25.言葉より確かなもの

―湊―

そういえば千晃に借りた服返してない、と言ったら、じゃあ今から取りに行く、と言うので、初めて千晃を部屋に上げた。


***

六畳ワンルームの部屋に男二人が入ると、一気に狭く感じる。

「綺麗に片付いてるね」

「そう?まあ、俺の物なんてほとんど無いからな」

元々アパートに備え付けの家具を使っていたし、荷物も最低限の物しか持ってきていない。

洗濯して畳んであった、千晃の服を手に取る。

「はい、これ。ありがとう」

「ねえ、シャワー借りて良い?」

「へ?」

「ちょうどここに着替えあるし。めっちゃ汗かいて気持ち悪い」

「別にいいけど……」

「そうだ、後でご飯行こ。響也のとこ」

「分かった」

「じゃあちょっと待ってて」

風呂場の戸が閉まる。しばらくして、シャワーの水音が聞こえてきた。

俺もシャワーしようと思い、着替えを出して準備しておく。学校から持ち帰ってきた紙袋を開け、花束を取り出して眺めた。東京に帰るまで、萎れずに保ってくれるだろうか。

既にまとめてある荷物を目にすると、本当に明日帰るんだな、と今更ながら実感が湧いてくる。

初めてここに来た日、一ヶ月も一人でやっていけるか不安で仕方なかった。だけど蓋を開けてみれば、時間が経つのはあっという間だった。まだ足りないと思うくらい。

それはきっと、千晃と出会ったから。

名残惜しくなってしまったから―。

「お待たせー、ありがと」

風呂場の戸が開き、髪を拭きながら千晃が出てくる。

「湊もシャワーする?」

「する。ちょっと待ってて」

立ち上がり、着替えを持って風呂場へ向かう。

シャワーを済ませ、軽く髪を乾かしてから部屋へ戻ると、千晃はベッドに浅く腰掛けて色紙を眺めていた。今日、子ども達から貰った物だ。紙袋に花束と一緒に入っていたのを見つけたらしい。

「それ、俺もまだちゃんと読んでない」

千晃の隣に腰掛け、色紙を覗き込む。

授業楽しかったとか、バスケまたやりたいとか、また遊びに来て欲しいなど、嬉しい言葉がたくさん書き込まれている。

「告白されてんじゃん」

笑いながら千晃が指差す。湊先生がすきです、とピンクのペンで書かれていた。ご丁寧に、語尾にハートマークまで付いている。

「愛されてんな」

「まあ、ね。毎日楽しかったよ」

「他にも告白されてたりして」

「手紙なら、たくさん貰ったけど」

「お、モテ記録更新したんじゃん?」

「いや、小学生にモテてもな」

「かわいそ。みんな失恋か」

「しょうがないな。俺は千晃が好きなんだから」

「……ど直球だなあ」

笑いながら唇を重ねてくる。

―スキンシップ程度の軽いキスだったけれど、たったそれだけで、一気にまた切ない気持ちが押し寄せてきてしまった。

上目遣いに見上げたら、目が合った。きっと千晃も、同じ事を考えてた気がした。

軽く肩を押されて、抵抗せずにそのまま後ろへ倒れる。背中でベッドのスプリングが跳ねた。

千晃が俺の上に覆い被さってくる。耳元に唇が寄せられる。同じシャンプーの匂いがした。

「……シーツ、汚しちゃうけどいい?」

「……うん……」

余裕の無い囁きに、流される様に頷いてしまった。


―着替えたばかりの服をもどかしく床に脱ぎ捨て、抱き合った肌には既に汗が浮かんでいた。

ここからどうしたら良いとか、どうして欲しいとか、別に何も言う必要なんか無かった。

ただ、隙間なく触れ合いたい。

互いを遮るものなんか、もう何も要らない。

それだけだった。


……―やけどしそうな熱を体の奥深くに感じながら、喘ぐ声を堪えようと口元を抑えた。その手を、どけられる。

「……何で泣いてるの」

「わかんない……」

悲しいわけじゃない。求められて、嬉しいはずなのに。

目尻から溢れた涙に、千晃の唇が触れる。

「寂しい?」

「……うん」

「こんなに近くにいるのに?」

「だって……」

明日が来たら、もう―。

優しく唇が重ねられる。頭を撫でていた手が背中の下に潜り込んできて、強く、強く抱きしめられる。

「……すきだよ、湊」

全てを包み込むような声が、温かく心に沁み渡る。

何度も爪を立てて傷つけてしまった背中を抱きしめる。言葉にならない愛おしさが溢れてきて、いつまでも涙が止まらなかった。


***

結局またシャワーを浴び直して、ラストオーダーぎりぎりの時間に響也さんの店へ入った。

とりとめない話をして、お世話になったお礼を言って、外に出た頃にはもう日付が変わっていた。

手を繋いでアパートまで歩き、玄関前で立ち止まって、何度もキスをした。

泊まってくか聞いたら、千晃は静かに首を横に振った。

出発の時間を確かめて、また明日、と手を振って別れた。

涙を堪えて見上げた空には、綺麗な三日月が浮かんでいた。

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