15.七夕の日へ願いを込めて

―湊―

あれから、千晃はクラブの活動日になると小学校へ顔を出してくれるようになった。

子ども達にせがまれてシュートの手本を見せてくれる事もあったけれど、いくら誘っても決してゲームには混ざろうとしてくれない。

『俺が入ったら、勝負にならないでしょ―』

冗談ぽく一度そう口にしていたけれど、その横顔はどこか寂しそうだった。

―本当は、やりたいんじゃないの。

そう言いたかったけれど、もう余計な詮索はしないと誓ったから、黙っていた。

こうやって練習を見に来てくれるようになっただけで、充分だ。そう思う事にした。

そうこうしている内に、あっという間に日々は過ぎていった。


***

短冊に願い事を書くなんて、いつぶりだろう。

薄桃色の地に金色の波模様が入った短冊を手に、首を傾げる。

「湊先生、書けたー?」

「ううん、どうしようかな」

悩む俺をよそに、体育館に横たえられた巨大な笹に次々と飾りや短冊が結び付けられていく。

一週間後に控えた七夕の日に向け、全校生徒が思い思いに書いた短冊が集められている。それをバスケクラブのメンバーで手分けして、笹に飾り付けをしている真っ最中だった。これが終わらないと、練習を始められない。

「これ、毎年やってるの?」

子ども達に聞くと、そうだよーと元気な返事が返ってくる。

「湊先生、天の川見たことある?」

聞かれ、首を横に振る。

「ないない。あんなの肉眼で見れるの?」

「見れるよー!」

「もうこのくらいの時期なら見えるんじゃない?」

「本当?どこ行ったら見れる?」

「あそこの山とか」

指差す方へ振り返る。開け放した体育館の扉の向こうに、それほど標高の高くない山が見えている。

「あの辺まで行くと真っ暗だから、星が綺麗なんだよ」

「へえ、そうなんだ」

この島に着いた、最初の日の夜。

慣れない環境と緊張のせいか眠れず、外へ出て空を見上げた事を思い出す。

あの時見た星空も綺麗で感動したけれど、まさか天の川まで見えるとは。

「……七夕の日、雨降らないといいな」

ようやく決めた願い事を、桃色の短冊に書いていく。

「みんなの願い事が、ちゃんと届くように」

「湊先生、何て書くの?」

「えっとね。ここの学校のみんなが、これからも元気で健康に過ごせますようにって」

「先生、優しー」

ねえ見て見て、と一人の女の子が自分の書いた短冊を見せてくれる。

『また湊先生に会えますように』

「えー……嬉しい」

不覚にも、うるっときてしまう。

長く感じた教育実習期間も、残すところあと一週間だった。

七夕の日が来る前に、俺は東京へ戻らなければならない。

「先生、もうすぐ東京に帰っちゃうんだね」

「うん……」

「湊先生、お別れの日泣いちゃうんじゃない?」

「いやいや、泣かないから」

「本当にー?」

「本当に!」

あのうさぎ事件以来、すっかり泣き虫のイメージがついてしまったらしい。

「泣かないよ。みんなとは笑顔でお別れしたいからさ」

「千晃くんとも?」

「え、っ」

不意に思いがけない名前が飛び出してきて、鼓動が跳ねた。

動揺する俺に構わず、女の子達からどんどん質問が飛んでくる。

「東京帰ったら千晃くんとはもう会わないの?」

「せっかく仲良くなったのに」

「また会う約束しないの?」

「……え、ええと」

どう答えたものか悩んだ末に、素直な気持ちが口から出た。

「俺は会いたい、けど」

口にしたら、一気に鼓動が早鐘を打ち始めた。

何だこれ、と戸惑っている内に、どんどん顔が熱くなってくる。それに気づいた子ども達が、にやにやと笑い始めた。

「湊先生、顔真っ赤だよ」

「照れてるの?」

「会いたいんだ、千晃くんに」

「先生、可愛いー」

「ちょっと、からかうのやめてくれない……」

冷や汗が出てきた。額を拭う。

「ねえ、書こうよ!」

「え?」

急に新しい短冊を差し出され、反射的に受け取ってしまう。

「書くって何を?」

「また千晃くんに会えますように、って書こう!」

「……ええ?!やだよ!」

「いいじゃん!だって、湊先生が千晃くんに会いに来てくれたら、私たちとも会えるんだよ?」

「え、いや……それは、そうかも知れんけど」

というか、そんなストレートに書かなくても、他にもっと無難な表現の仕方はいくらでもあるじゃないか。

そう思いながらも結局、勢いに流されてもう一枚短冊を書いてしまった。


『―また千晃に会えますように。天城湊』

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