第30話
翌朝、十時。
空はすっきり晴れていて、風も気持ちよく吹いていた。昨日と同じ空気なのに、今日はちょっとちがって感じる。
シンゴさんと会うのは、鬼ヶ城って決まっていた。昨日、あたしが「行きたい」って無理やり言った場所。……ほんとはもう、行くつもりじゃなかった。
お兄ちゃんがシンゴさんと連絡をとって決めたのか、それとも向こうから提案してきたのか、そこは聞いてない。
もしかしたら、そこが、こていちゃん――ナナミにとって、何か意味のある場所なのかもしれない。
車の中では、ほとんどしゃべらなかった。 お兄ちゃんが運転して、助手席にははるかさん。あたしは後部座席で窓の外をぼんやり見てた。
早い時間だったけど、駐車場にはちらほらと車が止まっており、観光客や地元の人っぽい人が見えた。 空気が潮っぽくて、それに加えて、どこか、森みたいなにおいも混ざってた。
「ちょっと早かったから、適当に見とくか」
「そうね。ハナさんたちは詳しいから、進んでもわかるでしょ」
お兄ちゃんとはるかさんが並んで歩き出す。あたしも黙って、その後ろについていった。
風が思ってたより強くて、髪が横に流れる。カーブを曲がった先、道の右側がぱっと開けて、いきなり断崖の景色が広がった。
柵のすぐ向こうは、もう海。崖の斜面はざらざらしていて、削られたような形の岩がごつごつと積み重なっていた。
しばらく歩いていくと、頭の上に、大きな岩がせり出していた。洞窟みたいなかたちで、通路にかぶさるようにのしかかっていて、思わずしゃがんでしまった。
ゲームだったら、こういう場所の先に絶対ボスがいるやつ。ちょっとドキドキする。
足元には水たまりがいくつもできていて、その中に空が映っている。岩から落ちてきた水が、ぴた、ぴたって音を立て、水面に丸い輪を作っていた。
その水は冷たそうなのに、なんだかあったかく見えた。太陽の光がそこだけぼんやりと揺れてて、きれいだった。
道はまだ続いている。奥に行くほど、空と海の境目が近くなるような感じがした。風の音と、波の音と、自分の足音だけ。にぎやかでもなく、さみしくもない。不思議な場所。
そのとき、お兄ちゃんがポケットからスマホを取り出して、通話に出た。
「あ、はい。今、岩のところで……わかりました」
短く答えて、すぐ切った。
「ハナさんたち?」
はるかさんが声をかけると、お兄ちゃんはうなずいた。
「ああ。ここで待っててってさ」
心がふっと波立った。こていちゃんが、来るんだ。
あたしは何も言わずに、岩肌をなぞるように見つめたり、海のきらめきを追いかけたりして、気持ちを外に向けていた。時間の流れが早いのか遅いのか、よくわからなかった。
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