第26話
「すぐそこなので、よろしければいらしてください」
と言われて、あたしたちはハナさんの家に案内された。
七里御浜を見下ろすように建てられた、海沿いの一軒家。 道路の向こうには防波堤があって、その先には、あの広い海が、すぐそこに見える。玄関先にも、庭にも、どこか潮のにおいが染みついていた。
ここが、こていちゃん――ナナミの、かつての暮らしの場所だった。
あたしは今、リビングで話を聞いている。 ハナさんと、そのおじいちゃん、おばあちゃんもいっしょにいて、三人で話をしてくれている。
ハナさんは、一度話をやめて、こちらを見た。
「……なんだか、ずっとお話ばかりになってしまって。すみません。よろしければ、飲みものをお持ちします。冷たいものと、あたたかいもの、どちらがいいですか?」
あたしは「冷たいので」と答えて、お兄ちゃんももはるかさんもそれぞれ頷いた。ハナさんは「すぐ戻りますね」と言って、キッチンのほうへ向かっていった。
彼女がいなくなったあと、リビングに残ったのは、あたし、お兄ちゃん、はるかさんに、おじいちゃんとおばあちゃん。それに、シーズーの子を撫でているこていちゃん。
おじいちゃんが、「東京から名古屋まで、リニアで?」なんてお兄ちゃんに聞いて、「車です」と苦笑いして返す声が、耳の端に届いた。
そのとき、あたしの意識は、世間話には向かなかった。さっき聞いたばかりの話を、頭の中で整理していた。
ハナさんは、五年前、兄のシンゴさんといっしょに、この熊野市に引っ越してきた。 両親が、海外で飛行機事故に遭って亡くなったからだ。
突然すぎる別れ。あたしには想像できない。 軽々しく「悲しいですね」、「つらかったですね」なんて言えなくて、固唾を呑んで聞くことしかできなかった。
当時、ハナさんは十四歳。あたしと同じ歳だった。 シンゴさんは十六歳。二人とも、それきり心を閉ざしてしまったらしい。
学校にも行けず、家から出るのもままならなくて、毎日、それぞれ自分の部屋に閉じこもっていたという。
おじいちゃんとおばあちゃんは、少しでも元気を取り戻してもらおうと、いろいろ工夫したそうだ。 シーズーを飼ってみたり、最新のゲーム機を買ってみたり、何かひとつでも楽しめることがあればって。
それも、思うようにはいかなかった。そんなとき、心理カウンセラーに勧められて、ある選択をしたという。
人型AIの導入だった。選ばれたのは、固定型のローカルモデル。
プログラムが勝手に書き換わったり、性格や反応が変わったりしないように、あえて複雑な学習機能も、クラウド接続もつけなかった。
(家事や料理はおばあちゃんがやっていたから省いたけれど、ここまでできないとは思っていなくて、あとで苦笑いしたらしい。)
それが、ふたりにとっては何よりの支えだったのだと思う。
変わらない優しさで、少しずつ、気持ちを戻してくれるような——そんな存在として、あの子はやってきた。
型番は『KTY-073LX-R(Rev.β.3.12)』。
ただの番号じゃ味気ない。 可憐な見た目だったから、名前もかわいらしくしたい、とおじいちゃんとおばあちゃんは考えた。
そして、ふと思いついたのが「ナナミ」。
七里御浜の七と御、それに型式番号の73を合わせてナナミ。
ナナミは、まっすぐで、明るくて、「はいっ」って元気に返事をしてくれる。
ちょっとした家事を任されると、しゅんとしたりもする。 人間のふりをしてるわけじゃないのに、どういうわけか、人間に似ていた。
ナナミは、あたしが知るこていちゃんと、ひとつも変わらなかった。
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