第22話

 なんか、肩が冷たい。
 


 まどろんだまま、首をすくめると、ごわっとした布の感触がした。


 ……浴衣?


 薄目を開ける。見上げた先は知らない天井だった。
木のはりが斜めに走っていて、真ん中には止まったままの天井ファン。
空気はひんやりしていて、静かで――



 どこかの旅館……みたいな雰囲気。でも、畳の部屋なのに、壁の端にはミニ冷蔵庫と、空気清浄機の案内が貼ってある。


 ……なんか、旅館とホテルのあいだ、みたいな感じ。


 ゆっくり身体を起こすと、浴衣の前がずるっとはだけていて、慌てて結び直す。
 でも、寝ぼけててうまくいかなくて、何がどうなってるのかよくわかんない。


 まわりを見ると、布団が三つ並んでいた。ひとつは、はるかさんがすーすー寝てるやつ。



 もうひとつには、正座したままぴくりとも動かないこていちゃん。
髪が、ぴこって小さく光ってる。浴衣の腰のあたりから、にゅいっとケーブルが伸びていた。
ああ、充電中なんだ。


 昨日のことが、ゆっくり思い出される。
山の中のガソリンスタンド。停電。真っ暗な車内。


 

 そして、こていちゃんのバースデーソング。
光。笑った顔……うん、思い出した。


 あたし、こていちゃんの故郷に、お兄ちゃんとはるかさん、それにこていちゃんの四人で向かっていたんだ。


 
その途中で、太陽フレアに巻き込まれて、ほんとに終わったって思ったけど――
十四歳の誕生日を、こていちゃんが祝ってくれた。


 ぼんやり記憶をたどりながら、ふと窓の方を見た。


 障子の向こうに、朝の光がにじんでる。そっと立ち上がって、少しだけ開けてみる。
 

 そこには、幅の広い川が流れていた。
濃い緑を映した水面が、ところどころできらっと光っていて、ゆっくり揺れる。


 岸の近くは浅くて、小さな石や砂が透けて見えていた。
その先には、川がそのまま海に続いていくような入江が広がっていて、空と水が、じわっと溶け合っている。


 音もなくて、風もないのに、世界はちゃんと動いてる――そんな感じ。
どこか懐かしいような、でも来たことのない場所。
だけど、確かにここにたどり着いたんだ、って思えた。


「ふはぁ〜。んん……」


 あ、やば。障子のすき間から光が漏れたせいで、はるかさんが目を覚ましてしまった。


 くねくねと布団の中で体をよじって、蛇みたいな動きで上半身を起こしていく。普段はキリッとした姉御なのに、朝はこんな感じなんだ。ちょっと意外。


「はるかさん、おはようございます」


「ふぉはよ……」


 声がぬけてて、なんかかわいい。あたしよりずっと大人なのに、こういうとこ、ずるい。


 だいぶ目も覚めてきたので、こていちゃんのケーブルを外す。


「……おはようございます」


 ぴこ、っと光って、いつもの動作確認。そのあと、ゆっくり伸びをしてる。


「おはよっ、こていちゃん」


 名前を呼ぶと、こていちゃんはうれしそうに見えた。
この「おはよう」が、もしかしたら最後になるかもしれないって、少しだけ思った。


 時計を見たら、もう八時。はるかさんが「任せなさい」と言って、お兄ちゃんを叩き起こしに行ってくれたけど、すぐには来なかった。
まあ、だよねって思いながら、あたしはこていちゃんの服を選ぶ。


 白いブラウスに、紺の膝丈スカート。
どこか制服みたいで、かしこまって見えるかもしれない。けど、今日はなんとなく、そういうのがいい気がした。


 そうこうしていると三十分後が経ち、信じられないくらい髪が逆立ったお兄ちゃんが、ふらふらと女子部屋の前に現れた。


 食堂はこぢんまりしていて、ほかの宿泊客もちらほらいる。
白いごはん、焼き魚、味噌汁、卵焼き。旅先の朝って、なんでこんなに落ち着くんだろう。


 はるかさんは納豆を混ぜながら、ずっとお兄ちゃんに何か文句を言っていた。
たぶん、お兄ちゃんがコーヒーだけで朝を済ませようとしてたからだと思う。


 こていちゃんは、もちろん見るだけ。
「湯気の立ち方が美しいです」って言いながら。

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