20.赦し

―千晃―

「……だからもう、俺にバスケをする資格なんかないんだ」

やけくそな気分で話を締め括った。

湊は何も言わない。膝の上で両手を握り締めたまま、じっと地面を見ている。

「引いた?最低だよな、俺」

「……」

「……は」

沈黙の気まずさに、何故か笑えてきてしまう。

「びっくりしただろ?実は、こんな奴だったなんて」

「びっくりしたよ」

強い口調に驚いて湊を見ると、暗がりでも分かるくらい険しい顔が、こちらを向いた。

「それで本当に自分が悪いと思ってた事に、びっくりした」

「……え」

「千晃は何も悪くない」

湊の声に力がこもる。

「わざとその先輩の靴紐を解いた訳じゃないだろ。怪我させるために踏んだ訳でもないんだろ。なら全部偶然じゃないか。ただの不幸な事故だったんだ。それを何でっ……っ」

不意に言葉を詰まらせたかと思うと、突然、強い力で抱き締められた。

「何も悪くない、千晃は悪くない!自分を責める必要なんか無い、大丈夫だよ……!」

耳元で震える声に、湿り気が混じる。

力任せに抱き締めてくる腕に、そっと触れた。

「……泣くなよ」

「泣いてないっ」

間髪入れずに返しておきながら、鼻を啜る音が響いて笑ってしまった。

「……ねえ」

熱い背中を、しっかり抱き寄せる。

「俺、湊を見てると眩しいんだ……」


―空っぽになった世界に、突然降ってきた流れ星みたいだった。

泣いたり笑ったり、怒ったり、自分の気持ちに素直な湊のことを見ていると眩しくて。

目を逸らしたいのに、気づいたら目を合わせて一緒に笑っている自分がいた。

いつかもっと歳を取った時、あの頃青春だったなと思い出すのは、こうして湊と過ごした日々なんだろう。


「……あの日の事、初めて打ち明けた。今まで本当に、誰にも言えなかった」

責められると思っていた。

防げた事故だったんじゃないのかと。

わざと仕向けたんじゃないのかと。

全部、お前のせいだと。

それらを、違う、と否定しきれない自分がいたから、たとえ誰かが上っ面だけ慰めてくれても、ずっと心の傷は癒えないままだった。

湊は、すごい。

難しい事は一つも言ってないのに、たった一瞬で、硬く冷えていた心の澱を溶かしてしまう。

胸の奥に、安堵が広がっていく―。

「……少しは楽になった?」

探る様な声に、うん、と頷く一言が震える。

「ありがとう、湊……」


君の言葉を支えに、きっとまた前を向ける。

自分を責める必要は無い、もう大丈夫なのだと。

時間がかかってもまたいつか、心から楽しんでバスケが出来る日が、きっと来る。

―湊、君に出会えて良かった。

もうすぐ側からいなくなってしまう君に、またいつかきっと、会えますように。

夜が更けてますます光を増す天の川へ、心の中でそっと願いを込めた。

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