第21話
九時半ごろ、コンビニに立ち寄った。
今いるのは
ふと鼻にひっかかったのは、磯っぽいにおい。海が近いんだなって、なんとなくわかる。
お兄ちゃんは、からあげ串を片手にエナドリを飲んでいた。 見てるこっちが胃もたれしそうだけど、いまは突っ込む気にもならない。
お兄ちゃんがちゃんと走ってくれて、熊野市に着きさえすれば、それでいい。
「……お兄ちゃん、ありがと」
そうつぶやいたけど、タイミング悪く、お兄ちゃんが「しゃっ!」って声出して伸びをしたせいで、たぶん届いてない。ま、また今度でいいや。
それから三十分ほど走ったころ、ガソリンの警告ランプがついた。 そういえば、今はもう電動車ばっかりで、ガソリンスタンドの数ってほんと減っているんだった。
そわそわしはじめたあたしに、お兄ちゃんがちらっと笑って言う。
「ガソスタくらいチェックしてる」
ちょっと頼もしい声。そのすぐあと、山道の向こうに明かりが見えてきた。
「こういう地方って、軽トラとか多いから、ガソリンまだ主力なんだよ」
お兄ちゃんがちょっと得意げに言う。
車はスタンドに入っていった。 それから、お兄ちゃんがスマホを取り出して、支払いのためにかざそうとした――そのときだった。
ぱたん。
明かりが全部、落ちた。まるで誰かがスイッチ切ったみたいに、音も気配も消えた。
「……えっ?」
真っ暗な車内で、はるかさんがスマホをのぞき込んでいる。
「フレアの影響みたい」
「……え」
「多分だけど、一時的なやつ。たまたま運悪く、このへんが引っかかってるだけ。名古屋あたりは問題ないっぽい」
あたしもスマホを確認する。確かに、はるかさんの言うとおりだった。
でも、なんで。なんで三重だけ、みたいな。まるでくじ引きでハズレを引いたみたい。 よりによって、こんなタイミングで。
お兄ちゃんが舌打ちして、「まじかよ」とぼやいた。 自動運転じゃないのはこういうとき融通が利くけど、ガソリンがなきゃ意味がない。
結局、ここで待つしかないってことになった。
せっかく、あともうちょっとでホテルだったのに。
十五分、三十分、一時間……気づけば十一時を過ぎていた。 ホテルには、非常用の電源がまだ生きてたみたいで、なんとか連絡がついた。
はるかさんがチェックイン時間をずらす手続きをしてくれて、予約は無効にならずにすんだ。それでも復旧の気配はなかった。
十一時五十五分。 はるかさんも無言になって、お兄ちゃんはもう座席に倒れ込んでる。 誰もしゃべらない。
これ、あたしのせいだよね。 こんな無理やりな旅、行きたいって言ったの、あたしだった。
こていちゃんは眠ったまま。髪も光ってない。
何やってんだろ。
喉の奥がきゅうっとなって、目が熱くなる。 うつむいたまま、泣きそうだった。
……でも。
隣で、こていちゃんの髪が、とつぜんぴこぴこ光り出した。
え? 何?
びっくりして顔を上げると、彼女が、こっちを見ながら口を開いた。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー ディア、夏帆さま〜、ハッピーバースデートゥーユー」
……ええ?
前の席で、お兄ちゃんとはるかさんが、揃って振り向いた。 ふたりとも、声も出せないまま、ぽかんとしてる。もちろん、あたしも。
こていちゃんは、にっこり笑って言った。
「お誕生日、おめでとうございます。夏帆さま。今日は八月二十日。夏帆さまの十四回目の誕生日です」
……うそでしょ。何それ。
「ははっ。そういや、おまえ、こいつが来たとき、ぺらぺらしゃべってたよな」
お兄ちゃんが、やけに楽しそうに笑う。
「それ覚えてたんだ。やるな、こていちゃん」
お兄ちゃんが、こていちゃんって呼んだ。
「いや、すごい。めっちゃ元気出るじゃん。ね? 夏帆ちゃん、お誕生日おめでとう」
はるかさんも、祝ってくれた。
何これ。ほんとに? ……うそでしょ。無理。泣いちゃう。
あたしは思わず、こていちゃんを抱きしめた。 あたたかくて、やわらかくて、AIなんて感じがしない。 すごく優しい人間の女の子だ。
声にならない気持ちが、こみあげてきて、ごまかすように、顔を彼女の肩にぴとってつけて、囁くように言った。
「ありがと」
それだけでもう、いっぱいいっぱいだったのに、こていちゃんは、うれしそうに答えてくれた。
「夏帆さま、わたしはうれしいです。どういたしまして」
それで、もう十分。 プログラムでも、アルゴリズムでも、仕組みがどうとか、なんでもいい。 あたしの誕生日を祝ってくれて、ありがとう。それだけでいい。
と、そのとき。
ぱっと、車の外が明るくなった。
「っしゃ!」
お兄ちゃんが、ほとんど跳ねるみたいに声を上げた。
「復旧したって!」
「まじ!? やばっ、神展開!」
はるかさんまで、ちょっと子どもみたいにはしゃいでる。
え……ほんとに? さっきまでのあの闇は? うそみたい。
「よかったです。夏帆さま、泣かないで」
……こていちゃん、それは、言わないで。
あたしは顔を上げて、笑った。 うれしいの全部乗せて、全力で笑った。
「ありがと! 大好き!」
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