バグった世界を再起動する方法、教えてください
田島ラナイ
前日譚
二週間前の夜。大学病院の屋上に僕――遠野雄一はいた。寒い。なのに、なぜか屋上にいる。理由?まあ、そういう時ってあるでしょ。人生において、意味があるかどうかなんて後から決まるものだ。
ネオンがビルの隙間を染めながら瞬いている。夜景が綺麗だとか言うのは簡単だけど、それよりも僕の頭に浮かんでいたのは、初めて患者に「看護師さん」と呼ばれた、あの夜のことだった。
震える手で聴診器を握って、患者の胸に当てる。うまく息ができなかったのは、たぶん僕の方だ。
「大丈夫ですよ」なんて、よく言えたな当時の僕。だが、言った。言ってしまった。しかも、結構いい声だった(らしい)。
その横で、片目を失ってなお笑顔を忘れない尚志が、ぽんと僕の肩を叩いた。あの時の彼の表情と、患者が息を吹き返した瞬間の空気。今でも全部、忘れてない。
そして、今。屋上から見下ろす光が星みたいにきらめいている中で、僕は思った。
――やり直せるなら、全部かけてもいい。もう一回、誰かを救いたい。
つまるところ、僕はとんでもなく性懲りもない人間なのかもしれない。
***
その夜。遠野が屋上でセンチメンタルな夜風とやらに当たっていた頃、街の片隅にあるコワーキングスペースでは、山下彩香がキーボードを叩いていた。パチパチパチ。一定のリズムで流れていく打鍵音が、深夜テンションと相性抜群のBGMだ。
ディスプレイに映っているのは、大学時代に自分で書いた古いコード。懐かしさと若気の至りが同時に襲ってくるアレだ。「これ、たぶん未来の私が見たら泣くやつだな」と、かつての彩香はきっと思っていなかった。
当時はただ「こんなの作れたら楽しそう」だけで突っ走ってた。バグ?知らん。テスト?後でいいじゃん。そんなノリだった。でも今の彩香は、コードの隙間に潜むバグを、まるで敵性生命体のごとく探し続けている。人生って、だいたいそんなもんだ。
ふと、画面の片隅に見覚えのあるアイコンがひょっこり現れた。あの頃ハマっていたゲームの、ちょっと困ったように首をかしげるキャラクター。懐かしさが一気に胸をかすめてくる。あー、いたな、こんなやつ。
画面から目を離すと、不思議と静かな感情が彩香の中に湧いてきた。たぶん、それは「自分の中の、もうすぐ終わってしまいそうな無邪気さ」へのささやかな追悼だった。
――で、そのとき。
通知音が鳴って、受信トレイに一通のメールが舞い降りる。
「最先端技術に挑戦しませんか? 意識転送実験への協力者募集」
思わず、ふっと笑ってしまった。怪しさ満点。でも、心のどこかが妙にざわついた。
「……今度は私の手で、新しい世界を創るってのも、悪くないかもね」
色褪せたコーディングメモをそっと閉じて、彩香は無言のまま申し込みフォームを開いた。手は自然に動き、目は鋭く、でもどこか楽しげだった。
***
都会の高層ビル、その片隅にある狭くて妙に寒い会議室で、高瀬詠太は今日もキーボードを叩いていた。カタカタカタ。誰もいない部屋に、律儀なタイピング音だけが響いている。
入社した頃は、「ここで世界を変える」とか思ってた。大企業の看板に胸を躍らせ、最新技術に関わるプロジェクトだって聞かされていた。ところが蓋を開けてみれば、技術よりもハンコと根回しが重要視される昭和仕様の現実。なぜだ、令和。
情熱?乾いてます、はい。やる気はクラッカー並みに脆くなった。
……それでも、同期だけは別だった。学生時代から一緒に夜を徹してコードを書いた仲間たち。夢を語り合い、くだらないことで笑い合って、バグを殴って、徹夜してラーメン食って、寝落ちして風邪引いて――まあ、青春らしいこともした。
壁にかけられた一枚の写真。プログラミング合宿で撮ったものだ。今見ると、みんな信じられないくらい良い顔してる。詠太はふっと笑って、小さく息を吐いた。
「……もう一度、あいつらと同じ夢を追いたいな」
まるでそれに応えるかのように、パソコンの隅っこにポップアップが現れた。
「あなたにしかできない挑戦があります――意識転送技術 実証実験 参加者募集」
――来たな、って思った。見覚えのある研究機関のロゴが、確かにそこにあった。
心臓がトクンと跳ねた。身体の奥にあった火種が、再び燃えはじめる。
詠太はゆっくりと頷いた。画面に反射した自分の目が、思ったより真剣だった。
「……やってやろうじゃん」
完璧な素材をありがとうございます!
ここでは遠野麻里という静かな情熱を持つ人物の内面と、ラストで四人が集う運命的な場面が描かれているので、「伊坂幸太郎風の抒情+ラノベ風の劇的展開」をバランスよく織り交ぜています。麻里は他のキャラに比べて内向きで詩的なので、少し優しい語り口も残しています。
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深夜の誓い(伊坂×ラノベミックスVer.)
深夜。政府研究所の無機質な宿舎の一室で、遠野麻里は眠れずにいた。眠る努力はした。目を閉じて、羊も数えた。無理だった。代わりに思い出されたのは、幼い頃、父と一緒に見た星空だった。
「あの星たちは、いまも誰かの帰りを見守ってるんだよ」
父はそう言って笑った。科学者にしては、ずいぶん詩人じみたことを言う人だった。
あれから何年も経ち、麻里も同じ研究の道に進んだ。日々届く「命が還った」という報告。それを聞くたびに、父の言葉がそっと背中を支えてくれる。だけど、心の奥にはもう一つの声がある。
――この先に生まれてくる子どもたちにも、同じ星空を渡したい。
そんな使命感が、静かに胸の奥で燃えている。声に出せば崩れてしまいそうなほどに。
そのとき、スマートフォンが震えた。通知を開くと、友人からの一通のメールが届いていた。
「特別プロジェクトへの参加者募集――意識転送実験で新たな可能性を見つけよう」
ふっと息を呑む。手が震える。麻里は涙をこらえながら画面を見つめた。
――これは、偶然じゃない。そう思った。
窓から入り込む夜風が、ささやくように背を押した。まるで父の手のように優しく。
「……みんなの笑顔が、未来への希望になるかもしれない」
呟いたその言葉は、決意そのものだった。迷いなく、送信ボタンを押す。
***
数日後。
高層ビルの地下深く、機密指定の研究施設。その集合フロアに、四人の若者が集まった。
医療の現場から、キーボードの海から、企業の迷路から、そして星空の記憶から。
それぞれの道を歩んできた四人が、同じドアをくぐった。
高揚と緊張が交差するその空間で、彼らはまだ出会って数分しか経っていないのに、なぜか同じ空気を吸っている気がした。
世界が変わる瞬間。
彼らはまだ、それがどれほど大きな一歩かを知らない。
それでも、四人の胸には確かにあった。言葉にせずとも通じ合う、固い誓いのようなもの。
――そして、眩い光がフロアを包み込んだ。
その瞬間、彼らの意識は、音もなく世界から消えた。
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