第23話
このビジネスホテルには二泊しているから、車や荷物はそのまま置いて、あたしたちは川沿いの道を歩いた。
風が気持ちよくて、陽は出ているのに、全然暑くない。むしろちょうどいいくらい。
海はすぐそこだった。地図より近く感じたのは、たぶん、空が広いから。 ふわっと、潮のにおいがした。
「海だー! 広っ!」
そんなテンションのまま砂浜に降りたら、足がとられた。
「うわっ……何これ、ゴロッゴロすぎ!」
サンダルの下で石が転がる。ごろり、ごりり、不器用な音が足元から鳴って、うまく歩けない。
VRで体験したときは、もっとこつんとかころんって感じだった(特徴は捉えているけど初心者モード的なやつ)けど、現実は全然ちがう。足がとられるし、すぐバランス崩す。
でも……なんか、悪くない。ちょっとずつ慣れてきたら、妙におもしろくなってきた。
「夏帆さま、気をつけてくださいね」
「平気平気。ねえ、こていちゃん、どう? 懐かしい?」
こていちゃんは、少しだけ間を置いてから、うなずいた。
「七里御浜です。初めてでは、ありません。歩きました」
やっぱり。だけど、それっきり、こていちゃんは口を閉じたまま、波のほうをじっと見ていた。
しばらくして、後ろからお兄ちゃんとはるかさんが追いついてくる。
「どしたの?」
はるかさんがこていちゃんの顔をのぞきこむ。 お兄ちゃんはあたしたちをちらっと見てから、さらっと言った。
「ログと照合中って感じじゃね?」
「それって……思い出しそうなんだけど、何か引っかかってる、みたいな?」
「そんなもん」
あたしはしゃがんで、足元にあった石をひとつ拾った。
「これ、いいな」
そうつぶやいたら、こていちゃんがすっと近寄ってくる。
「夏帆さま。みはま小石は素敵な石ですが、決められた方以外は、持ち帰らないようにしてください」
「わかってるよ」
ぴしっと注意されて、ちょっとむくれて、拾った石を元の場所に戻す。 はるかさんが首をかしげて、こていちゃんの顔を見る。
「この浜のこと、考えてる人……前の主人って、そういう人だったのかな」
そのときだった。こていちゃんの髪が、ぴこぴこと光りはじめた。 黙ったまま、だけど何かの記憶をたどっているのは、伝わってくる。
海のそばには、石の上をひょいひょい歩く地元の人らしきおじいちゃんや、波打ち際で遊んでいる家族連れも。 遊泳は禁止らしいけど、ちらほら人がいる。
ウミガメのこととか、石がアクセサリーになるとか、近くの観光スポットとか。あたしはスマホのガイドを眺めながら、こていちゃんの反応を気にして歩いた。
「南のほうくだるか」って、お兄ちゃんが言った。
あたしは首を横に振る。なんとなく、このへんだって思ったから。こていちゃんの髪のぴこぴこは、ずっと光ったままだし。
「ねえ、ちょっとさ。このあたり、もう少し歩いてみない? 何か出てくるかも」
そう言って、あたしはこていちゃんの手を掴み、先を歩いた。
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