16.笹の葉に結ぶ願い事

―湊―

「……ほんとに飾るの?これ」

よりによって赤い短冊をくれたものだから、笹に結んだら結構目立ちそうだった。

「誰かに見られたら恥ずかしすぎる……」

「あ、千晃くんだ」

「!」

「お疲れ様でーす、千晃くんー」

「おつかれ」

無邪気に声を掛ける子ども達に返事をしながら千晃が近づいてくる。今日も練習を見にきてくれたらしい。

「お、お疲れ。千晃」

動揺して暴れる心臓を押さえながら、ぎこちなく笑顔を作る。

「お疲れ。何してんの?」

「あ、これ?もうすぐ七夕だからって……」

「ねえねえ、千晃くんも書く?」

片付けかけていた短冊の残りを、子ども達が気を利かせて持ってくる。

いいわ、とあっさり断ってから、千晃は不思議そうに俺の顔を見てきた。

「どした?熱でもあんの」

「えっ」

「顔赤いけど」

千晃の手が伸びてくる。思わず後ずさった。

「何でもないっ」

「そう?」

「湊先生の結んでおくねー」

「え?!あ、ありがと!」

知らない間に奪い取られていた赤い短冊が、笹の下の方に結ばれる。出来ればもう少し目立たない場所に結んで欲しかった。そこは一番揺れて目立つ所な気がする。

「おっけー!出来た」

「じゃあ上げようか」

出来上がった笹はこれから一週間、七夕の日まで壇上の隅に飾られるとの事だった。

手伝うよ、と声をかけてくれた千晃の手を借りて舞台の上へ笹を運ぶ。

「ここら辺でいいの?」

「うん、良いんじゃないかな」

「もうちょいこっちか?……」

俯いて笹の位置を微調整する、千晃の金髪が揺れる。

つむじから少し、黒い毛が伸びてきていた。初めて会った時は綺麗に染まってたのに。

―あの日から、あっという間に時間が過ぎた気がする。一ヶ月は、長いようで短い。あともう少しで、教育実習期間は終わってしまう。

千晃に会える日も、あと少し―。

「何?」

「え?あ、その」

知らない間にじっと見ていたらしい。急いで誤魔化す。

「あの、千晃の髪、綺麗だなって」

「髪?」

「うん。いつ染めたの?写真で見た時は黒かったけど」

そこまで言って、はっと気づく。

「ごめん。余計な詮索はしないんだった」

子ども達から見せてもらった写真や、千晃の家の玄関先に飾られていた写真が脳裏に浮かぶ。

―髪の色だけじゃない。あんな風に明るく笑う千晃を、俺は見た事がない。

髪色を変えたのにも、何か理由があるのかも知れないと思った。千晃の心の傷を刺激してしまうような、触れてはいけない何かが。

内心焦る俺をよそに、千晃はさらっと、この間だよと答えてくれた。

「湊がここに来る、少し前」

「え、そんな最近?」

「そ。どうせ学校にも仕事にも行ってないんだから、やりたい様にやってやろうと思って」

「仕事……」

そういえば、東京から戻って来た千晃が島で何をしているのか、聞いた事が無かった。

「千晃は何か、やりたい仕事とかあるの?」

聞いてみると、分からない、とため息交じりの返事が返ってきた。

「俺も湊みたいに、なりたいもの見つけられたら良いんだけど。今までずっと、バスケの事しか考えてこなかったからさ」

「……いや俺だって別に、どうしても教師になりたかったわけじゃ」

「そうなの?向いてると思うけど」

「え、そうかな……」

湊せんせぇーと呼ぶ声がして下を見ると、すっかり練習の準備を済ませた子ども達が手招きしていた。

「早くー」

「はーい、今行くっ」

下に向かって返事をし、千晃の方を振り返る。

「千晃も行こ」

「ん」

頷いてから、千晃はちらりと笹の方を振り返った。

「何?やっぱり願い事書く?」

「うん……後で書こうかな」

「いいじゃん、書きなよ。まだ短冊余ってたからさ」

「そっか」

早くー、と急かす声がまた聞こえてきたので、急いで壇上から降りて行った。

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