幼馴染の設定資料集をうっかり見てしまった

 僕は後藤ごとう 京介きょうすけ、十四歳。

 中二の夏休みという人生で最も自由な時間を謳歌している――なんて言いたいところだけど、僕には最近悩みがある。


 というのも、幼馴染の三好みよし 琴音ことねが書いたらしい「設定資料集」を読んでしまったんだ。しかも、琴音は僕を疑ってるみたいでさぁ。


「ねぇ、京介……やっぱり読んだ?」

「何のことか分からないなぁ。それより、夏休みの宿題をさっさと終わらせないと。今日はこのあとプールに行く約束だろ?」

「まぁ、それはそうなんだけど」


 そうして、琴音は何やらゴソゴソとビニール袋を漁り始める。


「京介におやつをあげる」

「おやつ?」

「はい」


◆魔法:

【雷】ブラックサンダー


「――ぐっ」

「ねぇ、やっぱり読んだ?」

「読んでない!」


 そうなんだ。琴音の設定資料集には、身の回りにある様々な物品の名前が列挙されているから、油断していると僕にだけクリティカルダメージを与えてくるんだよ。くっ。

 アクエリアスが水の魔法だったり、経口補水液OS-1が敵組織の名前だったり、所属しているチーム名がDHCだったり。今の僕には、コンビニやドラッグストアに行くことすら苦行だ。


「そうだ。プールの前に電気屋さんに行きたい」

「電気屋? 何を買うんだ?」

「ちょっと待ってね、今スマホで……これこれ」


◆装備:

【頭防具】USBヘッドセット


「――ふぐっ」

「やっぱり読んだでしょ」

「読んでない! 読んでないってば!」


 くっ。設定資料集を勝手に読んだなんて、絶対にバレちゃいけないのに。


「ん? 琴音、何やってるの?」

「指パッチンの練習」


◆装備:

【武器】ウィンドブレイカー

 風の精霊が宿った片手剣。指パッチンをすると手の中に現れる。


「――ふひゅっ」

「涙目になってるじゃん」

「なってない!」


  ◇   ◇   ◇


 琴音は小学生の頃、周囲からちょっといじめられていた時期があった。

 クラスの派手な女子に目をつけられて、絵を描くのが上手なことを「暗い」だなんてからかわれるようになったみたいで。


「京介……私、学校行きたくない」

「どうして?」

「だって。私は自分の好きな絵を描いてるだけなのに、みんなが笑うんだもん。この前はノートを破られて……もう、こんなの嫌だよ」


 僕は隣のクラスだったから、まさかそんなことになっているとは知らなかったんだ。


 だからその翌日から、僕は休み時間のたびに琴音のところに行って、絵のリクエストをすることにした。みんなの前で大絶賛してね。そうしたら、他の子たちも琴音に色々と絵を描いてもらうようになって。


「えー、京介くんって琴音なんかのことが好きなのー? 趣味わるーい」


 そう言ってきた女子の様子をこっそりスマホで撮影した僕は、その動画を琴音の親や学校に送りつけたりもした。それで、大人たちが何を話し合ったのかは知らないけど、そのうちパッタリと琴音へのいじめはなくなったんだ。


「京介。ありがと」

「何が?」

「……私の趣味を、笑わないでくれて」


 その時、僕は心に決めたんだ。琴音の趣味を馬鹿にするようなことは、これからも絶対にしないって。


  ◇   ◇   ◇


「――というわけで、京介。今日は新しい設定を考えるため、スーパーにやってきました」

「なんで?」


 どうやら、僕が設定資料集を読んでしまったことは琴音にバレてしまったらしい。それで、僕は琴音の「身の回りにあるイイ感じの単語を収集する」という作業を手伝うことになったわけだ。なんで。


「やっぱりさぁ。炎系統の魔法も使いたくて」

「……炎かぁ」

「レッドブル、とかも良いかと思ったんだけど、それだと翼を授かりそうだし。もっとこう、灼熱感のある単語が欲しくてね」


 灼熱感……?

 それは僕の頭の中にない概念だけど。


「琴音。これはどう? カラムーチョ」

「全然ダメ。真面目にやってよ」

「えー。難しすぎない?」


 まぁ、今は中二の夏休み。つまり人生で最も自由な時間だ。琴音の趣味に付き合って、こういう時間を過ごすのも、悪くはないかなと思うよ。僕もだんだん楽しくなってきたしね。

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