7.三面鏡破砕事件①
愛理先輩が先生から聞いたところでは、今日の早朝に発見したらしい。
なんでも、物音が聞こえたことが発端とのこと。
「わたし、ちゃんと否定したんですよねぇ」
「どんなふうに?」
「ん〜と」
「まずー、鏡を閉じたのはあなたでしょ〜? その時はちゃんと割れてなかったのを確認したのはわたしと部長で〜、
行動としてはその通りだ。
だからボクたち全員があの鏡は割れていないと証明できる。
そして、ボクたちのうち誰かが割っていないという証明も。
「だからわたしたちじゃないですよ〜って言いましたね〜」
千織部長は顎に人差し指を当てて顔を俯けてぼーっとし始める。
「てことはボクたちの後に鏡が割れた?」
「けどよ。俺たちはあのあとちゃんと鍵閉めて先輩が返しに行ったのは見たぜ?」
「そうねぇ。返しに行ったのもわたしですけど、記載の方もちゃんとしてますし〜」
「とりあえず、被服室は行けないのかい?」
静かに声を上げる千織部長にボクは少しだけびっくりした。
「そうですねぇ。そう言うと思っていたので、先生からは許可をいただいてるので行けますよ〜」
「でかした! よしっ、早速行こう!」
正直、2度と拝みたくなかったけど……行くしかなさそうだなぁ。
まぁ、またなんかあったら宗馬がどうにかしてくれるでしょ。……してくれるよね?
「おん? どうしたんだ?」
「……いや、なんでもないよ」
被服室についたボクたちは規制テープを丁寧に剥がしてから中に入る。
「…………えっ」
被服室の空気が異様に軽かった。
昨日とは違いすぎる変化にボクはついつい声を上げてしまう。
「どうかしたのかい?」
「え、あ、いや……なんでもないよ。あっ、アレだよね」
千織部長と愛理先輩からの視線を受けて誤魔化すように笑いつつ、黒くて長いテーブルに寝かされた三面鏡を指差す。
「実際、どんなふうに割れていたんだろうね」
「先生がこうして言ってくるってレベルだから……割とヤベェんじゃねぇか?」
「見てみよう」
「留め具外しますねー」
先輩方が三面鏡に取り掛かる中で再度、三面鏡を見るけれど、本体は普通などこにでもあるものだと感じる。
感じるんだけど……空気が軽かったから何も、いない? いや、何もない方が良いんだけど……なんだろうねこの違和感。
「わっ、すごい割れ方ですよ」
「これはまた……」
ふたりが驚くのも分かる。
なんたって、尋常じゃないレベルなのだ。
まるで……。
「……まるで人の手でやったとは思えない」
「何か感じるか?」
「何も……」
三面鏡は蜘蛛の子を散らすようにひび割れていた。ただハンマーだとかで殴って出来たようなものじゃない。
廃墟に遺されたガラスみたいな割れ方をしているのだ。
「愛理先輩。ここに移動させたのは先生?」
「いいえ。それが……勝手にここにあったのを発見したみたいなの」
「先生って家庭科部顧問かい?」
「えぇ。部で使うものを置きに来たらここにあったみたいです。それで物音がして確認したら……って流れですね」
まぁ確かにコレがテーブルに置いてあったら誰だってびっくりするよね。いつもは台に乗ってる……いや、三面鏡の下が串になってるから挿してあるんだし。
「独りでに動くなんてあるのか……?」
宗馬の疑念を含んだ呟きにみんな、三面鏡を眺めるしかなかった。
結局、現場を見ても判明しなかったから部室に戻ってきたボクたち。
千織部長は足を組んで右足をぷらぷら揺らしながら思案していた。
「はい。ほうじ茶よ」
「あ、……ありがとうございます」
「あざっす」
生徒玄関に置いてある自販機から買ってきてくれたんだろう。確か……180円だったよなぁと思いながらカバンから財布を取り出そうとしたら止められた。
「え、払おうかなと思ったんだけど……」
「良いの良いの。これのお題はこれからの活躍でね♡」
やはり美人のウインクはとても映える。
けれどボクはそれで良いのかと困惑しつつも愛理先輩が良いと言うからどう反応を返せば良いか分からないまま頷く。
お言葉に甘えて、キャップを開けて一口湿らせる。ほうじ茶特有の香り、味が入ってきて、かなり冷たいのもあってか、くっと喉が鳴る。
「あの三面鏡、どうしてああなったんでしょうね」
