俺が恋人NTRされてから寄り添い系幼馴染は負けヒロインをやめたらしい。

ゆきゆめ

Main story

1章 恋の終わり、幼馴染の始まり

第1話

 俺、久住奏多くずみかなたの初恋は、気づいた時にはもうこの手の中に残っていなかった。


『大学は一緒のところに行って、たくさん思い出作りましょ。約束よ』


 中学卒業と同時に家庭の事情で県外に引っ越した恋人と、高校では離ればなれになった。 

 それでも、いつか――なんて、根拠のない未来を信じていた。

 無邪気というより、愚かだったのかもしれない。


 高校に上がって、もう1ヶ月。

 ゴールデンウィークが始まると、俺はらしくもなくサプライズと称して彼女の元へ向かうことにした。  

 新幹線に乗って、ひとり旅。不安もあったけれど、それより彼女の喜ぶ顔を見たかった。

 しかし彼女の家の近くまで来たとき、俺は足を止めてしまった。知らない男に肩を抱かれて、俺に見せたことのない笑顔を浮かべる彼女が見えた。


『私と別れてください』


 そんなメッセージが届いたのは、俺が尻尾を巻いて逃げ帰った数日後だった。

 夢見ていた未来は、あっけなく崩れ去った。残っていたのは、どうしようもない喪失感と、やり場のない虚しさだけだった。



◆◆◆



「今日から楓夕ふゆちゃん、一緒に住むから」


 ゴールデンウィークが終わり、春の気配も徐々に遠ざかっていく休日の昼前。
   

 ようやく布団から這い出てきた俺に、母は軽い口調でそう言った。


「……は?」


 寝不足で重たい頭では、聞き取った言葉をすぐには理解できない。俺は眉をひそめながら、ぼんやりと母の後ろ姿を見つめた。


「もう来てるし、ご飯食べたら挨拶してきなさいね」


 淡々とした声。母はまるで天気予報でも読むようなテンションでそう言い、フライパンで目玉焼きを焼き始めた。

 半信半疑のまま席について、目玉焼きを乗せたトーストをかじる。味はよく分からない。けれど、熱いコーヒーが喉を通る頃には、ようやく目の奥の霞が晴れてきた。


「……母さん。俺がこの前、彼女と別れたのは知ってるよな?」


「ええ、もちろん。でもね、浮気だとかNTRだとか、そんなの生きてれば1度や2度——あるいは100回くらいはあるものよ。いちいち落ち込んでたらダーメ」


「100回もあったらさすがに問題だろ……って、そうは言うけどさ、さすがに今はまだ……」


 真剣なつもりで話しても、母の調子はいつだって軽やかだ。俺の心が擦り切れていることなんて、まるで意に介していないように。


「大丈夫でしょ、幼馴染の楓夕ちゃんなら」


 あっけらかんとしたその一言で、母は会話を締めた。

 

 数分後、俺は2階にある自室の隣の部屋の前に立っていた。

 ここはもともと父の妹——つまり叔母さんが使っていた部屋で、彼女が結婚して家を出てからはずっと空き部屋になっていた。
 

 今、そのドアの向こうからは、確かに“誰かの気配”がする。


「……マジかぁ」


 荷物の運び込みはもう済んでいるらしい。

 どうやら俺が引きこもって寝ている間に、すでにこの部屋は彼女のものになっていた。
 

 まるで俺の気持ちなんて、最初から計算に入っていなかったみたいだ。


 覚悟を決めて、ノックする。


「ぴゃっ!? ぴゃい!?」


 ……なんだ今の声。


「……奏多だけど」

「く、久住くんっ……?」

「……開けていいか?」

「……う、うん。どうぞー……」


 小さくて震えるような返事が、ドアの向こうから返ってくる。耳を澄ますと、微かに布の擦れる音が聞こえた。
 

 ゆっくりとドアノブに手をかけ、慎重に開ける。

 目の前に広がるのは、見慣れた部屋とはまったく別物だった。

 パステル調のカーテン、柔らかな色合いの木製家具、そしてベッドに並んだぬいぐるみたち。
 

 かつては物置だったはずの空間が、まるで雑誌に出てくるような女の子の部屋に変貌していた。


 その中心に、幼馴染の少女——佐藤楓夕さとうふゆがぺたりと座っていた。


 淡い色のニットに、膝丈のフレアスカート。

 薄いグレーのカーディガンを肩に羽織り、素足に厚手のソックスを履いたその姿は、どこか無防備で、それでいて自然だった。

 

「こ、こちらこそお邪魔してます。佐藤楓夕です。これから末永く、よろしくお願いします」


 慌てて立ち上がった楓夕が、緊張した様子でぺこりと頭を下げる。


 するとふわりと舞いあがった髪が俺の視界を優しく包み込む。
 

 漆黒の髪は、ほんの少し色素が薄くて、どこか透明感があった。光の加減によっては、鮮やかなブラウンにも見えることもある。

 左耳のあたりでそっと結ばれた細いリボンが、さりげなく揺れていた。


 同時にふわりと鼻先をくすぐる、知らない香り。この家にはなかった、ほんのり甘い花のような匂いだ。

 なんだか少し顔が熱くなってくると、俺は無意識に目を逸らして、軽く息を呑んだ。


「……住むんだよな、ここに」

「うん、住む。お隣さんだね」


 ふわっと笑う楓夕に、なぜか胸の奥がチクリと痛む。


 ——これから毎日、隣の部屋に幼馴染がいる。


 心を置いてけぼりにしながら、ひとりでに新しい日常が始まろうとしていた。


「……なんでそんな話になったんだよ?」

「あ。えっと、それはね……」


 楓夕は視線を泳がせ、袖の端をぎゅっと握る。


「……しゃ、社会勉強、……とか?」


 その声は、薄い紙みたいに頼りなく宙に漂った。触れたらすぐ破れてしまいそうだった。


 ふいに、心が軋む音がした。
 


 ——嘘だな。


 何もかもが、疑わしく思えてしまう。
 

 そう思ってしまう自分が、いちばん嫌だった。


 気まずさだけがじっとりと空気に溶けて、静かな部屋に沈黙の重みが降り積もっていく。


「……あ、あの、違くて。ほんとは、えっと、えっとね……」


 スカートの裾を握りしめながら、おろおろと何かを言いかける楓夕。


 俺は、それを遮った。


「俺、リビングにいるから」


 手伝いが必要なら呼んで、と、ぶっきらぼうにそれだけを言い残してドアを閉めた。


「………………私のバカ」


 部屋の中から微かに、そんな呟きが聞こえた気がした。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(あとがき)

久方ぶりの新作であります。

甘さマシマシ。

幼馴染を愛する同志よ、お集まりください。


面白そうだなと思ったら

フォローや⭐︎レビューなどなど、よろしくお願いします。



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