」は思う。


大きな関門は突破した。


だが、警察の疑いが完全に晴れたわけではないだろう。ナツキの失踪は、まだ解決していない。捜査も、これで終わりではないかもしれない。


それでも、「私」は、自分たちの秘密を守り抜いた。この、二人で一つになった生活を、未来を守るために。


融合した魂は、この試練を乗り越えたことで、さらに強く、固く結びついていくのを感じていた。

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