「ボクにもさっぱり。あの割れ方も尋常じゃないんだけど……宗馬分かる?」
「分からん」
見事な即答。
「確かにアレは人の所業じゃあねぇけど、じゃあ一体誰が? ってなってもここの全員は出来ねぇし、愛理先輩が言うには先生でもないわけだろ?」
そう。確かにそうなのだ。
ボクたちにはアリバイがある。
特にボクと宗馬は基本一緒だったし、昨日だってそうだ。
ただ気になる点はある。
「愛理先輩、宗馬。それに……千織部長。試してみたいことが……あるんだ」
「で? なんでココに来たんだ?」
来たのはトイレの
「愛理先輩にも千織部長にもバレちゃったしね。それに、使えるものは使わなきゃ」
来るとは思ってないけどやるだけやってみよう。
「そのために宗馬もついてきてもらったんだよ」
「あー……なるほどな。ビビりのお前が何すんのか分かんなかったけど……ま、見といてやるよ」
「ははっ。ありがとね。それで千織部長」
「何かな?」
「薔薇さん呼ぶ方法、もう1回聞いてもいい?」
自分でやりたかったみたいだけど、このメンツの中だと多分だけど。
「視えるボクの方が確率としては高いと思うし」
「しかし視えたとて、何か出来るのかいきみは」
「さぁね。そこは分からないよ」
正直、2度と見たくない方ではある。しかし、あそこで何もない状態でウダウダ悩んでいたって仕方ない。
何かあったとしても宗馬がなんとかしてくれるだろうし。
「きみは視えるものを見たくなかったんじゃないのかい?」
「そうだよ。だからこうするのは今回だけ。ボクは別に騒がしい毎日を過ごすのが目的じゃないからさ。だから千織部長たちも黙ってて欲しいんだ。この目のこと」
「……それなら仕方ないですねぇ」
「私にはその感覚は分からないけど……イジられるのは好きじゃないのは同感。じゃあ説明するよ」
千織部長からスマホのメモ機能アプリを見せてもらいながらやり方を教わる。3度ほどやり方を自分の中に落とし込むように呟いて頷く。
「出来そうかい?」
「多分大丈夫。それじゃあ宗馬」
「
ボクは頷いて個室に近づく。右手を握り拳にして人差し指の第二関節を立ててノックをする。
「ト〜イ〜レ〜の〜そ〜う〜び〜さ〜ん〜」
リズムは多分こうだろう。感覚は1.5秒ほどだろうか。
「あ〜そ〜び〜ま〜しょ〜」
5つ個室があるトイレなら4つ目の個室前に立つ。
もちろん、どの個室も鍵が空いているのは確認済みだ。
……良し。やるぞぅ。
「トイレの薔薇さん遊びましょう。トイレの薔薇さん遊びましょう。トイレの薔薇さん遊びましょう」
ノックを3回。そして巡っていた時の言葉を3回。
しばらく待ってみよう。何か起こるはずだ。
ボクを注視する宗馬の目を前髪の隙間から右目で見えた。
「宗馬。一度だけ柏手」
「あぁ」
パァンと破裂音が響く。
その音は──濁っていた。
──居る。
そう思った瞬間だった。
「……なんの音だ?」
「何か聞こえるのかい?」
宗馬にも聞こえるのかこの不快な金属音。
いや、金属音じゃないな。この音は……前に宗馬のスマホで観たホラーアクションゲームで聴いたような音だ。
「………………」
ボクは1歩下がる。
ボクの反応に宗馬がすぐにそばまで来てくれる。
「居るのか?」
頷くしかない。
千織部長たちの方にも向きたいけど向けずに開いていくのを見るしかなかった。
ゆっくりゆっくりと開いていく。
隙間から覗かれるのは暗い個室の中。
暗いなら先が見えるはずなのに全く見えなかった。
「何かいるのかい?」
「……い、居ます。居る。さっき宗馬の柏手してもらったけど……音が濁ってた。それで居るのは分かった。でも……」
居るのは分かっているのに、姿が視えなくてそれが恐ろしい。
「唱えるか?」
「……まだ良い」
完全に扉が開かれた時、そこには何もなかった。
「────……えっ?」
拍子抜けな感覚がしたのと同時だった。
左肩がズンと重くなった。
左に目を向ければ真隣に居た。
──黒髪ロングの女の子が。
『──フフッ。2回目まして』
あぁ、やっぱり直視するのは……嫌だなぁ。
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